野遊びの達人・滝沢守生が親子登山で見つけた「教育」より大切な「自治」の精神
決められたルールに従うのではなく、自分で考えて自分の足で立つ。『山と溪谷』元編集者・滝沢守生さんが、登山や子育てと向き合う中で見出した「自治」の精神とは。
決められたルールに従うのではなく、自分で考えて自分の足で立つ。『山と溪谷』元編集者・滝沢守生さんが、登山や子育てと向き合う中で見出した「自治」の精神とは。
極地にまで足を踏み入れた生粋の登山家であり、『山と溪谷』の元編集者。フジロックフェスティバルには立ち上げ期から制作に携わり、業界団体コンサベーション・アライアンス・ジャパンを通じて環境保護活動や気候変動問題にも向き合う。滝沢守生さんには、山と自然をめぐる多彩な顔があります。
滝沢さんを語る上でもう一つ欠かせないのが、三人の子どもの父親としての顔です。子どもたちが幼い頃から「やまいく」と称して親子登山を実践し、その魅力をさまざまな形で発信してきました。
自然の中で過ごすことは、子どもにとって一生ものの「生きる力」を育むのではないか。多くの親が自然環境教育に寄せるそんな期待を、滝沢さんは否定しません。けれども、滝沢さん自身にとっての親子登山は、決して「教育」だけではなかったといいます。
「第一に考えていたのは、山や自然の楽しさを子どもたちと共有することでした。ずっと山のことだけをやってきた自分が、子どもに対してできることは何だろうか。そう考えた末にたどり着いた、自分なりの子育ての形。それが、一緒に山で遊ぶことだったんです」
教育ではなく、子育て。上から目線で教え込むより、同じ目線に立っていかに楽しく遊べるか。滝沢流・親子登山の真髄をひもとく重要なヒントは、この辺りにありそうです。山で過ごす楽しい時間は、どのようにして生きる力へと変わっていくのか。その秘訣を伺いました。
山の「楽しさ」にこだわるワケ
そうです。新卒で入社して、編集者として14、15年。『山と溪谷』本誌のほか、『Outdoor』という雑誌を長く担当しました。『Outdoor』は1976年創刊の、日本でもっとも古いアウトドア雑誌の一つです。残念ながら、2001年に休刊に追い込んでしまうことになるんですが。
僕がこの雑誌を担当し始めた1990年代は、ちょうどオートキャンプブームの真っ只中で。休日になるとRV車に乗って家族でキャンプ場に行き、バーベキューをしたり、カレーライスを作ったりする。そんなスタイルが一般的で、アウトドアがお手軽なファミリーレジャーのように受け取られていました。けれども、1970年代に日本へ入ってきた頃のアウトドアは、もっとカッコいいものだったんですよ。
フライフィッシングやフリークライミングのようなエコロジカルで新しいアウトドアスポーツ、ヘビーデューティーと呼ばれたタフで堅牢な機能美を重視したファッション、そうしたアメリカの先進的なカルチャーと深く結びついていて、僕らにとってはまさに憧れの対象でした。
さらに遡れば、そのルーツは物質文明に対するカウンターカルチャーです。僕はよく「アウトドアとロックは義兄弟だ」と言うんですけど、資本主義社会に違和感を抱いたアメリカ・東海岸の若者たちが、自由な生き方と自然を求めて西へ西へと荒野(ウイルダネス)を目指す。アウトドアというのはもともと、そうした精神性を伴ったものだったのです。
そうですね。そんな日本のアウトドアの現状をもっと志の高いものに変えたい、本来のアウトドアを取り戻したいという思いで、『Outdoor』をかなりの激流に突っ込ませていったというわけです。
自分はもともと中学生の頃から登山をやってきた“山屋”です。編集者という仕事を選んだのも、山屋として触れてきた大好きな山の世界を、一人でも多くの人に知ってほしかったから。どうにかしてこの世界の魅力を伝えたい、アウトドアやフェスのその先にはいつも山がありました。
そのためには、先鋭的なことばかりやっていてはダメで。むしろ間口を広く、敷居を低くする必要があります。その先の深さは、入ってからそれぞれが見つけてくれればいいんです。山では誰も助けてくれません。自分の頭で考えて、自分の足で歩くしかない。一度ハマれば自然と、より高き、より困難をめざすのが登山ですから、深くならざるを得ないんですよ。
「楽しさ」が欠けていた日本の自然教育
1970、1980年代の日本で自然教育の一端を担っていたのは、全国各地のボーイスカウトや学校の野外体験学習、学校登山でした。どちらも戦時中から続く軍事教練的な団体活動の要素が色濃く、楽しさをどう伝えるかという発想は乏しかったと思います。
実際、学校登山がトラウマで山が嫌いになったという人も多いのではないでしょうか。僕自身も、小学1年の高尾山登山があまりにつらくて、「二度と山登りなんてするもんか」と思いましたし。
学校登山はその後、さまざまな環境変化によって、実施する学校が減っていきました。アウトドア産業界からすれば「リュックサックや靴を売る」貴重な機会を失ったわけですから、危機感は強かったと思います。ただ皮肉なことに、学校登山でつらい思いをすることが減った結果、大人になって登山をする人はむしろ増えていますよね。
山が楽しい理由として、決められたルールがないというのは、大きなポイントだと思いますね。子どもたちの遊びがそうじゃないですか。もちろん遊びにはルールが必要ですけど、遊びのルールは自分たちで考えて自分たちでつくることができる。だからこそ、遊びは自由で楽しい。
片付けしなさい、勉強しなさい、早く寝なさい……。子どもたちは普段、大人から「〜しなさい」とばかり言われて過ごしていますが、こうして外から何かを強制されることほど、苦しいことはないですよね。そこから唯一自由になれるのが、遊びの中なんだと思います。
山登りもそれと同じで、ルールは自分たちで決めて登ります。たとえば、僕らがアルパインクライミングをするときには自分でルートを決め『できるだけ人工物には頼らない』というルールを自分たちで定めて、それに従って登ります。同じクライミングでも、スポーツクライミングは、あらかじめ決められたルートを、決められたルールの中で登って、高さやスピードを他者と競います。それは、あくまでもスポーツであって、登山とは別物なんですよ。
危険は「ハザード」と「リスク」に分けて考える
もちろんそうです。山には都会以上に危険がありますし。だからこそ、その危険をどう捉えるかが大事で。僕がよく言うのは、山にはハザードとリスクという、二つの危険があるということです。この二つは、しっかりと分けて考えないといけません。
ハザードというのは、誰がどう振る舞うかに関係なく、もともと存在する全体的な危険のこと。それを自分がこれから行おうとする行動に照らして、具体的に想定、検討していき、回避できるものがリスクです。
たとえば「山にクマがいる」というのはハザードです。防災でいえば、「ここに津波が来る」「崖崩れがおこる」といった情報もハザードであって、そこにいない人にとっては、リスクではない。別の場所にいれば何の危険でもないからです。
自分はいつどこにいるのか、どんな装備で、どんな行動をするのか。そうやって自分ごとに引き寄せて考えて初めて、危険は「リスク」として立ち上がってきます。ですから、リスクについて検討するには周到な準備と研究が必要ですし、想像力が求められます。最終的には自分の責任で、自分が引き受けるしかないんです。
「クマが出た」という全国ニュースを聞いて、千葉県の低山でクマ鈴を鳴らしながら歩いている人がいますが、あれは自分の行動に即した具体的なリスクを想像できていない典型でしょう。
その背景には、町内会や自治会のような地域コミュニティが機能しなくなったことが、一因としてあると思います。以前であれば、個人の意見はまずこうしたコミュニティの中で議論されて、みんなの意見としてまとめられた上で、行政に届けられていました。
今はそれがないので、一人の声の大きな人間の意見が、あたかも全体の総意であるかのように取り上げられてしまう。その結果、本来なら想定しなくていいようなものまでルール化されているのが現状でしょう。危険だからといって何でもかんでもルールで縛ってしまえば、遊びとしての自由や楽しさ、そして、遊びの中で学ぶ機会が失われてしまいますよ。
命令するより、ゲーム化を
大前提として、我が家のルールはあくまで我が家のルールであって、どの家族にも当てはまるものではありません。たとえば「山では走らないもの」と一律に考える人は多いけれど、我が家では子どもの意思を尊重して、安全な場所では自由に走らせていました。
でもこれは、子どもたちがどれくらい走れるのか、そこはどんな危険が潜んでいるルートなのかを僕が把握していたからできたこと。子どもたちの方も、山では何が危ないのかを相当程度、理解してましたから。
山に行くと、「早くしなさい!」「そんなところに座らないで」といって、子どもを急かす保護者の声があちこちから聞こえてきますよね。もちろん気持ちはわかります。山では日暮れまでに行動を終えないと命取りになりますから。
でも、頭ごなしに命令するだけで子どもが動くのであれば、苦労はないですよ。急かされると焦ってしまって、かえって危ないことにもなりかねない。何より、そんなことばかり言われていたら山登りが嫌いになってしまうので、僕は絶対にやりたくないと思っていました。
「〜しなさい」と言う代わりに、ゲームにしていました。たとえば「動物なりきりごっこ」なんかはよくやりましたね。「ここからは動物になりきって降りよう」と言って、それぞれがシカやサルになったつもりで歩くんです。そうすると子どもたちは、夢中になって得意げに動物の真似をしながら、ワーキャー言いながら山を駆け降りていきます。
また、先頭を歩く僕が道中の木や草むらにそっとグミやチョコを隠したりして、それを探しながら登ったり降りたりする「お菓子狩りゲーム」をすることもありました。楽しいと思えば、子どもたちは疲れも忘れて自然と歩きます。お菓子を見つけたい一心で僕の後を離れまいとついてくるし、結果として周囲を観察する力も育っていきます。
一方で、リスクについてはもちろん丁寧に教えました。山における唯一にして最大のリスクが「死」です。「死ぬようなことだけは絶対にしてはいけない」と言い聞かせてきました。その際は、子どもが自分ごととして想像できるように、具体的なエピソードを交えて伝えることを心がけていました。
たとえば「この山では昔、10歳の子どもが行方不明になったことがある。家族で楽しく歩いていたけれど、お母さんから離れて1人でどんどん先へ行ってしまい、そのうち霧に巻かれて見えなくなって、そのまま帰ってこなかった」というようにね。子どもだって賢いから、「オバケが出るよ〜」では通じない。リスクは、自分の身に起こりうることとしてリアルに想像できなければ意味がないんです。
育つのは、楽しく遊んだ結果
雑誌で親子登山についての連載をしている頃は、「山へ行くことの教育的効果は何か」とよく聞かれました。そんなときに答えていたのは、「俯瞰力」と「同定力」が身につくということです。
俯瞰力というのは、別の言い方をすれば、自分を客観視する力です。たとえば山では、地図を開いて「今どこを歩いているかわかる?」とよく子どもに聞いていました。現在地がどこで、どちらに向かっていて、この先に危ないところはあるのか、登りなのか下りなのか。そういうことを考えるには、自分を俯瞰して見て全体の中で捉える必要があります。これは山の中だけでなく、生きていく上でも重要な力だと思います。
一方の同定力というのは、同じものを見つける力、あるいは同じように見えるものの中から違いを見抜く力を指してそう言ってます。自然の中では、ぼんやり見ているだけだと、全部が同じに見えてしまいます。山、森、木々という大きな塊に見えてしまう。でも、実際には葉っぱの一つひとつが違うわけじゃないですか。その違いを見分ける力は、本物を見抜く力にもつながっていきます。
さらに、僕が山登りを通じて、子どもたちにどうしても伝えたかったのは「自分の身は自分で守る」ということでした。
冒頭でも触れましたけど、山では誰も助けてくれません。メシを作るのも寝床を確保するのも、何もかも自分でやらなければならない。でもこれは、人生についても言えることで。山で得た「自分の足でこんな高いところまで来た」という自信は、その後の人生でも必ず生きる。ただ、そうした結果から逆算して「だから子どもを山に連れて行く」というのは、少し違う気もするんですよね。
「あわよくばこういう力を身につけてほしい」という“下心”がまったくなかったと言えば嘘になりますけど、僕が一番に考えていたのは、子どもたちと一緒に山で遊ぶことで、その楽しさを共有したいということでした。遊びの中で、結果として大事な力が身についていく。親が教えるのではなく、本人が山から学ぶ、それが親として僕が願っていたことだったし、自然教育のあるべき姿なんじゃないでしょうか。
長女は2、3歳の頃から僕が背負って山に行っていて、そういう意味では一番の実験台です。今年、大学を卒業して就職したんですけど、親の僕から見てもたくましく育ってますね。大学も就職先も、全部自分で決めてきて。卒業直前まで、アルバイトで稼いでは、ライブに行ったり、バックパックを背負って海外旅行へ行ったり。そうして社会人になり、この春から東京で一人暮らしをはじめました。
そのぶん部屋は散らかり放題で、いつも妻に「なんとかしなさい!」と言われてますけど。でもそんなとき、娘は決まってこう返すんですよ。「いいじゃん、別に。死ぬわけじゃないんだから」って。まさに教育の賜物です(笑)。
自分たちのフィールドは、自分たちで守ろう
そう思います。僕自身、先日視察に行ってきたデンマークで、あらためてそのことの大切さを感じました。自治区クリスチャニアに象徴されるように、デンマークでは住民の自治の意識が非常に強い。自治の意識とは要するに、自分たちのコミュニティや文化は自分たちで守るということです。
自治は教育とも結びついています。デンマークには、フォルケホイスコーレと呼ばれる国民学校が各地にあり、自治の担い手を育てる教育機関として機能しています。
「学校」と聞くと、私たち日本人は「義務教育」という言葉とともに「国や行政が用意してくれるもの」というイメージを抱いてしまいます。ですが、フォルケホイスコーレは、地域の篤志家やコミュニティが寄付を集めて設立し、そこに国が手厚い補助をして、地域社会に根ざした人材を育てている。つまり、自分たちの社会は自分たちで支え、その担い手も自分たちで育てる、というわけです。
国はあくまでもサポート役に徹し、カリキュラムや運営には介入しません。学ぶのは自分自身であって、学ばされるわけではない。全寮制で試験も成績もありませんが、その分、そこで学ぶ者には自由と責任が求められます。この「自分たちの社会は自分たちで守る」という感覚こそ、いま日本企業のあり方にも求められているのではないかと思うんですよ。
僕が事務局長を務めるコンサベーション・アライアンス・ジャパン(CAJ)は、アウトドア産業に関わるさまざまな企業が会員となって会費を集め、環境保護活動をするNPOやNGOに活動資金の援助をしている業界団体です。気候変動のような地球規模の課題を前にすると、一民間企業にできることは限られている。だからこそ、いろいろなメーカーが集まって「共通の課題意識」を持ち、連携、協働して取り組む必要があります。
重要なのは、CAJはいわゆるアウトドアブランドだけの集まりではないということです。キャンプ場やサプライヤー、小売店など、それこそ、ヤマハ発動機さんのような、広い意味でアウトドアに関わる企業すべてが団結して初めて、大きなインパクトを出すことができる。それがコレクティブインパクトと呼ばれるものです。
私たちのビジネスの基盤でもあるアウトドアフィールドが健全に保たれなければ、自分たちのビジネスそのものが成り立たなくなるわけですから。「自然保護活動」は、そこで遊び、ビジネスをする者としての責任でもあります。
ですから、国や行政に任せるのではなくて、自分たちの手で自分たちのフィールドを守ろうよ、と。要するにこれもコミュニティの自治の話なんですよ。
執筆:鈴木陸夫 撮影:本永創太 編集:吉山日向
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