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RPGツクール、FLASH、ニコ動。『Mobilit.E.S』の「遊び心」は、古き良きネットカルチャーから生まれた

移動をエンタメへ変える位置情報サービス『Mobilit.E.S』。大手ゲーム会社出身の込宮正宏が、この仕組みに込めた「遊び心」の原点に迫ります。

移動をエンタメへ変える位置情報サービス『Mobilit.E.S』。大手ゲーム会社出身の込宮正宏が、この仕組みに込めた「遊び心」の原点に迫ります。

2026年8月5日

  • RePLAY STUDY
  • #Mobilit.E.S
  • #遊び心
  • #ノーコード
  • #ネットカルチャー

ヤマハ発動機が2026年4月にリリースした位置情報サービス「Mobilit.E.S(モビリテス)」は、「移動することが、もっと楽しく、もっと学びになる」をコンセプトに掲げた体験型アプリ。

たとえば、ある観光地でのんびりと街を巡るシーンを想像してください。特定のスポットに差し掛かった瞬間、GPSと連動したスマホから音声や映像が流れ出し、その場所にまつわる物語が立ち上がります。さらには、季節や時間帯、天候によってコンテンツの内容が変化し、訪れるたび異なる体験と出会えるのも魅力の一つ。

まるでRPGの世界を旅するかのように、「移動そのもの」をエンターテインメントに変えていくモビリテス。その大きな特徴として挙げられるのが、専門知識がなくても直感的に扱える「ノーコード設計」です。各地の観光協会や地元住民など、誰もが自らコンテンツを制作・発信できる仕組みには、人手不足や地域の魅力発信といった課題解決を支えるツールとしての側面もあります。

京都・仁和寺の境内を巡るグリスロ。車内では、モビリテスの音声ガイドが流れる。(本写真は特別な許可を得て撮影しています)

しかし、モビリテスが目指しているのは、そうした実用的な役割だけではありません。根底に息づいているのは、使う人も作る人もみんながワクワクできる純粋な「遊び心」です

それもそのはず、開発を主導した込宮正宏は、2020年にキャリア採用で入社した大手ゲーム会社出身。彼がモビリテスに込めたのは、いつからかビジネスの「前提」であるかのように語られてきた課題解決の論理ではなく、もっと古く、もっと根っこに広がる「楽しいから作る」という衝動でした。

「楽しい乗り物」を作る、そのマインドに惹かれて

大手ゲーム会社から、畑違いとも言えるヤマハ発動機への転職をされたのには、どのような経緯があったのでしょうか?

前職では新規事業開発に携わっていたのですが、当時から「次に自分が挑むなら、どの産業で何をすべきか」を模索していました。そのなかで関心が高まっていったのが、これから日本でさらに成長していくであろう「観光」の分野だったんです。

ちょうど同じ時期に、自動車メーカーと共同で新規事業を立ち上げる機会があり、モビリティの領域にも親しみを感じていました。ゲームとモビリティ、その二つを並べて考えるなかで転職先として浮かび上がってきたのがヤマハ発動機です。最大の決め手は、この会社の手掛けるプロダクトの多くが、観光地と相性が良い「楽しい乗り物」だったことでした。

移動を軸にしたサービスは他社も数多く展開していますが、ヤマハ発動機が大切にしているのは、「楽しむための移動」や「乗ること自体の楽しさ」だと思っています。バイクや水上バイク、スノーモビルにしても、利便性や必要性というよりは楽しいから乗りたくなるものばかりですよね。そうした遊び心を重んじる企業姿勢が、自分の根っこにあるモノづくりの感覚と合っていたんです。

ヤマハ発動機株式会社 新ビジネス開発部 込宮正宏。東京造形大学卒。ゲーム業界での新規事業開発を経て、「Mobilit.E.S」の企画・設計から立ち上げまでを主導する

入社後はバイク向けコネクティッドアプリ「Y-Connect」の開発など、さまざまなプロジェクトを経験しました。そうして社内で経験を重ねるなかで、社内の新規事業創出プロジェクトに手を挙げ、立ち上げたのがこの「Mobilit.E.S(モビリテス)」です。

「モビリテス」というサービスを、込宮さん自身の言葉で定義すると、どのようなものになりますか。

一言で表すなら「乗り物で移動する時間を、もっと特別な体験にできないか」という挑戦です。日本各地にはハードとしての移動手段はすでにあります。でも、その移動時間が、土地の歴史や奥行きに触れる体験にまでつながっていないケースは少なくありません。そこをソフトの力で埋められないか、と考えました。

モビリテスの仕組みはいたってシンプル。アプリがGPSで現在地を検知し、あらかじめ設定されたスポットに近づくと、音声ガイドや映像コンテンツなどが自動で立ち上がる設計です。さらに、スマホの中だけで完結せず、現地のプロジェクションマッピングや照明といった外部機器とも連動できるので、「特定の場所に近づいた瞬間に建物が光り出す」といったダイナミックな空間演出も可能になります。

沖縄カヌチャリゾートで行われた実証実験の様子(出典:ヤマハ発動機公式チャンネル)

もう一つの大きな特徴が「条件分岐」です。天気や季節、時刻、さらにはその場所への訪問回数といった現実のシチュエーションに応じて、コンテンツを出し分けることができます。たとえば「初めて訪れた観光客」と「その土地に詳しいリピーター」で届ける体験を切り分けるといったように、その人の行動や状況によってストーリーが分岐していく面白さがあるんです。

アイデアの源泉は、ゲームとネットカルチャー

肝心のコンテンツはどのように作るのでしょうか。込宮さんたちが制作会社や観光協会と連携しながら、一緒に仕込んでいくのですか。

プロジェクションマッピングのような大がかりな演出は、プロの手が必要な場合もありますが、基本的にはその土地ごとの「作れる人」が自分で入力できるようにしています。

モビリテスの管理画面はブラウザ上で使えるので、それこそ「ブログを書く」くらいの気軽さで、誰でも感覚的に更新することができます。デジタルマップ上で対象エリアを囲み、「そこに入ったときに起動させたい音声や動画」をアップロードし、最後にトリガーとなる条件を選ぶだけ。完全なノーコード仕様で使えるので、プログラミングの知識は必要ありません。

なぜそこまで「誰でも作れること」にこだわったのでしょうか?

この設計思想の背景には、近年盛り上がりを見せるインディーゲームのように、プロ・アマの垣根を越えて誰もが自由にクリエイティブを発揮できる「土壌」そのものを提供したいという狙いがありました。なかでも明確にインスピレーションを受けたのが、往年の名作ゲームソフト『RPGツクール』(※1)です。

(※1)RPGツクール:初代は株式会社アスキーが発売した「ゲーム制作ツール」シリーズ。プログラミングの知識がなくてもRPGが制作できる環境として、1990年代から多くのアマチュアクリエイターに使われ、ゲーム制作への敷居を下げたことで知られる。現在は株式会社KADOKAWAが提供する『RPG Maker』シリーズへと引き継がれている。

まさに「ゲーム制作ソフト」の走りですね。私も子どもの頃、夢中になって遊びました。

プログラミングができなくても、自分だけのRPGを作れる。あのワクワク感を、そのまま移動体験のコンテンツ制作に持ち込みたかったんです。僕自身、美大出身のデザイナーというバックボーンがあるからこそ、クリエイターが「コードが書けないからアプリなんて作れない」と諦めてしまう状況を、少しでも取り払いたいと思っていました。

これなら地元のDMO(観光地域づくり法人)や観光協会のスタッフが自らコンテンツを更新できますし、「地元に貢献したいけれど、今は遠方に暮らしている」というクリエイターが、テレワークでコンテンツ制作に参加するといった可能性も開ける。ビジネス的な観点から見ても、プラットフォーム型のサービスであることは欠かせないと考えました。

さらに言えば僕自身、学生時代から個人ブログを書いたり、FLASH動画を作ったりすることに熱中してきた人間です。だからこそ「自分で作ること」の面白さを大切にしたいんですよね。

FLASH動画、懐かしいです!まさに古き良きインターネットカルチャーの一つですよね。

実はモビリテスの理想的なコミュニティ像として、かつての「ニコニコ動画」が持っていた独自の創作エコシステムを意識しているんです。

たとえば、ボーカロイド音楽のMVを投稿するとき。作曲できる人、絵を描ける人、動画編集ができる人と、顔も知らない人たちがそれぞれの「できること」を持ち寄り、一つの作品を作り上げていく。さらに、そこから「歌ってみた」「踊ってみた」と広がっていく。採算やビジネスの論理を一度横に置いて、「面白そうだから、とにかくやってみる」という圧倒的な熱量とスピリットは、今思い返してもすごいエネルギーがありました。

イシューからはじまらない

設計思想やポイントが見えてきたところで、一つ気になるのが、込宮さんが新規事業創出プロジェクトで「なぜモビリテスを提案したのか」です。こうしたサービスの必要性を感じる出来事があったんでしょうか?

いま振り返ると、原点の一つになっているのは、母校の東京造形大学でOBとして関わった「ねぶたのデジタルアーカイブ」のプロジェクトかもしれません。

青森ねぶた祭りでは、毎年1年かけて巨大なねぶたを20台ほど作るのですが、祭りが終わればみんな解体されてしまう。「これほど貴重な文化をただ消してしまうのはもったいない」という想いから、3DCG技術で立体的に記録し、デジタル保存をする試みでした。

その時、一緒に動いていた青森出身の学生が、地元への思いや魅力をよく語ってくれたんです。「ねぶたと桜の時期こそ観光客は多いけれど、それ以外は人が少なくて寂しい」「地元のローカル線が廃止になったら二度と復活することはない」「青森には仕事がないから東京に出るしかない」……そういった言葉がずっと頭に残っていました。

ただ、そこから「じゃあどう形にしよう?」となったとき、僕の思考プロセスにおいて、いわゆる課題解決から逆算することは基本的になくて。まさに「イシューからはじまらない」といった具合です(笑)。

なるほど。地域の抱える課題は頭にありつつも、そこを出発点にしたわけではない。では、込宮さんのモノづくりの「起点」はどこにあるのでしょうか。

まずは「どんな体験をしてもらいたいか」という衝動が先にあって、それを実現するためにロジックを組み立てていく。ゲームづくりって、まさにそういう構造なんですよね。たとえば、人気ゲームの『スプラトゥーン』にしても、最初は「インクを塗り合いながら陣取り合戦したら楽しくない?」という体験の仮説が先にあって、そこからすべてのデザインやルールづくりが始まる。

世の中のサービスを見渡すと、「課題解決」の文脈としてはきれいに説明されていても、肝心の「体験」が置いてけぼりになっているものが多いような気がしていて。だからこそモビリテスは「こんなエンタメあったら楽しいよね」という発想が先にありました。それが先ほどお伝えした観光地の課題と結びついた背景には、社内外のプロジェクトを通じて現地の人と交流し、リアルな声を拾えたことがありました。

「リアルの声」というのは、会議や視察だけでは見えてこない本音もあると思います。込宮さん自身、どのようにしてそうした声を拾っていったのでしょうか。

一時期、グリーンスローモビリティ事業(※2)に携わっていたこともあり、全国のさまざまな地方へ出張したのが大きいと思います。現地の担当者さんとの飲み会があれば必ず参加して、地元のおすすめの店を聞いては足を運び、個人的にも仲良くなっていく。そうやって仕事とプライベートの垣根を超えていると、日中の会議室では決して出てこない本音がふと漏れてくるんです。

(※2)グリーンスローモビリティ事業:ヤマハ発動機のグリーンスローモビリティ(グリスロ・GSM)事業は、時速20km未満で公道を走行できる小型電動車(ランドカー)を活用し、地域の交通課題解決や観光振興を支援する取り組み。50年にわたるゴルフカー開発の技術を活かし、環境性能と安全性を兼ね備えた車両を提供している。

そこで気づかされたのは、地域の方々が抱く「期待半分、諦め半分」の冷めた視線でした。「実証実験として色々と持ってきてくれるのはありがたいけれど、どうせすぐ終わって居なくなっちゃうんでしょ」と、あちこちで言われたんです。

たとえば、国や自治体の補助金を使ってせっかく街の音声ガイドを作っても、来年にはまた別の会社がやってきて、似たようなものを作るだけ。そういったことの繰り返しに、地元の人は疲れているように見えました。

かといって、僕たちメーカーの人間がその土地にずっと住み着いて運用を続けるわけにもいきません。だからこそモビリテスは、地元の観光協会や学校をはじめとした「その土地に根を張って生きる方たち」と組めるサービスにしたいと思ったんです。

クリエイティブの地産地消をしたい

モビリテスの開発パートナーに、沖縄のエンタメ制作企業「あしびかんぱにー」を選ばれたのも、そういった考えからなのでしょうか。

あしびかんぱにーとは前職時代からのご縁もありますが、なにより大きかったのは、彼らが沖縄のバーチャルタレント「根間うい」という独自のIPを生み出し、YouTube登録者数10万人を超える規模まで育ててきた実績でした。やはり現地で運営し、現地のことを発信している企業と組みたかったんです。

というのも、僕自身が横浜出身ということもあり、何かモノを作ろうとすると、すべてが「東京起点」になりがちな現状にずっと違和感があって。たとえば音楽イベントを開くとして、地元ゆかりのミュージシャンがたくさんいるのに関わらず、その存在が十分に考慮されないままキャスティングされてしまうのって、少しもったいないというか、悔しいじゃないですか。

きっと、他の地方でも同じような歯がゆさを感じている人がいるはず。だからこそ、その土地に根付いている会社や人たちと一緒に、コンテンツやクリエイティブの地産地消をしたい。そんな思いがずっとあるんです。

一方で、地域のネットワークを生かすとなると、人によって考え方が異なる場面もありそうです。全員が賛成ではなく、意見が分かれることもありますよね。

そうですね、地元の人たちと一緒にコンテンツを作っていても、町の中には必ず「こんな解説は認めん」というこだわりを持った方がいるものです。でも、そういった反対意見や異なる声を、絶対に仲間外れにしたくない。

最近進めている北海道・奥尻島のプロジェクトでは、ちょうど「ご意見箱」を作ろうとしています。住民からの意見や「もっとこうしてほしい」という投稿を受け付けたら、それを管理画面からアプリのストーリー分岐に即座に反映できる仕組みにしました。そうすると、最初は反対意見を言っていた方が、いつの間にか「このアプリ、オレがアドバイスしてやったんだ」と、誇らしげに語ってくれるようになるのではないかと睨んでいます。

その土地に関わる人たちが、楽しみながら一緒に作っていく。その先に、モビリテスはどんな風景を描いているのでしょうか。

「観光地としての賑やかさ」と「そこに暮らす人々の日常」が、お互いを犠牲にすることなく、無理なく共存する風景を描きたいというのが僕の根っこにあります。

以前、長崎県の黒島という町でお話を聞いた時に、観光客が増えることを誰もが諸手を挙げて喜んでいるわけではないことを知りました。観光による恩恵を受ける「受益者」は一部のホテルや飲食店だけで、そこで生活する人にとっては、日々の暮らしが脅かされるだけだと。これはとても悲しいジレンマです。

そこで一つの手段として考えられるのが、グリーンスローモビリティとモビリテスを組み合わせることです。たとえば、土日は観光客の移動手段として、平日は地元住民の足として活用する。さらにモビリテスを使えば、観光客の動線をつくりながら、住民自身が「見てほしい場所」や「伝えたい町の魅力」をガイドとして届けることもできます。

そうやって観光客と住民の体験が重なるように設計できれば、みんなが「受益者」になれるはず。モビリテスが目指す楽しさの先には、そんな未来があってほしいと思っています。

執筆:長谷川賢人 撮影:金本凜太朗 編集:吉山日向

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