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日本から世界へ。ヤマハ育ちのライダーたち

2009年 企画展 Vol. 2

2009企画展 Vol.2
頂点をめざして YAMAHA Motorcycle Racing History - since 1955・後期

"世界"を身近で感じて育まれた才能が豊かに花開いた日本の黄金期
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鈴鹿8時間耐久レース(鈴鹿8耐)が毎年10万人を超える観衆を集め、日本GPが20年ぶりに世界選手権として再開(500ccクラスは初開催)された1980年代、国内のロードレースは全日本選手権から底辺クラスまで大きく活性化。そして'90年代に入ると、その成果が実を結び、数多くのライダーが世界へと飛躍した。
まず250ccクラス。ヤマハチームからは、'92年全日本チャンピオンとなった原田哲也が、'86年の平忠彦に続いて世界GPにフル参戦。わずか1年でその頂点を極めた。さらに'98年中野真矢、'99年松戸直樹も全日本タイトルを獲得し、世界GPへ進出。2000年には中野がチームメイトのオリビエ・ジャックと白熱したタイトル争いを展開した。 125ccクラスでは、およそ10年ぶりに市販レーサーTZ125の開発を再開。その先行開発マシンで'93年全日本選手権を制した加藤義昌、'95年全日本チャンピオンとなった宇井陽一が世界GPへのチケットを手にした。
また鈴鹿8耐や全日本F1クラスで活躍したライダーでは、永井康友がヤマハモーターフランスチームに加わり、'94年ボルドール24時間耐久レースで優勝。さらに同年、吉川和多留が新設された全日本スーパーバイク(SB)の初代チャンピオンを獲得し、スーパーバイク世界選手権(WSB)へステップアップ。続いて芳賀紀行も、'96年鈴鹿8耐優勝、'97年全日本SBチャンピオンを経てWSBへ進んだ。

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