本文へ進みます

共創は「まず作る」から動き出す。ヤマハ発動機×ニッパツ、海ごみ収集機開発までの一年

“まずは作ってみる”という姿勢が生んだ、海ごみ収集機。ヤマハ発動機×ニッパツによる、ものづくりの舞台裏に迫ります。

“まずは作ってみる”という姿勢が生んだ、海ごみ収集機。ヤマハ発動機×ニッパツによる、ものづくりの舞台裏に迫ります。

2025年10月24日

  • RePLAY STUDY
  • #共創
  • #ニッパツ
  • #海洋プラスチック問題
  • #海ごみ収集機

年々複雑さと深刻さを増し続ける現代社会。私たちが直面している課題は、もはや一つの組織や立場だけで解決できるものではなく、さまざまな垣根を越えて協力し合うことが求められています。

とりわけ企業同士の共創は大きな可能性を秘める一方で、利害の違いや組織文化の壁、知財の扱いといった難題が常に付きまといます。「対等な関係」を築きながら協力することは本当に可能なのか、と疑問に思う方もいるのではないでしょうか。

そうした中で、ヤマハ発動機と日本発条(以下、ニッパツ)が挑んでいるのが、海洋プラスチックごみ問題です。2025年春に発表された海ごみ収集機は、試作初号機の公開からわずか一年弱で3号機に到達。この驚くべきスピードの背景には、「まずは作ってみる」という実践的な姿勢と、偶然がもたらした出会いがありました。

今回の記事では、研究開発を担うニッパツの白尾真人さん・有吉崇さん、そして社会実装を推進するヤマハ発動機の臼井優介——3人の対話を通して、両社がいかにして対等な関係を築いてきたのかを探ります。

「まずは作ってみる」が生んだ信頼関係

まずは今回のプロジェクトにおける皆さんの役割を教えてください。

臼井僕は「どう社会に届けるか」を考える役回りですね。たとえば展示の場を作ったり、海岸清掃の現場に持ち込んだり。外に出して反応を集めることで、今後の事業化実現に向けたビジネススキームなどのアイデアを検討しています。

白尾私はニッパツ側として、全体の技術的な方向づけを担当しています。課題をどう解決するかのアプローチを一緒に議論して、設計担当のエンジニアに具体化をお願いする形です。私自身もエンジニアの端くれなので、自分でもラフなスケッチを描いたりします。

有吉私は白尾と同じ部署で、設計の実務を担当してます。白尾からのアイデアや臼井さんの現場からの声を図面に落とし込み、試作機として形にする。部品の調達や外部への依頼も含めて動いています。

左からヤマハ発動機の臼井優介、日本発条の有吉崇さん・白尾真人さん

どういった経緯でこのプロジェクトが始まったのでしょうか?

臼井最初の出会いは2024年10月頃で、白尾さんたちが産学官民の交流会をきっかけに会社訪問してくださったところからですよね。ニッパツさんは世界的な部品メーカーで、ヤマハ発動機の主要な取引先の一つですが、僕自身はこれまで直接ご一緒したことがなくて。

白尾具体的に動き出したのは、改めて「ものづくりのアイデアを聞かせてもらえませんか?」とメールさせていただいたところからでしたよね。当時の上司から「既存事業と関わりのない、完全に新しい製品開発をやりなさい」という指示があって、自分たちの技術を生かした取り組みを作ろうとしていたんです。

臼井とにかくタイミングが良かったです。前回の記事にも登場してくださった「かながわ海岸美化財団」の柱本さんにヒントをもらって、ちょうど初号機を形にしようと思っていたところだったので。それで、「良かったらこんなの一緒に作りません?」みたいな話をさせてもらったら、手書きのポンチ絵から、わずか一ヶ月足らずで初号機を形にしてくれた。これにはほんと驚きました。

完成した初号機

白尾まずはタイの海岸清掃団体が使っていたカゴ風の道具を再現したいということだったんですけど、ここで関係性ができれば次にもつながっていくだろうという気持ちで、有吉と相談しながらスピード重視で作らせてもらいました。ある意味、臼井さんの心を掴みにいく作戦だったんですが(笑)。

有吉考えるよりも先に、まずは形にすることを目指しましたよね。設計図だとタイヤが小さかったので若干大きくしましたが、基本的にはいただいたものをそのまま再現していて。

こうした進め方はニッパツさんにとって一般的なものなんですか?

白尾いや、異質な取り組みでした。普段は詳細な仕様書を基に設計するんですが、今回は手書きのポンチ絵から「とりあえず作ってみましょう」というラフなスタート。しかも、うちは自動車部品がメインなので、海ごみ収集機はかなり新しいジャンルで。

有吉社会課題を解決するものづくりには興味があったんですが、正直なところ、最初は「本当にこれでいいのかな?」という迷いもありましたね。いつものように明確な設計要求があるわけでもないし、技術的なチャレンジがあるかと言えばそんなこともないわけで。

白尾今だから言えることですけど、社内では「なんでうちがこれやるの? 既存事業との関連性は?」みたいな声もあったんですよ。だけど、「まずはやり始めることが大事なんですよ!」と説明して。

臼井裏でそんなご苦労があったとは、知らなかったです(笑)。

白尾ただ、僕個人としても、これは面白くなるんじゃないかっていう直感があって、臼井さんからメールをもらった後に、多分2〜3日で「やります」って返信したんですよね。エンジニアとしては、ある程度機能するようになってから人に見せたいところなんですけど、とりあえずの完成度から一緒に考えるやり方もあるし、それによってお互いの信頼関係も深まるっていうのは、今回の仕事から学ばせてもらったところですね。

「ワクワク」を追求、ローテク志向の一年

そこからわずか一年弱で3号機にまで進化しました。ここまでの歩みはどのようなものだったんですか?

有吉技術的には、初号機で見えた「重い」という課題から始まってます。それで2号機ではまず爪を付けて砂を掘り起こす機構を追加したんです。それによって、引っ張る負荷を軽減する効果を期待しました。あと素材も見直して軽量化し、さらに箱型にして、タイヤを大きくしたり、引き手の角度を調整できるようにもしました。

臼井劇的に進化しましたよね!ごみも初号機とは比べものにならないくらいよく取れるようになって。ただここで、湿った砂がメッシュに詰まるという問題が出てきたんですよ。砂って表面はサラサラでも、地中2〜3センチ掘ると湿ってて。

白尾それで「ワイパーみたいに、ブラシでメッシュをこすり合わせながら砂だけ落とせたらいいよね」という話になって、私が設計図を描かせてもらったっていう。ブラシはタイヤの動力を使って回転する仕組みになっていて、引っ張るだけで自動的にメッシュの詰まりが解消されるんです。

臼井この機構については現在、特許出願中なんです。しかも今回は、ニッパツさんから共同出願にしましょうって言ってもらって。

白尾今回は臼井さんも一緒にアイデアを出しながらやっているので、共同出願が妥当だと思ったんです。もちろん、アイデアも具現化も全部ニッパツだったら単独で出させていただきますが、今回は本当の意味での共創になっている。会社同士の持続的な関係性を作るという意味でもそれがいいなと。

臼井ロゴも並列表記ですからね。実は他の共創プロジェクトではヤマハ発動機のロゴだけが入っていることも多いのですが、このプロジェクトでは「一緒にやる」ことそのものに意味があるから、両社のロゴを並べて世に出すことにこだわって。

まさに「対等な関係」ということですね。

臼井そうしたプロセスの集大成として、3号機を大阪・関西万博の「BLUE OCEAN DOME(ZERI JAPAN)」で行われる「BLUE Challenge 2025」というイベントで発表する予定なんです(※取材は2025年9月初旬に実施)。そこが一つのマイルストーンになるはずで、どんな反響が得られるか、すごく楽しみなんですよね。

白尾いや本当に。初号機から比べると見違えるような進化を遂げてますからね。それも誰かが開発をリードしたっていうより、みんなでアイデアを出し合いながら進めることができたっていうのは、すごく意味があるなと。

ヤマハ発動機もニッパツも確かな技術を持った会社ですが、今回の海ごみ収集機って見たところものすごくローテクですよね。そこにこだわった理由は?

臼井ローテクにこだわったのは意外とニッパツさんだったんですよ。僕は電動アシストの機能を付けたいなと思っていたんですが、「これにバッテリーを積むのは違う」と意見をもらって。

白尾バッテリーを使うとなると、充電などでどうしてもエネルギーが必要になる。地球にいいことをしたいからこそ、できるだけシンプルな仕組みで動くのが理想だと思ったんです。

臼井それを2号機の方向性を考えている段階で言っていただいて、「おお、たしかに」と思って。ビーチクリーン現場の道具はトングのみで、それに変わる手頃な道具を提供したいという思いから始まっているので、高価格化は本末転倒ですね。やるからには製品化を目指しているし、使って頂ける方々が買っても良いと思える価格にすることも必要ですからね。

白尾それにローテクだからこそできる遊びもたくさんあると思うんです。うちの強みである「ばね」も組み込みたいし、まだまだやりたいことはいっぱいあります。

自動車の「サスペンション用ばね」で、世界トップクラスのシェアを誇るニッパツ

一般の利用者の反応はどうですか?

白尾あるイベントで2号機を持っていったときは、大人は割とドライな反応だったんですけど、子どもたちがめちゃくちゃハマってくれたのは嬉しかったですね。延々と引っ張って遊んでくれてて、こういう景色が見たいんだよなあってすごく感じて。

臼井子どもたちのアンテナに引っかかる何かがあるのかもしれないですね。ただ以前、大学生と高校生に初号機を使ってもらうワークショップをやったら、そのフィードバックに「ダサい」っていうのがあったんですよ(笑)。正直グサっときたけど、率直な意見をもらえるのはありがたいし、それも含めて今後の改善に活かしていきたいですね。

有吉見た目のデザインって大事ですよね。ただ、それと同じくらいどうやったら使う人がワクワクできるか、遊び心を引き出せるかを追求していくことも大事だなと思ってて。

  以前、会社近くの海の公園でテストしていた時に、地元の高校生に「何してるんですか?」って声をかけられて説明したら、「ワクワクする仕事ですね!」って言ってもらったんですよ。僕らとしても「ワクワクする」というのを開発のキーワードにしてきたので、それが伝わっていたのかもしれませんね。すごく励みになりました。

「需要はあるが購買力はない」矛盾との向き合い方

ここまでかなり順調に進んできているような印象を受けます。でも、企業として取り組む以上は事業化に向けた現実的なハードルとも向き合わなければならないですよね。

臼井それで言うと、今はまさにスタートラインに立ったなっていう感じです。初号機の時点では、事業化に向けてまだ検討材料が不足していたけど、ここまで来れば少しは前向きに考えてもらえるかなと。まあ、ここからが本当に大変ですが。

具体的にはどんなところが大変そうだと感じているんですか?

臼井事業化に向けたありとあらゆることですね。そもそもこれがビジネスとして成り立つことを証明する必要があるなと。ただ、幸いにも、ビーチクリーンをやっている現場の人たちに実機を見せると、欲しがってくれる人がいっぱいいる。

需要は確実にあります。ただ、その多くがボランティア団体で、収入を前提にしていない活動をしてます。彼らに「買ってもらう」ことをどう位置づけるかが課題だなと。

臼井じゃあどうするかといったときに、僕は、彼らの活動そのものが経済的にもきちんと報われるような仕組みから考えていく必要があると思うんです。単に便利な道具を売ればいいという話ではないだろうなと。

そう考えると、かなり根気のいる取り組みになりそうですね。

臼井ただ、最近は社内の50代以上の社員の方々から「ヤマハ発動機らしい取り組みだね」と言ってもらうことがあるんです。個人の思いが製品化される古き良き企業文化が、ニッパツさんの技術力と出会って新たな挑戦に発展していることを誇らしく感じてます。

遊び心から文化へ、日本発の共創を世界へ

今後の具体的な展開やビジョンについても聞かせてください。

白尾技術面では、より多様な協業パートナーとの連携が必要ですね。たとえば、タイヤメーカーがこの取り組みに賛同してくれて、専用タイヤの開発を提案してくれたり。そういう具体的な技術協力が受けられると非常に心強いです。

有吉特に分離技術を持つ企業との協業は必須だと思います。現状では、プラスチックと木くず、貝殻を分離する技術が課題になっていて、そこの知見がある方に協力していただけるとありがたいなと。

色んなコラボが生まれるとさらに面白くなりそうですね。

臼井それで言うと、今個人的に注目しているのが、buoyという会社さんですね。彼らは海洋プラスチックを買い取ってアクセサリーなどに再生し、QRコードでトレーサビリティまで管理している。取り組みに共感したので3号機のホイールキャップなどはbuoyさんの海洋プラスチック由来の素材を使わせて頂いているんです。

今後どういうかたちで連携できるかはわからないですが、そういった特色ある企業さんといい関係を築いていきたいです。あとこれはあながち夢でもないなと感じているのが、海外展開の可能性で。

海外展開ですか。それはまたスケールの大きな。

臼井ヤマハ発動機は二輪車事業やマリン事業などの既存事業で世界中にネットワークが有り、売上の90%以上が海外です。海外でもビーチクリーンに携わる人は増えていますし、海洋プラスチックごみの問題はそもそも全世界的な課題なので。

視察で訪れた佐賀県唐津市波戸岬にて

なるほど。日本発の共創モデルが海外の現場でも意味を持つかもしれない。

臼井ただ、そうなるためには国や文化を問わず、誰もが直感的に「面白そう」「使ってみたい」と思えるものにしなくちゃいけない。社会課題解決の取り組みって、どうしても「いいことやってます感」が出てしまうけど、それによって逆に距離を置かれることもあるじゃないですか。そこを突破していかないといけないなと。

単なる“良い取り組み”に留まらない魅力が必要なんでしょうね。

臼井そもそも僕らが動き出したきっかけも、インスタで見たタイのビーチクリーンの動画からじゃないですか。若者たちがどうやって作ったかわからない謎の道具を楽しそうに引っ張りながらゴミ拾いをしていて、その様子が僕にはとてもクールに思えたっていうのがあった。ビーチクリーンをただのゴミ拾いではなく、誰もが自然と関わりたくなるようなムーブメントにできるかどうか。それがこれからの勝負だと思ってます。

白尾そうですね。今回の共創を通じて感じるのは、企業同士が本当に対等な関係でものづくりをするって、思った以上に難しいけれど、やってみると想像以上に面白いということ。一緒に合宿したり、全国各地の浜辺で実験をしたり、シンプルにすごく楽しかったですよね。

真面目に社会課題に取り組んでいるはずなのに、気付けば遊んでるような感覚になってる瞬間もありました。その「遊び」の部分こそが、実は一番大切なんじゃないかって思って。

臼井いやまさに。この一年弱を振り返ると、「まずは作ってみる」から始まった関係が、特許の共同出願や並列ロゴ表記まで発展して、本当の意味での共創パートナーシップになった。これは他の企業間連携のモデルケースにもなり得るんじゃないかと思います。課題解決と事業性、そして何より「ワクワクする」気持ちを両立させる。僕らの共創は、まだ始まったばかりですね。

執筆:根岸達朗 撮影:本永創太 取材/編集:日向コイケ(Huuuu)

記事をシェアする
LINE
X
ページ
先頭へ