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アルミ燃料タンク研磨 アルミの証と意匠を刻む

アルミ燃料タンクの研磨に見るクラフトマンシップ

アルミの質量は、鉄との比較でおよそ3分の1。その特性ゆえ、車体重量が性能に直結するモーターサイクルではさまざまな部品にアルミ材が用いられている。しかし、燃料タンクとなると話は違ってくる。延びが少なく成形が難しいアルミ材でのタンク量産は、長い間、困難とされてきた。ヤマハは「YZF-R1」の生産によってその厚い壁を破ってみせたものの、ものづくりの現場にとってはいまだ背筋が伸びる相手であることに変わりない。
にもかかわらず、現場はその難しさをまるで楽しんでいるかのように見える。「アルミタンクにチャレンジするなら、ピカピカに磨き上げてアルミであることを誇示したい」。アルミタンクに、アルミならではの意匠を刻む量産工場のチャレンジ。その一言がはじまりだった。

量産工場で
工芸品を
手づくりする。

アルミらしさを誇示するように、進行方向に向かって美しく流れるヘアライン。「YZF-R1M」の燃料タンクにその美しさをもたらすことができるのは、社内にもわずか3人しかいない。選りすぐりの研磨の手練れたちだ。大きなタンクを胸と両手で抱えたまま、バフツールに向き合う約20分間。腕や腰への負担も決して小さくはないが、一番すり減らすのは神経だという。納得の仕上がりを確認した後、急に力が抜けてへとへとになる。

社内の有識者からは、「工芸品をつくるイメージで取り組まないとできない仕事。つくり込みには時間がかかる」という助言を受けた。しかし、この見立てと「ならば、やってみようじゃないか。工芸レベルのものづくりにチャレンジしよう」という言葉がどうもつながらない。「それは、この工場が時間をかけて育んできた文化。できないことにぶつかったら、できる人を育てて自分たちのものにしていくんだ、という精神です」。耳の奥に残った「工芸品」という響きが彼らの心に火をつけた。

次の一手。
そして、
その先の一手。

アルミの素地には、圧延方向に無数の細かい目が伸びている。まず、不織布が織り込まれた粗目の番手のバフツールを使ってこの目を取り除いていく。ゆっくり、そして丁寧に。およそ10分の時間をかけ、アルミの証と意匠を刻んでいくためのまっさらなキャンバスが完成する。「ここからは将棋の世界。次の一手、その先の一手を頭に描きながらバフを当てていく」。

美しいヘアラインには正解がある。「ライダーポジションから見た時に、もっとも美しく見える仕上がりにする」ことだ。規則的な造形なら一方向に向かって磨きを掛ければいい。しかし、タンクのような複雑な構造物では「見せ方」が重要になる。たとえば、曲線を描く面や線の合流部分。進行方向に向かってまっすぐ伸びていたヘアラインはそこから一気に角度が変わる。いくつもの試作をつくり、検討を重ね、美しさを定義して磨き方の設計図をつくった。

仕上げの番手で意匠が刻まれる。目つきがもう一段厳しくなる。そしてその仕上がりを確認する目はさらに険しくなった。

極める。
育てる。
つないでゆく。

「ひたすらバフツールと向き合ってスキルを磨く。それ以外に方法はないし、近道もない」。まずは、バフの目を定規で測ったようにまっすぐに掛けることのできる技術を身につける。さらに、それを幾重に重ねても寸分狂わず平行な目を描き続ける確かな腕を手に入れる。そのレベルに到達するまでには膨大な時間が必要だ。「手だけじゃない。わずかな不良を見逃さない検出能力こそがこの工程に求められる。つまり『ヤマハの目』。品質を保証する目」。不良と判定される製品を一つも出さない。意地がある。

研磨の手練れたちの存在は、「YZF-R1M」のシゴトを通じて社内でも広く知られるようになった。ものづくりの仲間たちにとってはキラーコンテンツを手に入れたようなものだろう。開発者やデザイナーからは、開発中のモデルにアルミのバフ掛け部品を使いたいという声も届くようになった。「アルミタンクを極めた。この技術を途切れさせてはいけない。いまは3人。でもその3人が次の世代につないでいく」

これが、 ヤマハの手

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