モノづくりのプロが支え続ける、ひと夏の笑顔


モノづくりのプロが支え続ける、
ひと夏の笑顔


生産現場の監督者たちが集う場、FC会
浜松こども園の夏を彩る大小2つのプール。太陽の光を反射して眩しく輝く水面には、毎年夏になるとたくさんの子どもたちの笑顔が溢れます。じつはこの光景を半世紀近く支え続けてきたのが、ヤマハ発動機の生産現場の監督者たちであるということは、あまり知られていません。
ヤマハ発動機の生産現場には、工長や職長といった監督者が集う「FC会(Foreperson Circle)」という組織があります。監督職の試験に合格した工長・職長が資格取得と同時に入会となる組織で、1971年に発足し現在は272名の会員が所属しています。ここは監督者としての知識や技能を磨き合う場であると同時に、普段は異なる工場で働くメンバー同士の横のつながりを生み出す場でもあります。その活動の柱は「安全最優先」「自己研鑽」「相互交流」「人財育成」、そして「社会貢献」の五つ。
「特に後継者の育成には力を入れていて、現役の工長自らが講師となって延べ100時間にも及ぶ講座を行うなど、次世代の監督者となる人財を大切に育てています」と語るのは、FC会の会長を務める福原正信さん。三信工業(※)への中途入社を経て、合併を経験しながらモノづくりの現場を歩んできました。現在はマリンエンジン製造部に所属し、袋井南工場で船外機のエンジン加工に携わっています。副会長の平野尚生さんも三信工業に新卒で入社し、現在は磐田第2製造部で船外機の鉄物加工を担当。FC会は磐田・磐田南・浜松・袋井の4支部で構成されますが、平野さんは支部長として袋井支部を率いており、主にマリン商材に携わる工場の監督者を束ねています。この袋井支部が社会貢献の一環で長年取り組んできたのが、浜松こども園でのプール清掃活動です。
※ヤマハ発動機のグループ会社としてマリン製品の製造を担い、2003年にヤマハマリン株式会社に社名変更。2009年にヤマハ発動機と合併。
約半世紀にわたってつなぎ続けるバトン
浜松こども園のプールは、1978年にヤマハ発動機の創業者であり初代社長の川上源一氏が寄贈しました。そのきっかけについて、平野さんは園の理事長から聞いた逸話をこう語ります。「川上さんがふらっとこども園を訪ねてきて、『何か必要なものはありませんか』と聞いたところ、当時の理事長が『子どもたちのためにプールがあればなぁ』という話になったそうです。それがきっかけとなり、プールの寄贈が実現しました」
このエピソードからは、創業者の地域への深い想いと感謝の気持ち、そして未来を担う子どもたちの健やかな成長を願う姿勢が感じられます。その思いに共感した三信工業の労働組合の有志が、寄贈の翌年からプールの清掃活動をスタートしました。その後、継続が難しくなり三信工業の「主任会」が清掃活動を10年ほど引き継ぎ、主任会の解散後はFC会がそのバトンを受け取って現在に至ります。台風で開催できなかった年を除き、清掃活動は今年でちょうど46回目。平野さんは「それぞれの組織が大切につないできたバトンを受け渡すように、この活動は続いてきました。現在はFC会がそれを引き継いでいます」と、先人たちの思いが積み重なってきた歴史を噛みしめるように語りました。
子どもたちの笑顔や挨拶が、何よりの達成感に
毎年6月、こども園の7月のプール開きを前に、袋井支部の会員約30名がボランティアで清掃に集まります。1年ぶりに姿を現したプールは、決して綺麗な状態ではありません。福原さんは初参加の時の記憶をこう振り返ります。「一年分の雨や砂ぼこり、落ち葉などが堆積して、プールがかなり汚れているんですね。それを目にしたときは率直に『これはなかなか大変な作業だな』と当時は思いました」。平野さんも「溜まっている水の中にオタマジャクシがめちゃめちゃいる時もあるし、カエルがいることもあるんですよ」と笑います。
清掃は大小のプール2つから溜まったゴミをかき出し、底面と側面をデッキブラシを使って手作業でこすり上げるというハードな作業です。それでも作業は1時間ほどで完了するといいます。というのも、彼らはみんな生産現場で監督者を務めるプロフェッショナル。誰に指示されるまでもなく自ら道具を手に取り、スムーズに清掃活動が始まります。集中して手を動かしながらも、和気あいあいとプールを磨き上げていく会員たち。平野さんは「みんなが主体的に進めてくれているので、自分も負けずにやらなきゃ、と参加していて思います」と、その空気を大切にしている様子でした。
もっとも、今年は思うようにいかないこともありました。当初6月27日に予定していた清掃が、台風の直撃で開催できなくなり、7月11日へと延期されたのです。「プール開きが遅くなってしまって、ちょっと子どもたちには寂しい思いをさせてしまったかな、と申し訳ない思いで開催しました」と平野さんは振り返ります。自然の前では計画通りにいかない年もありますが、FC会はわずか2週間後という短期間で会員30名を集め直し、いつも通り丁寧にプールを磨き上げました。会員一人ひとりが、「今年も子どもたちがプール開きを心待ちにしている」と理解していたからこそ実現できたことでした。
二人が口を揃えて語るのが、清掃を終えた後の気持ちよさです。福原さんは「太陽の光を反射して、本当に眩しいぐらいプールが綺麗に見えるんですね。それを見て子どもたちが目をまんまるくして驚いて、うれしそうに御礼の挨拶をしてくれる。こちらも『あぁ、やってよかった』と達成感でいっぱいになるんです」と心境を語ります。また平野さんは「我々が作ったヤマハ発動機の製品を、半世紀近く大事に使い続けて、喜んでくださっている。それを目の当たりにできるのは、ヤマハ発動機の社員であってもなかなか得難い機会だと思います」と語り、会員の業務のモチベーションにもつながっていると明かしてくれました。
伝統を紡ぎながら、次の景色を拓く
寄贈から約半世紀、プール設備の老朽化といった課題も出てきていますが、ヤマハ発動機ではすでにプール事業から撤退しているため、FC会が手を差し伸べることはできません。でも二人は「我々にできるのはこの清掃活動を継続し、今後も子どもたちの笑顔を支えていくことです」と未来を見据えます。
そして社会貢献の一つである清掃活動を担うFC会について、平野さんは後任たちへの思いを「FC会活動の五本柱になっている『社会貢献』の意味を理解して、先輩たちからのバトンを引き継ぎ清掃活動を今後も長く続けてほしい」と語ります。一方で福原さんは「先輩たちがやってきた活動を継続しつつも、地域でいま何が求められているのかを考えて、自分たちで新たな活動を開拓することも大切です」と語り、伝統を守りながらも新しい社会貢献のかたちを模索していく姿勢を見せてくれました。
寄贈された一つのプールから始まった小さな善意は、労働組合から主任会へ、そしてFC会へと、半世紀近くもの間、静かに、確かに受け継がれてきました。台風に見舞われた今年も、会員たちは諦めずに集結しました。モノづくりに携わる彼らの手は、来年の夏も再びたくさんの子どもたちを笑顔にしてくれることでしょう。










