人々が心に抱くモノ:「アイスコーヒーと聞いて思い浮かぶものは?」と訊かれたら、「夏を感じさせる」「喫茶店が思い浮かぶ」と答える人が大半ではないだろうか。夏の日の午後、喫茶店の前で風に揺れる「氷」の旗、庶民的な中華料理店の「冷やし中華 始めました」の貼り紙、夏祭りに集う浴衣姿と同じように、汗をかいたグラス、そのなかで琥珀色に輝くアイスコーヒーがなくては、日本の夏を描いたとは言えない。
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そして、アイスコーヒーが注がれたグラスのなかで、氷が触れ合う涼しげな音色は、強い日差しをやわらげてくれる風鈴、夜空に開く打ち上げ花火、庭先で聞く線香花火・・・そうした「夏らしい音色」のひとつである。
アイスコーヒーは映画や小説でも欠かせない小道具で、登場人物が知り合い、会話を交わすシーンを連想する人も多いだろう。特に、映画が最大の娯楽であった時代には、喫茶店で繰り広げられる策略や騒動は、観客が期待するお決まりのシークエンスであったし、「ローマの休日」のなかでオードリー・ヘップバーンが初めてのカフェを体験するシーンは、彼女が “可愛らしい女性”のスタンダードとなるのに一役買っていることは疑いもない。(登場するのは「アイスコーヒー」ではなく「Cold coffee」だが)
概要:氷で冷やして飲むコーヒーの通称。フランスの「カフェ・マザグラン」やイタリアの「カッフェ・シェケラート」など、 “冷やしたコーヒー”という大まかな括りであれば、欧州でも似たコーヒーの味わい方・習慣はあるが、「アイスコーヒー」という名称に表れている通り、日本的なコーヒーの味わい方である。(英語が通じる外国人に、そのまま英語にして伝えても???となってしまうケースが大半のようである)
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各地でその土地の特色が消えていく最近の傾向で、若年層では使われなくなってしまったが、関西圏では「冷コー」という、日本語らしい文字面・響きをもつ通称が一般的だった時期がある。(こちらが全国的に使われていれば、日本人旅行客は海外で「アイスコーヒー」を飲みたくなった時に、あまり苦労しないで済んでいたのではないだろうか)
ちなみに、銭湯とセットで語られることが多い「コーヒー牛乳」は、冷やして飲むという点ではアイスコーヒーと共通するものがあるが、まったく別のカテゴリーである。
歴史:日本にコーヒーがもたらされたのは18世紀と考えられている。しかし、当時は鎖国の時代、他の西洋モノと同じく、「珈琲」は一握りの人だけが知るものであったと思われる。
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明治時代を迎えても、「珈琲」は一部の上流階級や学生だけが嗜むもので、当時、庶民が風刺を楽しんだ「鹿鳴館」と同様に、野次や冗談のネタにされる状況が続いた。そして、日本社会が次の大転換期に入った昭和20年以降、喫茶店が林立したことによって、ようやく本格的な普及期に入ったのである。
「アイスコーヒー」が一般的になったのもその頃。喫茶店で過ごすことが流行し、冷蔵庫が一般家庭にも普及し始めるにつれて、夏には欠かせないモノの一つになった。今では一年中、眼にするようになっているが、30年ほど前までは、夏の訪れとともに現れ、秋の到来とともに見かけなくなる風物詩、それが「アイスコーヒー」だった。
日本の習慣が還流したという通説の是非はさておき、近年のアイスコーヒーの“普及”は世界的なものになりつつある。グローバルに店舗を展開するチェーン店によって、多くの国で「アイスコーヒー」を愉しむことができるようになっている。もし、通説が真実であるならば、海外から取り入れたものに、自分たちの好みでアレンジを加えた“お返し”という点で、まことに日本らしい“進化”の経緯である。