黒山健一インタビュー
黒山選手が自身の2010年シーズンを振り返ります。
黒山健一インタビュー|10度目の王座には値しなかった
変化が生んだ「違和感」
開幕2連勝という結果だけを見れば、黒山は10度目の王座に向かって好スタートを切ったように見えた。しかし本人は、必ずしも手放しで喜べる内容ではなかったと当時を振り返った。それはV10からのプレッシャーが影響を与えているのかと思われたが、本当の原因は他にあったと言う。
「2008年は7戦中6勝、2009年は6戦中5勝して、それぞれ100点に近いシーズンを送れました。この勢いのままいけば2010年もチャンピオンになれる、と多くの方が思ったのではないでしょうか。でも僕は、好調が続くとは思っていなかったし、過去2年の繰り返しでは絶対にチャンピオンはとれないとも思っていました。そこであえてトレーニング内容をがらっと変えました。結果として、ほとんどのレースが過去と同じ感覚で走れませんでした。そして、2連勝したのも僕の中では“なんとなく勝てた”“勝てて良かった”という感想で、余裕もなければ、強い自信もありませんでした」
トレーニング方法の変化の裏には、マンネリ化を防ぐことと同時に、新しい形で好調を作り出す黒山独自の方法論にもとづいたチャレンジがあった。しかし一方で、今年の全日本の競技形式にも変化があり、自分をその変化にアジャストしていかなければならなかった。その変化とは、これまで合計30セクション程度で構成されていたレースが、今年から合計20セクション程度とスペシャルステージ(SS)の2~3セクションで構成されることとなり、大幅にセクションの数が減少したことだ。
「セクションの減少がもたらしたのは、安定感や集中力の重要性を少なくし、また序盤に崩れた際に挽回が難しくなったことが挙げられます。例えば、競技序盤から追い上げる展開となった場合、セッションが少ないため、早い段階で挽回しなければならないというプレッシャーや焦りが生まれてきます。過去の2年は、調子が良く序盤からリードできていたし、また3ラップ目を使って追い上げて逆転という形を持っていました。でも今年は、状況の変化に自分の戦い方を合わせ切れなかったのが敗因の一つです」
こうした外的な変化に合わせて、黒山は戦いのスタイルを変化させなければならなかった。特に「勝ち方」の再構築を求められたのだ。しかし、今シーズンは勝敗にかかわらず接戦、もしくは追い上げる展開が多かったように、新しい勝ち方を最後まで作り上げることができなかった。
最終決戦での敗因
今シーズン、それまで持っていた勝利の方程式が崩れた黒山だったが、先にもあるように新しく取り入れたトレーニングもまたチャンピオンを逃す要因の一つとなった。なぜなら黒山は、シーズンのなかで体をベストな状態に仕上げることができなかったからだ。
「セッションが少なくなったことで、3ラップでけりをつける戦い方、勝ち方がうまく機能しなくなりました。そうなると、レースの組み立てやペース配分に混乱が生じ、それがミスにつながっていきました。これに加えて、トレーニングの変更による筋肉の変化と、それに伴う体の動かし方の変化も影響がありましたね。特にシーズンの中盤までは思うような走りができず、本当に大変でした」
それが顕著に現れたのが、地元・猪名川サーキットで行われた第3戦近畿大会であった。追い上げることとなったこのレース、何度も小川を逆転できるチャンスがありながら、それを生かすことができず3位に沈んだ。さらに第4戦北海道大会も小川に連敗。この結果、黒山はランキングで小川に並ばれることになった。だが、続く第5戦中国大会で、黒山は小川に圧勝。3勝目を獲得して、タイトル争いでも小川に3ポイント差でトップに返り咲くことに成功した。
「第5戦でやっと、新しいトレーニングの成果を実感できました。昨年までと同じ感覚で勝ちにいって、勝てたのです。第6戦は小川友幸選手と小川毅士選手(ホンダ)に負け3位となり、タイトル争いでは再び逆転されました。でも実は、体が動いて調子は良く、今年では一番乗れたレースでした。また、第5戦に続いてトレーニングの成果を実感することができたし、方向性も間違っていなかったことが分かったのです」
そして最終戦のSUGO大会は、トップの小川、2位の黒山、二人の差は2ポイントであり、ここで優勝した方がチャンピオンとなる大一番になった。過去4年間負けたことがない得意の会場が舞台であり、トレーニングの成果を感じていた黒山にとって最終戦は好材料が揃っていた。しかし小川との激戦に破れて2位となってしまう。
「直接の敗因は2ラップ目、第2セクションでの減点5です。でも、根本的な敗因は体が硬かったことだと思います。最終戦はさすがにプレッシャーがありましたが、それによって体が萎縮したわけではありません。体が理想の状態でなかったことが最大の原因です。第5・6戦でその成果が見えたといえ、やはり完全ではなかったということです。極限の状況のなかで不完全さがあれば、ほころびが出てしまうことを痛感しました」
V10への手応え
こうして、MFJ新記録となる10度目のチャンピオン獲得は来年まで持ち越しとなった。達成まで再び1年間を待たねばならなくなった黒山はいま、このV10という記録にどのような思いを抱いているのだろうか。
「その気持ちを説明するのは難しいですが、初めてチャンピオンをとったときの感覚に近いかと思います。節目ですね。初めてのときはうれしかったですが、その後は回数が増えていくだけで、V9がV10になっても何も変わらないのではないかと思います。ただ、節目としては特別な勝利になるとは思います」
こう話す黒山であったが、最終戦終了後「自分はまだ10度目のチャンピオンに値しなかったのだと思う」と話した。そこには黒山なりのチャンピオンに対する思い入れが込められていた。
「全日本チャンピオンは、簡単にとれてはいけないものだと思っています。例えば、トレーニングや練習の量を多くすればとれるというわけでもありません。世界選手権を戦っている藤波貴久選手(ホンダ)のトレーニングや練習量は世界一だと思いますが、それでも2度目のチャンピオンをとれていないことがそれを物語っています。これをすれば勝てる、という必勝法はないわけです。練習は、チャンピオンになるための条件を整えるということでは重要です。しかし実際は、レースでそのパフォーマンスを出せるかどうかが勝負なのです。今年、パフォーマンスを出し切れなかった僕がチャンピオンをとれなかったのは当然の結果。もしも今年、チャンピオンになっていたなら10度目のチャンピオンは悲しいものになったかもしれません。ある意味ではとれなくて良かったのかも。もちろん悔しいです。だから来年は10度目のチャンピオンをなんとしても達成したいですね。モチベーションは間違いなく今年より上がっていますから」
「チャンピオンに値しない」。それは黒山が今シーズンを不完全燃焼だったこと、そして自らを戒め、来年に向けて闘志を燃やすために使った言葉なのかもしれない。2011年シーズンの開幕までは5ヵ月。その間、黒山は変化と悪戦苦闘することになるだろう。そして来シーズンは、チャンピオンに値するライダーになっていることだろう。