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データは、人を自然へ連れ出すか。ヤマハ発動機・RINTOが挑む「計測技術」の可能性

人が入りにくい森の内部を、高精度な三次元データとして描き出す「RINTO」。プロジェクトを率いる吉田城治さんが語る、森林計測から広がる可能性とは。

人が入りにくい森の内部を、高精度な三次元データとして描き出す「RINTO」。プロジェクトを率いる吉田城治さんが語る、森林計測から広がる可能性とは。

2026年8月18日

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  • #自然資本
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国土の約7割を森林が占める日本。その豊かな自然資本は、古くから人々の暮らしや地域の成り立ちを支えてきました。急峻な地形が生み出す多様な樹種も特徴的で、都市から少し足を延ばすだけでも、豊かな森林に出会うことができます。

一方で、その複雑な地形や森林構造ゆえに、実態を把握することは容易ではありません。「どこに、どのような樹木が、どれだけ生育しているのか」。こうした情報は森林管理の基盤となるものですが、広域からの観測だけでは十分な精度を確保しにくく、現地調査には膨大な人手と時間がかかります。このコストと労力の壁が、長年にわたる大きな課題となってきました。

そうした「見えにくい森林」の実態を、独自の技術で可視化するのが、ヤマハ発動機の森林デジタル化サービス「RINTO(リント)」です。

彼らが着目したのは、無人ヘリコプターと高性能レーザー「LiDAR(ライダー)」の掛け合わせ。これらの技術を用いることで、木々一本ごとの位置や高さ、地形の微細な起伏にいたるまで、これまで捉えることが難しかった森の姿を高精度な三次元データとして描き出すことに成功しました。

現在、その活用領域は森林管理にとどまらず、カーボンクレジットの創出支援、防災・地形計測、文化財・遺跡調査、生物多様性や自然資本の評価など、新たな価値創出へと広がりつつあります。

森林計測で培った技術を、ヤマハ発動機はこれからどのような自然資本・地域価値の可視化へ広げようとしているのか。その取り組みについて、プロジェクトを牽引する吉田城治さんにお話を伺いました。

偶然から生まれた、必然の精度

まず、プロジェクトが発足した経緯を教えてください。

動き始めたのは2018年頃のことです。私が入社する以前の話ですが、当時は、電動のマルチコプターが急速に普及し始めた時期で、ヤマハ発動機が長年磨き上げてきた「産業用無人ヘリコプター」の強みをより広い領域で生かせないかと模索していました。

森林領域に可能性を見いだしたのは、実はほとんど偶然だったと聞いています。長時間の飛行が可能で、ある程度の重量物も積める。そうした強みを生かすなら、人が入りにくい場所に可能性があるのではないかと考え、当初は送電線の点検業務で事業開発を進めていたようです。しかしこれがなかなか思うように進まず、壁にぶつかっていた。そんな時に当時の統括部長から、「毛色を変えて、林業にこの技術を使えないだろうか」とアイデアが出たんです。

なかなか思い切った方向転換です。

明確な方向性が見えていたというより、まずは試してみようという感覚に近かったと思います。社内の無人ヘリコプターの部署に協力してもらい、借りてきたLiDARセンサーを搭載して、森の上空を飛ばしてみた。すると、誰も想像していなかった驚くべきデータが取得できたそうです。

「これはすごいんじゃないか」と、そのデータを森林管理に関わる行政の方々に見せたところ、「ぜひ活用したい」という反応をいただいた。その評価がきっかけとなって、事業化に向けた検討が本格的に始まりました。

吉田城治(ヤマハ発動機株式会社 新事業運営部 事業企画グループ)森林・林業コンサルティング会社やGISベンダーにおいて、クラウドサービスを活用した河川DX・山地災害DXなど、自然環境分野におけるデジタルソリューションの企画・開発に従事。現在は、無人ヘリレーザ計測や衛星データ、AIを活用した森林資源解析技術の開発に加え、自然資本・カーボンクレジット関連の業務を推進している。

行政がそこまで強い関心を示したということは、よほど特別なデータだったんですね。

一言で言えば、森の「内側」が見えるデータだったんです。普通、上空から森を見ても、目に入るのは木の葉ばかりですよね。ところがLiDARを使うと、レーザーの一部が葉の隙間を抜けて、幹や地面まで届く。その反射を解析することで、森の構造を立体的に捉えることができます。

森林の計測には衛星やドローンといった別の手段もあると思います。RINTOによる計測は、それらとどのように違うのでしょうか?

衛星、ドローン、無人ヘリには、それぞれ得意な領域があります。衛星は広い範囲を効率よく把握するのに向いていますが、一本ごとの木の高さや本数、細かな地形までは捉えきれません。一方でドローンは詳細なデータを取得できるものの、バッテリーの制約があり、数百ヘクタール規模の森林を計測するには限界があります。

その中間にあるのが、ヤマハ発動機の無人ヘリです。一度に広い範囲を安定して飛行できるうえ、対象地や計測目的に応じた高度を保ちながら、広角にレーザーを照射できる。そのため、木々一本ごとの位置や高さ、地面の起伏までを高い精度で把握できるんです。

精度だけではなく、信頼性を支えるデータへ

農薬散布の分野で磨かれてきた技術が、森林計測の現場に転用できたというのは興味深い話です。では、そこから事業化へは、どのように進んでいったのでしょうか?

最初に取り組んだのは、このデータが林業の現場で本当に使えるものだと証明することでした。どんなに精度が高くても、公的な仕組みの中で「使える」と認められなければ、自治体や民間企業に提案しても説得力を持ちません。

そこで私たちは、林野庁の委託事業に手を挙げることにしました。国有林野における木材資源の量を調べる公的な調査に、無人ヘリのデータが使えるかどうかを検証するためです。

その結果、間伐前の森林調査や搬出する木材の見積もりに対して、「十分に活用できる」という結論をいただくことができました。この成果が2022年に林野庁のウェブサイトで公開されたことをきっかけに、自治体や森林組合、民間企業への提案も本格的に動き出しました。

その実績を足がかりに、提案先も広がっていったわけですね。現在はどのような形でサービスを提供しているのでしょうか。

基本的には、計測・解析・データ提供の三段階で運用しています。依頼を受けたエリアを無人ヘリで計測し、取得したLiDARデータを解析したうえで、その結果をクラウド上で納品する形ですね。

これまでは自治体のお客様を中心に、森林資源量の把握や地域森林計画の策定といった用途でご活用いただいてきました。現在はそこで培った技術を生かし、自然資本や地域資源が持つ価値を可視化する、より幅広い領域への応用を進めています。その中で注目している活用先の一つが、森林の価値を適切に評価し、保全につなげる手段として期待されているカーボンクレジット分野です。これは、森林管理などによって生まれるCO2の吸収量や削減量を、一定の制度や方法論に基づいて認証し、企業などが活用できるようにする仕組みです。

画像はAIにて生成

つまり企業側は自分たちが出したCO2を相殺した形になり、森林を管理する側には売却代金が入る。その資金を維持管理に充てることで、森を育てるほど収益が生まれさらに森が豊かになるという循環が期待されています。もちろん、すべてが上手く回れば、の話ですが。

何か見過ごせない課題があるのでしょうか。

環境への配慮を謳いながら、その実態が伴っていない状態を指す「グリーンウォッシュ」という言葉があります。残念ながらカーボンクレジットの世界でも、虚偽の申請や制度設計の穴を突いた二重計上など、信頼性を損なうケースが後を絶ちません。いくら高精度なデータがあっても、それだけでは防ぎきれない問題が存在する。そこにジレンマがあります。

どうしたら、そのジレンマを解消できるのでしょうか。

正直に言えば、これは私たち一企業の努力だけで解決できるようなものではなく、ルールや検証の仕組みを整える国や認証機関の役割なしには防ぎきれないと思います。市場が拡大する今、制度設計の厳格化は避けて通れないフェーズに入ったと言えるでしょう。

その上で私たちにできることは、クレジットの目的を見失うことなく、森を健全に管理し続けるためのデータ提供を、誠実にやり続けること。そこで重要になるのは、クレジットの裏側にある「プロセス」をどう見せていくかという視点です。

プロセスを見せる、ですか。

データは、いわば「ここに行けば何かがある」と示す地図のようなものです。その地図を手に実際に森に足を運び、手入れによって光や空気がどう変わったのかを肌で感じる。そうした体験が、人の森を慈しむ気持ちを育んでいく。その循環を支えることが、森林計測の重要な役割だと考えています。

「知る」から始まる、森の新しい経済

吉田さんは中途入社でRINTOに関わるようになったと聞きました。なぜこのプロジェクトに参画しようと思われたのでしょうか。

前職では地図データを使った林業のデジタル化支援をしており、そうした仕組みをより現場で生かすには、土台となるデータの精度や量が欠かせないと感じていたんです。RINTOがまさにそのデータを生み出していると知り、「ここなら森林の課題に根っこから関われるかもしれない」と思いました。

学生時代に環境学を学び、森林系のコンサル会社にいたこともあるんですが、日本の森林を巡る課題は本当に複雑で、一筋縄ではいかない。なぜならそこに、産業の成り立ちに関わる構造的な課題があるからです。

構造的な課題、ですか。

最も深刻なのは、森林を維持するためのコストと、そこから得られる収益のバランスが崩れている点。日本の人工林の多くは、戦後の木材需要を見据えて植えられたものです。スギやヒノキを数十年かけて育て、伐採して販売し、その収益で次の世代の森を育てていく。そういう循環を前提とした産業でした。

ところが、いざその木が利用期を迎えた頃には、海外から安価な木材が安定して入ってくるようになっていた。住宅や建築の現場でも外国産材が広く使われるようになり、国産材だけで十分な収益を確保するのが難しくなってしまったんです。

北米や北欧では、比較的平坦な土地に同じ樹種の森が広がっている地域も多く、大型機械を使った伐採や搬出がしやすい環境があります。一方で、日本の森林は急峻な地形が多く、樹種も多様です。そもそもの条件が大きく異なるため、同じ効率やコスト感で比べるのは難しいんです。

つまり、頑張れば解決できるという話ではなく、産業の構造ごと変わらなければいけない話なんですね。

おっしゃる通りです。とはいえ、現状を変えるには、まずその現状を「知る」必要があります。日本には森林に関する課題がたくさんありますが、実は「どこに、どんな森があって、どれだけの資源があるのか」を十分に把握できていないケースが少なくありません。

RINTOは、今述べてきた構造的な課題を一気に解決する魔法の技術ではありません。ただ、森を「知る」ための入り口にはなれる。データを通じて森に関わる人が増え、「自分ごと」として捉えるような新しい経済が育っていくことを、私は何より期待しているんです。

「遊びたい」が森を守る

RINTOのデータによって、森の見え方や関わり方が変わっていく。その可能性を広げる取り組みとして、今具体的に動き始めていることはありますか。

今注力しているのは、先ほど触れたカーボンクレジットの創出支援や防災、文化財・遺跡調査、さらには自然資本評価といった、従来の森林管理の枠を超えた領域でのデータ活用です。

こうしてデータの活用の幅が広がっていけば、これまで森林に縁のなかった人たちが森を訪れるきっかけにもなります。古道を歩いたり、地域の歴史に触れたりするなかで、森が単なる自然ではなく、人の暮らしや文化と結びついた存在として見えてくる。そうした接点が増えることは、森林を身近に感じる人を増やすことにもつながるはずです。

一方で、森に関わる人が増えることで、逆に負荷がかかるような場面もありそうです。

もちろん、そのリスクはゼロではないでしょう。関わる人が増えれば、踏み荒らしや廃棄物の問題が出てくることもある。ただ、私はその問いが逆説的に重要だと思っています。なぜなら森林の課題の多くは、人が関わりすぎた結果ではなく、むしろ関わらなくなった結果として起きている側面もあるからです。

例えば、手入れされなくなった人工林や、担い手不足による管理の停滞はその典型です。問題は人が森に入ることそのものではなく、人と森の関係が途切れてしまうこと。私は、森に人を呼び込むこと自体をためらう必要はないと思っています。大事なのは、その関わり方を丁寧に設計することです。

「関わり方を丁寧に設計する」というのは、どういうことでしょうか。

一番分かりやすいのは、山を管理する自治体や林業関係者の方々との「合意形成」ですね。森を守るためには、どこに木を切り出すための「作業道」を通し、どこを保護・保全すべき場所とするかといった、緻密な設計が欠かせません。

しかし、これまでは関係者の「経験や勘」に頼る部分が大きく、意見をまとめるのは簡単ではありませんでした。全域を闇雲に手入れしようとすればコストが足りず、かといって放置すれば森が荒れてしまう。そのジレンマのなかで、何を優先するのかを決めることはとても難しいことです。

そこにRINTOのデータが役に立つのではないかと考えています。「この斜面はこれだけ急だから道を作るのは避けよう」「このエリアは間伐が遅れているから優先的に整備しよう」といった客観的な事実が三次元で可視化されれば、誰もが納得しやすい形で手入れの計画を立てられるようになるはずです。

データは、地域での対話にも使えるということですね。

もちろんそれ以外にも「使い道」はいくらでもあると思います。結局、データは道具なんです。道具というのは、使い手の目的によって、その価値も意味もまったく変わってしまう。

ヤマハ発動機はこれまでオートバイやボートなど、自然の中で楽しむモビリティを通じて人と自然の接点をつくってきました。だからこそ、「森を知る」ためのデータと、「森で遊ぶ」ための体験を結びつけられる。それは私たちならではの大きな強みだと思うんです。

「環境問題を解決しよう」と呼びかけられても、なかなか人は動けない。でも「楽しそう」「行ってみたい」という気持ちなら、自然に足が向く。そして実際に森の中で時間を過ごすことで、データや言葉では伝えられなかったものが、体験として立ち上がってくる。

理想は、データをきっかけに自然や地域を知り、そこでの体験を通じて「自分ごと化」する人が増えることです。それは、森林に限った話ではありません。水源や里山、文化財、地域に残る古道や暮らしの痕跡も、人と自然の関わりのなかで育まれてきた資源です。

森林計測の枠を超え、RINTOが担う役割はさらに広がっていきそうですね。最後に、この事業を通じて、どのような未来を目指しているのか、改めて聞かせてください。

自然は、ヤマハ発動機のさまざまな製品が価値を発揮する舞台でもあります。その環境を持続的に保つことは、社会にとって重要であるとともに、私たちにとっても大切なテーマです。

すぐに大きな収益へ結びつかない分野もあるかもしれません。それでも、森林計測で培った技術を起点に、これまで見えにくかった価値を可視化していく。その積み重ねが、人と自然の新しい関係づくりにつながるのであれば、取り組む意義は十分にあると考えています。

取材:岡野春樹(Deep Japan Lab) 執筆:根岸達朗 編集/撮影:吉山日向

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