人々が心に抱くモノ:ライダー・ドライバーにとっては、「東京の玄関口」である。環八通りから東京インターチェンジ(IC)に曲がる瞬間、あるいは首都高速3号線を下ってきて環八通りの上空を越える時に、何らかの結界を感じる場所。 つづきを読む 30年以上前の話であるが、東京ICに近い環八通り沿いにアメリカンスタイルのレストランが何軒も並んでいて、週末には湘南海岸へ向かうサーファーや家族連れで賑わった時期がある。誰が言い始めたのか、「環八アメリカ村」と呼ばれていたが、現在、その面影はほとんど見られない。
概要:246が環八通り(通称はカンパチ)と交差する周辺に広がる街。首都高3号線と東名高速道路が用賀料金所でつながり、環八東名入口交差点で首都高速の上り・下り、東名高速にアクセスできる。29階のタワービルや散歩路・庭園があり、用賀駅と直結した世田谷ビジネススクエア、都内有数の広さを持つ砧公園、世田谷美術館などがランドマーク。
歴史:名前の由来は、鎌倉時代に勢田郷(現在の世田谷周辺)に瑜伽(梵語のユガもしくはヨーガ:古代インド発祥の修行法で一般的にはヨガ)の道場が開設され、その所有が今も用賀駅近くにある真福寺となり、それが転じてこの地の名称になったという説がある。 つづきを読む 江戸時代には、大山街道を行き交う参拝客などでにぎわう用賀宿として栄えた。二子玉川と同じく、明治の玉川電車の開通でさらに人の往来が増え、関東大震災後には都心からの移住者が流入した。東京ICができたのは1968年、その2年後に首都高3号線が完成した。
撮影協力:(株)東京組 本社