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完成検査:「信頼」を保証する最後の砦。

完成検査 「信頼」を保証する最後の砦。

その仕事を、ある検査員は「誇らしい」と表現した。そして一呼吸置き、「その誇らしさは非常に重い責任によって生まれている」と続けた。完成検査場にたどり着くまで、どれだけの手がクラフトマンシップを発揮してきたことだろう。その仕事ぶりに間違いがないことを、熟練の検査員たちは自らの研ぎ澄まされたセンサーをもって保証する。

工場の
一角に、
小さな海。

ボルトの一つに至るまで素材から吟味を重ね、加工の精度を追求し、さらにひと手間を加えて強さや美しさをもう一段引き上げる。ヤマハの手からヤマハの手に渡り、そのたびに磨かれ、鍛えられてきた無数の部品はやがて組立工場に集約され機能と性能を与えられる。働く人びとが「世界一の船外機組立工場」と胸を張る袋井南工場である。延床面積37,768平方メートル。青い海に立つ白波のような外観も美しい組立工場だ。

その一角に、小さな海がある。正確に言えば、大海を模した完成検査のための複数の水槽が設備されている。
「万一、海上でエンジンが動かなくなってしまったら、それはそのまま漂流のリスクに直結する。そうした製品をお客さまにお届けするわけにはいかない」――。“完検”の職場に漂う、独特の厳しさと緊張感の源である。
大量の水が還流する3つの検査用の大型水槽。ヤマハ船外機は、必ずこのいずれかでフルスロットルの洗礼を受けてから世界各地の水辺に向けて出荷されていく。例外は、一切ない。

夜明け。
出航前の、
静かな港。

船外機1台の完成検査に費やす時間は、およそ30分。毎日500台以上が生産されるこの工場で、完検のラインが止まることはない。外装部品を外された状態の船外機が、ワークハンガーに乗せられて途切れることなく入水してくる。

検査のはじまりは、ことのほか穏やかだ。自動判定装置を用いて電気部品のチェックを行い、ECUが正常に作動するかを確認する。それを終えるとエンジンに火を入れ、始動性、再始動性、油圧の立ち上がり、アイドリング時の安定性などを経験豊富な検査員が主に目視によって確認する。
内燃機関を動かすために必要なのは、燃料と空気、そして火花だ。そのいずれか一つでも正常に機能していなければ、船外機は微妙な横揺れを起こして検査員にその異常を知らせる。シェイキングと呼ばれる現象だ。数とすればごくわずかだが、わずかだからこそ気が抜けない。
この「ならし室」で行われるのは、これから過酷なテストを受けるためのウォーミングアップである。ある程度の回転数までエンジンを回すことで全身にオイルを循環させた船外機は、いよいよ重い扉の向こうで待つ通称「匠室」へと出航していく。

身体に
浸み込む、
信頼の基準。

ジェット機が離陸する時の音圧は約130デシベル。「匠室」の中では、それに匹敵する大きな音が壁を揺らす。検査員の耳は、もちろん防音イヤーマフラーで守られている。大型船外機のフルスロットルテストの光景である。
判定装置が示す値を注視しながら、船外機の各所にフラッシュライトを当てていく。オイル漏れや水漏れ、ボルトの不締りなど膨大な検査項目をチェックするこの間、検査員の五感はフル稼働している。

特別なトレーニングを受けた検査員のセンサーには、基準となる良品の様が浸み込んでいる。その基準とは異なる動き、音、匂いにも注意を払い、逃すことなく検知する。とは言えフルスロットルの状態で、ボルトの緩みなど小さな不良を逃すことなく見つけることができるのか? という疑問が湧く。「できる。光を当てると良品は反射するだけだが、緩んだボルトは振動でチカチカと不規則な変化を見せる。ボルトそのものも見ているが、不良を知らせてくれるのは光の動き」。見ているもの、そして見えているものが明らかに違う。
良品の匂いと、オイルや燃料漏れを起こしているものの匂い。水の匂い、油の匂い、金属の匂い、そしてそれらが混ざり合った匂い。彼らはそれらを切り分けて感知する力を持っている。音はどうか。良品の音と、不具合を持っているものの音。ブォーンという音の中に混じる甲高い質の音、小さくカタカタなる音、水の中から聞こえる異音もある。「音の種類や聞こえてくる位置で、不具合の原因の見当はつく」。検知された不良は原因を調査する部門に持ち込まれ、そこであらためて判定を受ける。不良を起こした部品や工程を正しく理解することで改善につなげていくためだ。その繰り返しにより、信頼の基礎体力をさらに一段上げていく。
全開、急加速、急減速。そして頻繁なシフトチェンジ。判定装置に残された過酷なテストのデータは記録・保管される。

検査を終え、ヤマハブランドの船外機として信頼の証を得た良品は、終着地である「後室」と呼ばれる港に到着し、そこで燃料を抜かれ、治具を外し、お客さまにきれいな状態でお届けするための洗浄を受ける。外されていたトップカウルやエプロンを装着すると、数えきれないほどのヤマハの手をつないできたその成果として一台の製品が完成する。
丁寧に梱包された船外機がトラックに積まれ、袋井南工場を出発していく。そのパワーを、その感動を、その信頼を七つの海が待っている。

これが、 ヤマハの手

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