SRX600 開発者インタビュー
展示コレクションの関連情報
PROFILE
吉田有朗氏(よしだ・ゆうろう)
車体設計チーフ
一木富士男氏(いっき・ふじお)
走行実験チーフ
一条厚氏(いちじょう・あつし)
デザイン担当(GKダイナミックス所属)
一木:こうやって一条さんや吉田さんと久しぶりに顔を合わせると、SRXプロジェクトのメンバーは度を越したモーターサイクル・エンスージャストの集まりだったなあと、つくづく思いますね(笑)。
吉田:バイクの話を始めたら一人ひとりが何時間も語ってしまう、そんな濃い顔ぶれでしたね。
一木:我々のなかには「シングルこそバイクの原点だ」という強い思い込みがあって、そんなことばかり熱く語り合っていました。
一条:合い言葉は"くたばれ、お気楽パコーン!"。男のシングル、硬派なシングルを作ろうと。
吉田:新しく出てくるバイクはどれもこれも大きなカウリングに囲まれて、「これじゃライダーが手を入れられないじゃないか。本来バイクはもっとシンプルなものだ」と。バイクだけじゃなくて、'80年代は社会全体に妙な"軽さ"が渦巻いていましたから、そういう風潮に対して我々の武器であるバイクで問題提起をしたかったんですね。それで"くたばれ、お気楽パコーン!"と。
一条:プロジェクトリーダーはじめ、エンジンの担当者も車体の吉田さんも、それからデザイナーの私も、みんな30代後半から40代前半。そういう世代から軟弱な若い連中にぶちかまそうという、そんなエネルギーがありました。
吉田:実験の一木さんは若かったけど、走りが熱かったから仲間になれた(笑)。当時、お笑いの世界でパコーンと後頭部を叩くハリセンというのが流行っていて、プロジェクトリーダーは本当にデスクにそれを忍ばせていました。
一木:うそっ! 本当に? それは知らなかった。でも、エンスーのなかのエンスー、こだわりの塊みたいなプロジェクトリーダーを納得させるものを作るんだ、というモチベーションが強く自分のなかにあったのは事実です。
吉田:エンスーがこだわって作ると、たくさんの人に乗ってほしいというモデルにはなりませんよね。SRXは、まさにそういうモデルだったと思います。モデルチェンジ後にセルがつくわけですが、当初は「キックでエンジンをかけられない方には乗っていただかなくてけっこう」と本気で思っていましたから。
一条:私ね、よく覚えているんですけど、SRXが発売されたばかりの頃に街中で汗かきながらキックを繰り返しているライダーに会ったんです。で、気の毒になって手伝ったんですけど、中途半端にエンジンが暖まっているとなかなかかからないんですよ。
一木:確かにそういう傾向はありました。そんな時は無理しないで、一服して休んで……というSRXからのメッセージなんですよ、きっと(笑)。
吉田:完成して二輪専門誌向けに発表試乗会をやった時も、汗だくになっているジャーナリストが何人もいました。フートレストに乗って、思い切り蹴っているのにかからない。でもコツさえ飲み込めば、足を地面につけたまま簡単にかかるんですけどね。
一条:自分たちとしては、「こだわりを持ったライダーは共感してくれるだろう」というくらいに考えていましたので、正直なところあんなにたくさんの人が買ってくれるとは想像できませんでした。
吉田:女性とかね。申し訳ないけれど、開発の段階ではまったく意識していなかった。
一木:走りにしてもそう。自然に曲がっていく高性能バイクではなくて、太いトルクを使ってリアで旋回していくような、言い換えればライダーの意思と技術で曲がっていくような乗り味をあえて求めたり。決して手軽に乗れるバイクではありませんでした。
一条:一方で嬉しかったのは、当時非常に難しかった限定解除を乗り越え、ハイパワーのナナハンではなく、あえてSRX600を選んでくれたライダーがたくさんいたこと。でかいとか速いことがステイタスでエライというムードがあるなかで、我々の求めたテイストを理解し共感してくれるライダーがいたわけだから。
吉田:特にSRX600は、後ろから見ると250cc並みのサイズだから、ぜんぜん威張れなかったはずですよ。
一条:今日は秘蔵の1/1スケッチを持ってきました。これを見ていただくと、どれだけスリムでコンパクトだったかを実感できるはずです。
一木:すごい。1/1のスケッチを起こしたんですね。知りませんでした。
一条:もちろん、普通はこんな手間のかかるもの描きませんよ。後にも先にもVMAXとFZ250フェザー、それからこのSRXの3モデルだけ。僕自身シングルが大好きで、SRXのプロジェクトが立ち上がるときに「やらせてください」と立候補した経緯があるから、そういう意気込みをこの1/1スケッチで表現しようと思った(笑)。
デザインに関して言うと、すでにSR500/400があるわけだから、同じようなものを作っても仕方がない。シングルというベーシックなモデルであることに変わりはないけれど、クラシックに逃げたくはなかった。といって、未来的なデザインでもない。時代の真ん中にいる、求めたのはそんな存在感。それをもっと詰めて、出てきたのが「モダンシングル」というキーワードです。加えて、日本のデザインの美しさ、ジャパン・オリジナルなバイクを創り出したいと強く意識していました。
吉田:こういうデザイナーと一緒に仕事するから、毎日がせめぎ合いですよ。絶対に譲らない(笑)。そのしわ寄せは、特に性能を出す役割の一木さんたちにまわって来る。
一木:そこは、喜んで引き受けていた気がしますよ(笑)。
吉田:車体設計の立場で言うと、方向性を持っている角パイプというのは非常に扱いにくいんです。それなのに一条さんはエンジンのラインにぴったり沿ったフレームワークを譲らない。フレームの一部がボルトオンになっているのはそのためです。
吉田:それと一条さん、正月休みにクレイモデルを東京へ持って帰っちゃったでしょ? その後戻ってきたら、なんだか全体に細くなっている気がして、実際に測ってみたらやっぱり削られていた。それでエアクリーナーの容量が足りなくなって、「こんなんじゃ性能出ない!」と現場から文句が来た。どうも一条さんは、正面から見て、フロントフォークの幅に全部を収めたいようでした。
一条:いやあ、古い話なので忘れてしまいました(笑)。でも本当のところ、開発のみなさん、特に設計担当の方にはいろいろとご苦労をおかけしました。それだけ、デザインに対してみなさんが理解してくださったということ。金属パーツのコストについても……。
吉田:単にギミックだけの装備は極力やめようという暗黙の了解があったのですが、一方で「お金をかけるべきところにはケチケチしない」という意識もありましたね。
一条:普通、社内でプレゼンテーションする時には、金属パーツもクレイモデルにアルミっぽい塗装をするだけなんですけど、SRXではマフラーカバーとメーターパネルに本物のメタルを使ってプレゼンテーションをしました。叩き出しでワンオフのパーツを作ったんです。どうしてもアルミでやりたい、という一心。そしたら、「そこまでこだわるなら仕方ない」とOKが出た。
吉田:メーターパネルも、一条さんこだわりの白。
一条:SRXが発売されたら、クルマでも白いパネルを使い始めた。
一木:僕らは視認性がよくないと反対したのに、突っぱねられた(笑)。そこで目盛りの色を工夫したり、ほかの手段で視認性を高める研究をしたんです。
吉田:タンクに音叉マークを使ったのも、当時のデザインからすると異例なことでした。
一木:でも最後まで押し通した。それだけじゃなく、関東のYSPでは、初期の購入者プレミアムとして木箱入りの七宝焼きエンブレムをプレゼントしたそうです。
吉田:モーターショーには輪島塗りのモデルを参考出品した。実は私の親戚の職人に頼んで塗ってもらったんですが、「これを売るんですか?」と質問されて困った(笑)。
一木:あまり知られていないんですけど、発売のちょっと前、筑波サーキットの「バトル・オブ・ザ・ツイン」というレースにXT600改という扱いでSRX600を出したんです。あくまで開発サイドの腕試しでしたが、並み居る歴戦マシンを押しのけて3位に入った。
吉田:だけど、そうやって世に送り出した後、僕らはもう次のことを話していましたね。「今度はバリバリ回るシングルだ!」と。
一条:どんなに全力で「やりきった」としても、それで満足できないのがエンスーなんです(笑)