人と人との「つながり」を大切にして、社会を少しずつ変えていきたい



人と人との「つながり」を大切にして、
社会を少しずつ変えていきたい

アフリカへの思いに導かれ、「浄水装置」の担当に
ヤマハ発動機では、モーターサイクルや船外機のほかにもいろんな商材を扱っています。そのなかでも知る人ぞ知る製品が「クリーンウォーターシステム」という浄水装置。この製品の存在を知る人はまだまだ国内には少なく、「ヤマハ発動機が浄水装置を作っているんですか?」と驚かれることも少なくありません。しかし、アフリカやアジア地域の村落を中心に国内外で64基(2026年5月時点)の導入実績を誇る、れっきとした事業のひとつなのです。
ヤマハ発動機には海外市場開拓事業部(通称OMDO)という部署があり、アフリカや中東、中央~南アジア、大洋州、中米カリブ地域を中心とする140を超える国と地域で、ヤマハ発動機の製品とサービスを拡充する事業に取り組んでいます。事業の大半はモーターサイクルや船外機を扱ったものですが、このクリーンウォーター事業もOMDOで展開しています。
私がヤマハ発動機への入社を希望した理由のひとつに、「日本企業の製品を使って、アフリカの人々の選択肢を増やしたい」という思いがありました。学生時代に開発経済学を学んだことをきっかけに、ルワンダで1年間のインターンシップも経験しています。入社2年後の2023年には念願かなってOMDOに異動となり、クリーンウォーターグループに配属されました。メンバー全員で9名(2026年5月時点)という小規模なグループですが、少人数だからこそ多様な国や地域と深く丁寧に関わっていけることに、とてもやり甲斐を感じています。

アフリカ・アジアの村落で実感した、「水が変われば、暮らしが変わる」
日本の浄水場では、薬品を用いて水中の汚れを固めて沈殿させてから砂でろ過する「急速ろ過方式」が一般的で、地域によって活性炭や膜による処理を組み合わせています。このクリーンウォーターシステムの特長は、砂と砂利、そして微生物の力で水をろ過する「緩速ろ過方式」であるという点です。川や湖から取水した水を適切な粒度の砂と砂利で段階的にろ過したのち、最終工程では水中に自然発生する微生物が大腸菌などを捕食する——自然の力を最大限に活かした、環境にやさしい仕組みなのです。
また「現地の人々が自分の力で運用できる」ということも大切にしています。この装置は活性炭や膜などを使用しておらず、部材を定期交換する必要がないのでランニングコストが抑えられますし、日常においては専門の技術者による複雑なメンテナンスも必要としません。
主に必要なのは ①ろ過タンクの下部にあるバルブを開栓して溜まった沈殿物を排出すること、 ②ろ過タンクの砂かき(表層部分の砂をすくってお米を研ぐ要領で洗浄)をして、砂の目詰まりや汚れを除去すること、この2つ。
これらの簡易な作業を定期的に行うことで運用が可能なのです。(頻度は水源の水質によって異なります)また装置は太陽光発電と蓄電池で自立稼働できる設計のため、電気インフラが整っていない地域にも導入できます。
現在、世界で4億人が管理されていない井戸の水、あるいは川や池、用水路などの水を未処理のまま使って暮らしています。遠く離れた川や井戸まで毎日水を汲みに行き、10kgや20kgのポリタンクを女性や子どもが運ぶ、それがアフリカやアジア地域ではめずらしくありません。また十分な浄化処理が施されていない水は、ときに下痢や嘔吐など深刻な健康被害を引き起こします。
そのような地域では、水の変化が人々の暮らしや地域経済に非常に大きな影響をもたらします。この装置を導入したアフリカのある村落では、現地の人の衛生概念が向上して下痢や発熱などの病気が大幅に減少したり、これまで水汲み労働に費やされていた時間が削減され、生産・学習活動へと転換しました。いまでは水の配達や製氷など、新しいビジネスが生まれている事例もあります。
水道が普及した日本ならではの、意外な「困難」とは
日本では全国的に水道が普及しており、世界でも有数の安全な水の供給国として知られています。そんな日本で、クリーンウォーターシステムが設置されている場所が2カ所あるのをご存じでしょうか。ひとつは長崎県五島市の福江島という離島です。行政の給水区域外にある小規模集落において、民間による浄水供給策として2022年に設置され、2024年に引き渡しました。
もうひとつがヤマハ発動機本社がある、静岡県磐田市のかぶと塚公園です。
2025年に磐田市とヤマハ発動機は「地方創生に係る連携協定」を締結し、双方の資源を活用したさまざまな共創活動が始まっています。南海トラフ地震などのリスクが懸念されるなか、この装置は断水時の備えとして防災目的で設置されました。また、これまで実機を見るためには福江島やインドネシアに行くしかなかったので、地域の方やお客さまに「知っていただく・見ていただく場所を作りたい」という私たちの思いも実現しています。
ところが設置場所を決めるまでの道のりは、想像以上に険しいものでした。川から取水しようとすると水利権の取得が必要になりますし、堤防に配管を這わすにも「堤防の決壊リスクを否定できない」と関連機関から断られてしまいます。「水源に生物が生息しているが、取水や水質の変化が生態系に影響を与えるリスクはないか」と言われて断念せざるを得ない候補地もありました。様々な関連機関に何度も足を運んで手続きを進める必要があり、ゴールの見えない確認作業は本当に骨が折れました。
最終的にたどり着いたのは、公園内を流れる人工の川。地下水を汲み上げて流しているこの川を水源とすることで、ようやく設置が実現したのです。また近接する磐田市総合体育館は指定緊急避難場所かつ指定避難所でもあるため、防災という目的にもふさわしい場所でした。
フェンスで囲まれた6m×6mの装置は、一見すると圧迫感があるかもしれませんが、当社のデザインチームが公園の景観に馴染むカラーリングを考案し、子どもたちが親しみを感じられるような柄を取り入れてくれました。「地域に溶け込む装置であってほしい」という私たちの願いを形にしてくれたのです。設置直後には、地域の子どもたちによるペインティングイベントを行いました。描かれた絵を見て、今後も地元の方々に「地域を支えるもの」として親しんでもらえたらうれしいですね。
装置の存在が、「地域住民のもの」として受け入れられるように
2026年4月のお披露目式から、2年間の実証期間がスタートしました。この期間にやりたいことは、大きく二つあります。一つはハード面の検証で、日本の飲料水水質基準に合わせた装置の最適化です。水源の水質や求められる浄水の水質が海外とはかなり異なるので、コストダウンや浄水性能の向上を図るなど、国内需要に即した装置の改良を実施します。また日本の飲料水水質基準を継続的にクリアするための管理体制を検討する必要があります。
もう一つはソフト面で、地域との関係づくりです。災害時には私たち自身が被災してしまうことを想定すると、地元の方が自分たちでこの装置を運用できるようなマニュアルや仕組みづくりが不可欠です。それを地域住民の声を集めながら、丁寧に作り上げていきたいのです。また平時の活用案として、この装置をきっかけに水の大切さや世界の水事情を学んでもらうなど、SDGs教育に役立ててもらうことも検討しています。
この仕事を通じて私が強く感じるのは、人と人とのつながりが新たなご縁を生み出し、社会を少しずつ動かしていくのだ、ということ。例えば装置を設置する際は、各国の大使館や政府機関の方といろんな調整をする機会があるのですが、ある担当者の方が別の国に赴任した際に「この国ならもっとニーズがありそうですよ」と声をかけていただいたことがあります。国内での引き合いでも、社内の別部署の方が「この部署やこの会社と進めるとスムーズだよ」と教えてくださいました。思ってもいなかった場所でクリーンウォーターシステムを広める機会をいただけるのは、日頃の人とのつながりがあってこそだと思います。
「水が変われば、暮らしが変わる」——海外の実績で積み重ねてきたこの言葉は、日本でも変わらず通じるように思います。地域の方々と装置を一緒に育てていくこの2年間が、磐田のまちに新しいつながりの輪を広げてくれることを、心から願っています。








