ヤマハ発動機のデザインチームがアニメ「Tokyo Override」の世界をデザインする。
その舞台裏に迫るスペシャルトークセッション! 100年後の未来を走るバイクの役割とは?
キーパーソン4人それぞれの視点から見たワールドビルディングの魅力。
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深田 祐輔
「Tokyo Override」
監督・プロデューサー -
ローラ・チェハノヴィチ
アリゾナ州立大学 助教授
ワールドビルディング顧問 -
ヴィーラパトラ・ジナナヴィン
RiFF Studio
「Tokyo Override」監督 -
中村 智
ヤマハ発動機株式会社
プランニングデザイン部
イノベーションデザイングループ
ヤマハ発動機も制作に協力し、業界を超えた革新的なコラボレーションでアニメーションの物語表現の新境地を切り開いたNetflixシリーズ「Tokyo Override」は、バイクを単なる移動手段としてではなく文化や人間の経験における重要な要素として描いた、スピード感あふれるアニメーション作品だ。
この作品は、ヤマハ発動機のデザインチームが持つバイクの専門知識と、日本、アメリカ、タイのアニメーション監督やプロダクションデザイナーが共有する「未来的な世界を描く」というビジョンが結集して生まれた。
「Tokyo Override」制作プロジェクトは、Netflixチームが深田祐輔監督に「未来を舞台にバイクを中心とした世界」を描くというアイデアの“種”を提案したことから始まった。核心となるテーマは「モビリティ」であったが、細部まではまだ決まっていない状態だった。
深田監督はこのプロジェクトを、物語の世界観を作り込む「ワールドビルディング」という手法を全面的に取り入れる絶好の機会だと考えたと言う。従来のデザインの枠を超え、生態系、文化、社会などその世界における全てのものを包括する手法だ。
「以前からワールドビルディングに挑戦したいと思っていました」と語る深田監督。「既存のコンセプトを広げ、統一感がありながらも、新しく意味のあるものを創造する方法です。このプロジェクトに初期段階から関われたことにとても興奮しました。」
Netflixチームは、深田監督との最初のやり取りの後、ヤマハ発動機に連絡を取りこのアニメに登場させるバイク車種の選定を依頼した。「しかし、話し合いが進むにつれ、深田監督のワールドビルディングという手法について知り、その魅力に引き込まれました」と、ヤマハ発動機の中村智氏は振り返る。「当社では常に未来への革新を考えていますが、ワールドビルディングは通常のバイクづくりの範疇を超えたもので、このプロジェクトへの参加に非常に興味を持ちました。」
未来的なバイクのデザインやコンセプトモデルを提供する代わりに、ユーザーのニーズを超えて世界やその背後にあるシステムを探求する、複雑なプロセスを学べると考えたと言う。
その後深田監督は、ヤマハ発動機に加え、アメリカ拠点のプロダクションデザイナーでワールドビルディング手法に精通するローラ・チェハノヴィチ氏、タイのアニメーション監督ヴィーラパトラ・ジナナヴィン氏およびタイのアニメーションスタジオ「RiFFスタジオ」と協力し、このプロジェクトの基盤を築き上げた。
中村氏は、普段の業務の枠を超えた挑戦についてこう語っている。
「このプロジェクトは、一歩先を想像し、イノベーションが起こる背後にある構造を考える機会も与えてくれました。未来のバイクを作るだけでなく、それを支え、相互作用する世界全体を想像することがテーマでした。」
中村氏は、この新しい世界を構築する際には、インフラだけでなく、社会的、文化的、技術的な背景要素も考慮し、観客にとって統一感があり魅力的な未来の都市を作る必要があると認識していた。
「Tokyo Override」の世界の住人の視点を深く理解するために、チェハノヴィチ氏は実在する人々へのインタビューを通じ、ワールドビルディングに役立つユニークな洞察を得る研究プロジェクトを主導した。
その一例として、個人でレースに参戦しているヤマハ発動機の社員もインタビューも受けている。「彼にライディング全般について、バイクに乗るとはどういうことかを話してもらいました。それによりこの世界での具体的な視点や、バイクがなぜ重要で、どのような意味を持つのかを理解する助けになりました。」と彼女は述べる。このインタビューを通じて得た洞察も、実際に物語を構築する世界のシステムに取り入れられている。
この多様な視点の合わさりは、タイを拠点とするアニメーション会社RiFF Studioを率い、制作において中心的な役割を果たしたヴィーラパトラ・ジナナヴィン氏にとっても非常に新鮮な経験であった。「ワールドビルディングは、パズルのピースをひとつひとつ繋げ、それぞれの要素が物語の中で適切な場所と目的を持つようにする作業のようなものです。」と述べている。
さらに彼は、プロジェクトチームが共に作り上げた400ページに及ぶ設定資料を「聖書のようだ」と冗談めかして語った。メンバーの中には、その“聖書”を見て「私たち、この世界の市民にならなきゃいけないんですか?」と冗談ながらに聞いてきた者もいたと言う。アニメーション制作が始まる前に、ワールドビルディングのプロセスを通じて、すでに生き生きとした現実味のある未来の東京を描き出していた証だ。
しかし、ヤマハ発動機の役割は単にバイクを選定するだけにとどまらなかった。本プロジェクトでは、これらの乗り物が未来社会とどのように意義深く統合されるのかを探求することがテーマとなった。その中には、特にAI時代における「人間と機械の共存」という哲学的な問いも含まれてた。
「Tokyo Override」の主要な要素の一つに、バイクレースのシーンがある。そこではAIと人間のライダーが並んで速さを競い合っている。「現代では、レースというのは技術の試験場であると同時に、人間の限界を試す場でもあります。しかし、この想像上の未来では『100年後の未来でも人々はなぜレースをするのか?その時点でAIはどのような影響を与えているのか?』といった動機を考え直す必要がありました。 」と中村氏は述べる。
彼はこの物語が、ヤマハ発動機の開発思想「人機官能」を体現していると指摘する。これは、「人」と「機械」を高い次元で一体化させることによって、「人」の悦び・興奮をつくりだす技術を意味している。 「ヤマハ発動機のバイクは「人機官能」の考え方のもと開発されています。ですから、この未来の世界も、人間と技術の調和という観点で考えるのは自然なことでした。」
100年後の未来におけるレースの進化と、それが都市自体をどのように変容させるかについて、チーム内では多くの議論が交わされた。
その中で、都市の道路がレースに適応するために物理的に動くというアイデアや、観客がAI技術を応援するのか、それともAIと競う人間を応援するのかというテーマが生まれた。また、未来のピットストップがライダーとファンが交流する場として進化し、スポーツとスペクタクルの境界を曖昧にするエンターテインメント性を持つ、という発想も議論された。
チェハノヴィチ氏も、ワールドビルディングはストーリー構築のための優れた手法であるだけでなく、実現可能な未来のビジョンを構築し、ビジネスプランに反映するための方法でもあると付け加え、「特に企画初期の困難で集中力を要する時期に、非常にプロフェッショナルに協力してくれたヤマハ発動機チームに心から感謝しています。」と述べた。
徹底したリサーチ、文化の融合、革新的な創造性、そしてヤマハ発動機の洞察を通じて、このコラボレーションはワールドビルディングの概念を再定義するアニメーションを生み出した。
チーム全員が一体となって真にリアルで魅力的、そして生き生きとした世界を創り上げたのだ。
「Tokyo Override」は技術、人間性、モビリティが完璧に調和する未来を示すものであり、想像力とコラボレーション、そして物語の未来の力を体現しているといえよう。