量産二輪車初、回転塑性加工によるSPINFORGED WHEEL
装置に固定されたアルミホイールの原型が、円形の台の上で勢いよく回りだす。そこに一方から火焔、もう一方からは圧延のための円盤が伸びてくる。円盤はまるで人の手のように上下に動き、回転するアルミの塊をしごきだす。熱と圧を同時に受けたアルミは、ろくろの上で回転する陶芸作品のようにくびれをつくり、波を打ち、生きもののごとく形を変えていく——。「MT-09」の足元を固めるSPINFORGED WHEEL(スピンフォージドホイール)は、回転塑性加工と呼ばれる工法を用いて生み出される。アルミ軽合金キャストホイールのパイオニアが、いま再び、新たな境地を開こうとしている。
現場が
生み出す
革新。
「ものづくりの現場からイノベーションを起こしてやろう」。それは現場のエンジニアやクラフトマンたちが、長い間、抱き続けてきた野心だった。開発が求める困難な要求を現場の知と技でかたちにする。もちろんそれは彼らにとって腕の見せどころであり、製品進化の源である。しかし、進化を超えて能動的な革新に挑みたいという欲求が膨らんでいた。
ホイールから製品を革新するチャレンジ――。その背景にはあたため続けてきた新技術の種があった。
「MT-09」のホイール製造には、大きく二つの革新がある。一つは材料の研究と選定であり、もう一つは回転塑性加工の導入だった。「素地のアルミ自体を強くすれば、新たな工法のチャレンジの背中を押すことができる」。材料研究は奮い立った。強いだけではだめだ。粘り強い靭性を求めて成分のアレンジを繰り返し、熱処理などの諸条件を管理しながら変化するアルミと向き合った。「少し条件を変えると、まったく性格が変わってしまう。アルミは本当に繊細で、幅も遊びもない相手」。そして、回転塑性加工を前提とした「MT-09」専用のアルミ合金ブレンドとその扱いを導き出した。
空白。
つまり、
宝の山。
回転塑性加工は、自動車用ホイールの製造では以前から用いられてきた。圧延によって面をひろげていく方法が、幅広リムの加工に有効な手段だからだ。一方、二輪車用ホイールのリム幅は狭く、従来の鋳造方法で十分に対応できる。逆に、片面だけにきれいな処理を施せばいい自動車とは違って、二輪車は両面が意匠となるだけに加工も難しい。つまり、二輪車用ホイールの製造に回転塑性加工を用いるのは、労多くして功少なしということになる。それでもヤマハはこの工法にチャレンジした。従来の工法ではたどり着けないレベルの軽量化を獲得できるという確信があったからだ。
じつは、ヤマハが回転塑性加工を導入したのは初めてではない。30年ほど前に四輪バギー(ATV)の製造で導入している。ただそこからは、まったくの空白。蓄積はない。「この状況は、製造技術においても現場においても宝の山のようなもの」。クラフトマンたちのフロンティア精神に火が入った。
扉を開く
工場で
ありたい。
日本で二輪車用のキャストホイールが認可されたのは1978年。それほど古い話ではない。それ以前のモーターサイクルは、ほぼすべてスポークホイールを装着していた。この認可を受けてキャストホイールをいち早く実用化したのはヤマハだった。「だから、我々の根底には軽合金キャストホイールのパイオニアという意識が流れている」。新しい扉を開くのはヤマハの工場。常にそうありたいと思ってきた。
ろくろの上で回るホイールは、圧延機を押し付けられることによって組織が押しつぶされる。鍛造に近いイメージだ。回転しながら鍛えられたリムをさらに薄く延ばしていき、最終的にはわずか2mmの肉厚となる。回転塑性加工を導入することで、前モデルの3.5mmと比較すると飛躍的な薄肉化に成功した。重量も前後輪合わせて約700gの軽量化を実現している。
「ホイールは運動性能に直結し、安全にも大きな関わりをもつ重要な部品。だからこそヤマハの手を動かしてつくりたい。我々はホイールづくりの引き出しに、より良いものづくりの引き出しをもう一つ増やすことができた。この技術には次がある。明日がある」