WSBシーズンレビュー
WSBの2011年シーズンをご紹介します。
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WSBルーキーのメランドリとラバティー
YZF-R1で、見事ランキング2位と4位を獲得!
YZF-R1で、見事ランキング2位と4位を獲得!
2009年以来のタイトル獲得を目標としたヤマハ・ワールド・スーパーバイク・チームは、いずれもWSBルーキーのマルコ・メランドリとユージン・ラバティーを擁してシーズンをスタート。それまでの経歴は異なるふたりだが、新たな挑戦のなかで互いに高め合い、切磋琢磨しながら着実に前進し、力を結集してコンストラクターランキング2位を勝ち取った。最終戦最終レースでの1-2フィニッシュがその真骨頂。そしてチームは、1995年以来、17年間続いた歴史に一旦幕をおろし、WSBの舞台を去った。
タイトル奪還への期待
2011年のスーパーバイク世界選手権(WSB)は、ヤマハ・ワールド・スーパーバイク・チームからマルコ・メランドリとユージン・ラバティーが参戦。マシンは昨年に引き続き、クロスプレーン型クランクシャフトを採用した市販スーパースポーツモデル「YZF-R1」を使用した。
メランドリとラバティーは、いずれもWSB初参戦のライダー。メランドリは2003年から8年間、世界最高峰のMotoGPで活躍してきた実力者で、さらにさかのぼれば1998年のグランプリ初参戦(125ccクラス)以来、13年間にわたって、常にトップライダーとしてのポジションを守りながら数々の印象的なレースを見せてきた。WSBに転身し、新たな挑戦となった今シーズンも、第1戦から表彰台を獲得するなどカテゴリーの枠を超えて実力を発揮。ヤマハ・ワールド・スーパーバイク・チームは2009年以来のチャンピオン獲得を、この才能あふれるベテランライダーに託し、意気揚々とシーズンをスタートさせた。
ところが、メランドリの前には昨年度ランキング3位で元MotoGPライダーのC・チェカ(ドゥカティ)が立ちはだかった。チェカは今シーズン、圧倒的な強さを発揮し初戦からランキングトップをキープしてポイント差を拡大していった。全13戦26レースのなかでメランドリは、優勝4回、2位7回、3位4回などの輝かしい成績を残して合計395ポイントを獲得したが、最後までチェカとの差を埋めることはできず、ランキング2位で2011年シーズンを終了した。
一方のラバティーは、スーパースポーツ世界選手権(WSS)で2009年と2010年にランキング2位を獲得。モンスター・ヤマハ・テック3チームのC・クラッチローとはイギリス選手権時代からのライバル同士でもあり、MotoGPへ移ったクラッチローの後を引き継ぐ形で、今シーズンからチームに加わった。まさに伸び盛りのラバティーは毎回、積極的にレースに取り組み、第4戦では期待以上とも言えるダブルウインを達成。これを含めて合計6回、表彰台に上り、ポイントでは昨年度チャンピオンのM・ビアッジ(アプリリア)と並ぶ303ポイントを獲得し、最終ランキング4位という結果でシーズンを終えた。
シーズン序盤戦、課題は予選
シーズン開幕戦は2月27日、オーストラリアのフィリップアイランド。その第1レースで、まず注目を集めたのがラバティーだった。WSBの初舞台で果敢な攻めを見せ、最初の2ラップでレースをリード。そして最終的にはチームメイトのメランドリを抑えて4位を獲得した。一方、第1レースで5位に終わったメランドリは、第2レースでビアッジと何度も順位を入れ替える激しいバトルを繰り広げ、ベテランらしいレース巧者ぶりを披露。これで3位を獲得し、2009年以来の表彰台に立っている。
初戦で確かな手応えを掴んだメランドリ。それから約1ヵ月のインターバルをはさんで行われた第2戦イギリス大会(ドニントンパーク)では第1レースで早くも優勝を成し遂げ、第2レースも2位を獲得して本領を発揮。しかし、この時点ではチェカとの差は19ポイントだったが、ここから少しずつ差を広げられ、常に背中を追いかける展開となっていく。その要因のひとつが、予選の順位であったと考えられる。決勝では豊富なレース経験を生かして何台もパスしていく力を持っているため最終的には上位に食い込んだ。しかし、A・ドソリ監督が「予選で好位置を獲得することが今後の課題」と語ったように、後方からの追い上げが大きなハンデになっていたことは間違いないだろう。そして第3戦オランダ大会(アッセン)ではそれが最悪な結果をもたらすことになった。メランドリは上位グループに追いつこうと懸命の走行を続けるなかでタイヤを消耗し、転倒を喫してしまったのだ。これでノーポイントとなったメランドリは、ランキングをひとつ下げて3位となった。
しかし、課題の克服は着々と進んだ。第4戦イタリア大会(モンツァ)ではラバティーが予選2位を獲得し、第5戦アメリカ大会(ミラー・モーター・スポーツ・パーク)はメランドリとラバティーが揃ってフロントロウに並んだ。こうなれば、まさにドソリ監督の期待通りの展開だった。そして第7戦スペイン大会(アラゴン)では、メランドリがついにポールポジションを獲得。決勝では完璧なスタートを切ってビアッジと首位争いを展開し、第1レースで優勝、第2レースも2位獲得と大健闘を見せた。ランキングトップのチェカとの差は一時、95ポイントまで開いていたが、第7戦の活躍によって66ポイント差に縮小。さらには、続く第8戦も第1レース優勝、第2レース2位という好成績を再現し、チェカとの差を53ポイントまで縮めることに成功した。
チーム力を結集し、いよいよ追撃開始
課題を克服して、ついに追撃を開始したメランドリ。安定した速さと強さを武器に、順調なら必ず表彰台に上り、難しい状況に遭遇したときでも、そのなかで最大限、高いポジションをつかみとった。しかし、この時点でシーズンはすでに折り返し地点を過ぎており、残りは5戦、10レース。計算上は逆転可能だが、チェカの好調ぶりに陰りは見られず、依然として大差を追う立場に変わりはなかった。第9戦イギリス大会(シルバーストーン)では、そのチェカがダブルウインを達成。メランドリも両レース3位と食らいついたが、ポイント差は再び71に広がり、その後もランキング争いでは厳しい状況が続いた。
その一方、チームメイトのラバティーも着実に力をつけ、この頃からランキング3位を目指す戦いが始まっていた。第9戦はホームレースでもあり、走り慣れたコースでポテンシャルを全開。予選は2位を獲得し、第1レース、第2レースともに好スタートを切って序盤戦をリードして注目を集めた。最終的にはいずれもチェカに先行を許して2位となったが、両レース3位のメランドリとともに表彰台に上り、ふたりの力でヤマハをコンストラクターランキング2位に押し上げることにも貢献した。
ラバティーはその後も好調をキープし、第12戦フランス大会(マニクール)では、ついにビアッジを2ポイント上回ってランキング3位に浮上。これによって最終戦(ポルトガル大会)は、WSBルーキーと昨年度チャンピオンが、ポイントをめぐってぶつかり合う真っ向勝負となった。その第1レースは波瀾の展開。ラバティーはフロントロウから順調にスタートしたものの、リア周りの不具合によりピットイン。修復後、再スタートしたが、19位に留まりノーポイントとなってしまった。一方のビアッジが4位で13ポイントを加算したため、ラバティーには非常に厳しい状況となったが、あきらめずに第2レースに臨み、終盤までトップをキープしたあと2位でチェッカーを受けた。ビアッジは7位。この結果、ふたりはそれぞれ20ポイントと9ポイントを獲得。シリーズポイントの合計では303ポイントで並び、ビアッジが3位、ラバティーが4位でシーズンを終了した。
この最終戦第2レースでラバティーを抑えて優勝を飾ったのがメランドリだった。第10戦以降はチェカとの差を詰めることができず苦しんできたが、最後に優勝を果たし、チームメイトとの1-2フィニッシュという最高の形で2011年を締めくくった。メランドリとラバティーはこの1年で、ときにライバル同士として互いに切磋琢磨し、ときにチームメイトとして支え合う関係を作り上げていた。そして合計6回の優勝とともにコンストラクターランキング2位獲得に貢献し、「YZF-R1」の高いポテンシャルを改めて実証した。
ヤマハ・ワールド・スーパーバイク・チームは1995年からWSBにフル参戦を開始し、2007年のコンストラクタータイトル、2009年のライダータイトルをはじめ数々の功績を残してきたが、今シーズン限りで活動を休止することが決定している。