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「ネイションズの表彰台を目指し、世界と渡り合えるライダーになる」中島漱也選手インタビュー

レースに関連する広報発表資料をご覧いただけます。

2026年7月30日

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 「今年、チャンピオンを取れたら、オーストラリアへ行かせてください」



 プロジェクトが動き出したのは、2025年7月、全日本モトクロス選手権・第4戦中国大会(広島県)のことでした。前半戦を締めくくるこのレースで、中島漱也選手はヤマハスタッフへ自ら海外挑戦への思いを伝えたのです。



 「自分の目標はAMA(アメリカ)においています。でもまだAMAに挑戦するレベルにはないと思ったので、日本とアメリカのちょうど間ぐらいで、バトルには絡めるけどトップレベルはすごく速いという、手が届きそうで届かないオーストラリアに行きたいと考えました。そこで活躍できればアメリカも見えてくるし、すごくいいステップになるなって思ったんです」。自身のキャリアを冷静に考え、自分が最も成長できる環境を考え導き出した答えでした。



 その後、日本代表として、2025年のモトクロス・オブ・ネイションズ(国別対抗戦)に初選出を果たした中島選手は、舞台となったアメリカ・インディアナ州にあるアイアンマン・レースウェイで、当社とヤマハ・モーター・オーストラリア(以下YMA)のスタッフとの話し合いを経て、挑戦が現実となったのです。決まった瞬間のことを、「本当にうれしかったですね。道がつながったというか、自分がやりたかったことが現実になったので。夢をかなえるために支えてくれた両親やチーム、いろいろな人が動いてくれたから実現した挑戦です」と振り返ります。



 現在、中島選手はオーストラリアの東海岸のほぼ中央に位置し、YMAの営業拠点があるブリスベンで生活を送りながら、オーストラリア最高峰となるProMX ChampionshipのMX2に、YMAが運営する「Monster Energy Yamalube Yamaha」から「YZ250F」で参戦しています。



 「なんのストレスもありません!」、というのが環境・生活について質問した時の第一声でした。「勝てるマシンを用意してもらってますし、メカニックとして英語ができる伊藤(昌弘)さんが一緒なのがやっぱりすごく大きくて。チームとのコミュニケーションも自分は全部英語でいけるわけでもないので、チームとの間を取り持ってくれるし、セッティングも日本語でやれるので、日本にいる時と変わらないメンタルでリラックスした環境を作ってもらっています」



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 伊藤さんと一緒に住んでいるという自宅はYMAから車で10分くらいのところにあり、「リビングがあって、シャワールームとトイレが2つあって… 日本よりも大きなアパートで快適です。ご飯は半分外食、半分自炊。基本は自分が作って、伊藤さんが皿洗い。伊藤さんは夕方まで一緒に練習に付き合ってくれて、そのままチームのガレージに戻って整備なので、その間に自分が買い出し行って作ってみたいな感じですね」



 メニューとレシピは基本AIに聞いていろいろ挑戦しているそうで、「特に餃子はうまくいきました。ちゃんと肉練って皮に包んで。伊藤さんにも好評でした」と、ごく普通の生活、モトクロスに集中できる日々がそこにあるということなのです。



 一方で、モトクロスに集中できる環境が整っているからこそ気をつけなければならないこともあるようです。「制御しなかったら9割、10割はモトクロスのことを考えることができるけど、それはいいことではないので、なるべく考えないように抑えています」。その理由を問うと、じっくりと考えて絞り出した最初の言葉は、「思っていた以上に差が大きかった」という一言でした。「練習しても練習しても、常に大きな差を見せつけられているので、悩もうと思ったらもういくらでも悩むことができるんです。自分より若くて速いライダーがたくさんいて、もっと早く来たかった」と悔しさが滲みます。



 というのも、オーストラリアではトッププロもアマも、お金を払って専門のコーチに指導を受けることが一般的で、ライダーによっては10代半ばから体系的なトレーニングを積んでいます。コーチが決めた練習メニュー、例えば、フォームの練習、ヒート練習などが計画的に進められているのです。中島選手もそのグループに所属したわけですが、そこでオーストラリアがモトクロス大国である理由が見えてきたからこそ、いろんな意味で「思っていた以上に差が大きかった」という言葉となったのかもしれません。



 だからと言って中島選手のモチベーションが落ちているわけではなく、むしろ高まっています。「日本のコースはギャップとレールが少ないので、身体の動きが小さくても走れましたが、オーストラリアのボコボコに荒れた路面では、全身を使ってバイクをコントロールしなければなりません。日本で身につけた基礎はオーストラリアでは通用しなかった… だからスピードを求めるというよりも、どこの国のどこのコースでも対応できる、速くなるための基盤をしっかり作らないと仮に速くなっても限界がきて、いつか怪我するなって感じたんです」



 基礎といっても、頭の位置、骨盤、膝、ステップへの荷重などたくさんのことがありますが、それを一つひとつ、初心者のように学び直しているそうです。「路面が荒れてきた時のライディング、ライン取りとかは頭で考えるのではなく、無意識にパッとできることが重要で、経験の差がはっきりと出ます。この年齢から身体に染み付くのかなっていうのが、一番大きな壁ですが、5歳、いや10歳若返ったつもりで焦らず続けることが1番の近道だと信じて取り組んでいます」



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 こうした積み重ねの結果、シーズン序盤、15~16位付近だった順位は、7大会14レースの中でジワジワと上がり、トップ10争いに入るまでになりました。シングルフィニッシュは3回、最高位は4位入賞です。しかし本人は、その結果を冷静に分析しています。「4位はコースが荒なかったことやスタートが決まったことなど、いろいろな条件がかみ合った結果です。今の実力で安定して4位を走れるとは思っていませんし、レースでは順位を気にせず、フォームの改善とともに、レースで見つけた課題の改善を優先しています。だから残りのレースではこれまで以上の結果を出したいんですけど、自分のペースでできるところまで成長するしかないって感じですね」



 続けて、改めて世界との差を知ったからこそ、世界と戦える可能性を感じたからこそ、「一年じゃ全然足りない。来年もまた同じ環境、オーストラリアで戦いたい」と、願うように語ります。というのも、中島選手はある目的を達成したいと考えているからです。それが「日本代表としてモトクロス・オブ・ネイションズを戦い、日本を表彰台に上げること」です。



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 「僕は幼い頃から海外を転戦してきたわけではなく、レーシングチーム鷹で育ち、家族とともに全国を転戦し、全日本チャンピオンとなって海外への切符をつかみました。だからこそ、“日本代表”として戦うことへの思いは特別です。さらに、同世代には世界トップレベルにいる丈(下田)がいますが、丈だけでは表彰台は達成できません。もう一人、世界で戦えるライダーが必要なのです。その一人に自分がなりたいと思っています。結果よりも成長ではありますが、来年のためにも結果も出さなきゃいけない。今やっていることは間違っていないと思っています。一番近道をして成長できている感覚があります。だから期待していてください」と、8月2日、ProMXの最終戦に向け力強く決意を語ってくれました。



 オーストラリアでの挑戦は、確かな手応えとともに、中島選手の未来への可能性を着実に広げています。



 さて、ProMXの最終戦を終えた後も中島選手は動き続けます。日本へ一時帰国したのち、すぐニュージーランドに渡り、元GPライダーであるジョシュ・コピンズ氏の元で練習を継続。今年の後半にかけてもまだまだレース活動に力をいれていく予定です。決定次第、お知らせしますのでお楽しみに!



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