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「決めない」が生んだ共創。ヤマハ発動機・リジェラボに見る、プロセスが価値になる時代

「日本空間デザイン賞」金賞を受賞したヤマハ発動機の共創スペース「リジェラボ」。廃材や自然が巡る「つくらないツクリモノ」の舞台裏。

「日本空間デザイン賞」金賞を受賞したヤマハ発動機の共創スペース「リジェラボ」。廃材や自然が巡る「つくらないツクリモノ」の舞台裏。

2025年12月25日

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目的を定めず、コンセプトを決めず、変化を前提に進める——。

通常のプロジェクトマネジメントでは考えられないこのプロセスは、いかにして空間へと結実し、日本最大級の空間デザインアワード金賞という栄誉につながったのでしょうか。

舞台は、ヤマハ発動機が横浜みなとみらいに開設した共創スペース「リジェラボ」。週に一度の打ち合わせを重ね、時には山でマウンテンバイクを走らせ、互いのオフィスを行き来する。そんな濃密な時間の中で辿り着いたのは、「つくらないツクリモノ」という独自の哲学でした。

役目を終えた競技用プールをテーブルやベンチに変え、工場の梱包材を什器として再利用。さらには静岡の森から運んだ土や枝をインテリアに取り入れる。こうした実験的なアプローチは、場の活用に悩む多くの企業に対し、一つの示唆を提示しています。

デザインを担った株式会社船場の成富法仁さん、構想を牽引したヤマハ発動機の福田晋平、そしてコンセプトメイクを担った小倉幸太郎。プロセスそのものが価値となる時代の「共創論」を、三人が語り合います。

左:ヤマハ発動機・小倉幸太郎 中央:ヤマハ発動機・福田晋平 右:株式会社船場・成富法仁

受賞が示す「決め切らない価値」

まずは「日本空間デザイン賞」金賞の受賞、本当におめでとうございます。応募総数約900件の中から選ばれたとのことですが、皆さんの率直な感想からお聞かせいただけますか。

成富正直なところ、まさか取れるとは思っていませんでした。商業施設やホテル、展示空間など、国内トップクラスの精鋭作品が集まるオールジャンルのアワードですから、その中でリジェラボがここまで評価されたことは、ただただ感慨深いですね。

福田実は、僕はこの賞がどれほど名誉なものか、最初は全く知らなかったんですよね。成富さんに「これってすごいことなんですか?」って聞いたら、「車でいうカー・オブ・ザイヤーみたいなものです。キング・オブ・誉(ほまれ)ですよ!」と説明されて、ようやく事の大きさを理解したという具合で。

小倉僕は今のお二人の話を聞いて、そんなにすごいことだったんだと認識したぐらいで。だから今更ですが、大変恐縮しております。名誉ある賞を、ありがとうございます。

成富さんは過去に同賞の審査員を務められた経験もあるそうですね。今回の評価基準は、どこにあったと分析されていますか?

成富一言で言うと、「目に見える美しさ」だけではない価値が認められたのだと思います。近年は審査基準そのものが変わってきていて、単なるデザイン性だけでなく、持続可能性や社会性、そしてプロセスの透明性までもが重視されるようになりつつあります。リジェラボが掲げた、あえて「完成させない」という余白の設計や、常に更新され続けることを前提としたあり方が、そうした新しい評価軸に合致したのではないでしょうか。

船場さんはこれまで数多くの空間デザインを手掛けてこられましたが、一般的な空間づくりは、どのような流れで進むものなんでしょうか?

成富通常は、まず「何のための空間か」という明確な目的があって、それを実現するためのコンセプトを固め、具体的な設計へと落とし込んでいきます。これが定石なのですが、リジェラボに関しては、目的すらなかなか決まらない(笑)。実のところ、今に至るまでずっと「決めないまま」作り続けている感覚です。

福田確かに、打ち合わせのたびに成富さんが「今日ですよ、今日決めますよ」って仰っていたのを覚えています。

成富言ってましたね。でも、結局決まらないんですよ。4回目のミーティングでは、しびれを切らして僕らの方で「目的整理表」まで用意し、用途を明確にしようと試みたこともありました。

小倉でも確か「まだそんな段階じゃない」って話になって。

成富その時にもう、ヤマハ発動機さんには僕らのこれまでのセオリーは通用しないなと痛感しました(笑)。そこで戦略をガラリと変え、空間全体の議論は一旦置いて、まずは「仕切りは必要か」といった具体的な機能面を一つずつ確認することにしたんです。

そうすると、福田さんと小倉さんから「あ、いいですね」とか、「それだったらこの方が」とか、出てくる。そういう「点」を集めて、つないでいけば実像が生まれるんじゃないかという方向に切り替えていって。

小倉いや本当に僕らの抽象的な発言を深く解釈してくれて、形にして返していただきました。それは船場さんが空間デザインのプロだからできることだと思うんですけど、その応答がまさに共創的でしたよね。

成富ありがとうございます。でも僕らの方こそ、ヤマハ発動機さんから学ぶことは本当に多かったです。「まとめ役」として関わっているはずが、対話を重ねるごとに価値観を揺さぶられたり、既存の進め方を見直すきっかけをもらったりして。お互いに正解を持たず、手探りで進めたからこそ、発見が連鎖していったというか、その“学び合いのプロセス”こそが、空間にそのまま刻まれている気がします。

廃材という「宝」と「自然」のデザイン

リジェラボ内には廃材を再利用したユニークな什器が並んでいますが、これも対話の中から生まれたアイディアなのでしょうか?

成富そうですね。当初から明確な完成形があったわけではありませんが、「リジェネラティブ(再生)」という共通のテーマは据えていました。そこから、ヤマハ発動機さんならではの廃材を使い、何か新しいものを生み出せないかという模索が始まったんです。

小倉ちょうど新規事業の方向性を議論していた時期で、僕らの中にも強い問題意識があったんですよ。グローバルに事業を展開する企業として、世界のカーボンニュートラルの問題と無関係ではいられないよね、と。それに加えて、製品を作る過程で生じる廃棄物をどうにか活用できないか、と常々考えていたんです。

福田そんな折にちょうどプール事業から廃材があるとの話を聞き、船場さんに「廃棄予定の競技用プールを何かに使えませんか?」って提案させてもらったんですよね。

成富最初は「プール?」って思ったんですけど、実際にデザイナーと工場に伺うと、競技用のラインが残ってる感じとかがすごく面白くて魅力的だなと。これを生かす形で什器をつくろうと一気にアイディアが膨らみました。

結果としてプールの素材はベンチ付き什器やテーブルへ生まれ変わり、他にも工場の梱包材や型枠を活かした家具、端材を組み合わせたアートワークなどを制作しました。本来捨てられるはずの素材を工場で探すプロセスは、まさに「宝探し」のようで、今回の共創を象徴する体験でしたね。

小倉工場で日常的に出てくる廃材って、僕らからすると「もう捨てるしかないもの」なんですが、見る人が変われば一気に価値が変わるんだなと。つまり「ゴミかどうか」は結局、その人が必要かどうかだけなんだと痛感しました。誰かが「これ欲しい」「これ面白い」と思ってくれるなら、それはもうゴミではないんですよね。

今回作っていただいた什器もまさにそうで、うちでは産業廃棄物として処理するしかなかった素材。そこにアップサイクルというフィルターを通すことで「こんな見え方になるんだ」と、その変換力に船場さんの底力を感じました。

成富実は僕らも、小倉さんの言葉からすごく色んなインスピレーションをもらっていたんです。特に印象的だったのが、静岡県森町に自ら切り拓いたマウンテンバイクコースをご案内いただいた時のこと。「荒れた森は原生林のようで近寄りがたいけど、ひと手間加えて道ができるだけで秩序が生まれ、心地よい自然になるんですよ」というお話に、とても感銘を受けました。

小倉あ、そんなこと言ってましたか(笑)。

成富それってつまり、自然との共生の視点だと思うんですよね。なのでリジェラボに置くパンプトラックやプランターには、森町の土を左官材として使うことに決めたんです。ヤマハ発動機にとっても特別な場所である森町の記憶を横浜のオフィスに持ち込むことで、企業のルーツと自然とのつながりを感じられる空間を目指しました。

小倉船場のデザイナーさんがわざわざ森町まで行って、土や枝を取ってきてくれたんですよね。その行動力が本当に素晴らしいなと。

成富土や枝、落ち葉といった“その土地にしかない素材”も、ただ持ち込むのではなく、適度な秩序を与えることで空間に溶け込む存在になると考えたんです。

“いいバイブス”の正体は、共に過ごした時間にあった

ヤマハ発動機側の意図を深く汲み取った船場の共創的な姿勢が印象的ですが、両社の出会いはどのようなきっかけだったのでしょうか?

福田共通の知人を通じて、ご紹介いただいた形ですね。ちょうど僕らが横浜での新しい拠点開設に向けて動き始めていたタイミングだったんですけど、ヤマハ発動機として、国内での存在感をもう一度しっかりつくっていくことや、首都圏での共創を加速させたいと考えたところに、船場さんが共鳴してくださったんです。

小倉同時にいくつか会社さんを検討している中で、僕が決定的だと思ったのは、船場さんのオフィスを訪問した時でしたね。ショールームでいろんな展示を見た瞬間、「あ、僕と考えてること全く一緒だ」って。特に、現場での徹底した廃棄物削減や細やかな分別への取り組みには、強い印象を受けました。

福田いろんな部材をライブラリーのように展示して、「この素材をアップサイクルして、何がつくれるか」を探求されている姿勢が新鮮で。帰りの新幹線で小倉さんと「この人たちと手を組めたら面白そうだね」と盛り上がったのを覚えてます。

GOOD ETHICAL OFFICEとしてリニューアルされた本社の中で、エシカルデザインを実践・可視化するゾーンの一部として構成されているスペース(提供:船場)

初対面の段階から、単なる発注先・受注先という関係を越えた“いいバイブス”のようなものがあったわけですね。

成富“いいバイブス”、まさにその通りですね。それが確信に変わったのは、先ほども話に出た森町でのマウンテンバイクでしたね。散々走った後に、小倉さんが「やっぱ縦Gが大事なんですよ」と話してて。その何気ない一言が、妙に心に残っているんです。

小倉また僕、すごい抽象的なこと言ってますね。

成富いやいや、それがよかったんです。小倉さんの言う“縦G”って、普段の生活ではなかなか感じられない、地球そのものに自分の身体がつながっていくような独特な感覚のことだと思うんです。ヤマハ発動機が大切にされている「人と自然の健やかな関係」というまなざしとあの言葉は、どこか深いところで響き合っているように感じました。

小倉僕らはいつもそうなんですけど、言葉を尽くして説明するより、一緒に過ごす時間とか体験の共有を何より大事にしているんです。そこでお互いのことを知り合って、どんなことができるかを探っていきたい。

そういう意味では、成富さんたちと一緒に過ごしたあの時間があったからこそ、関係性もほぐれて、いいアイディアが生まれていったんじゃないかなって思ってます。

『つくらないツクリモノ』——矛盾が示す共創の本質

これまでのお話から、対等な関係性でプロジェクトを進めることの重要性が伝わってきました。ただ、信頼関係が深まっても、プロジェクト自体の輪郭ははっきりしないまま進んでいったわけですよね。

成富正直いえば、不安は何度もありました。時間は限られてますし、デザイナーにもある程度「どんな方向性にするか」を示さないと先に進めないので。でもあるとき、ふと「これなんじゃないか?」っていうキーワードが頭に浮かだんです。それが、「つくらないツクリモノ」という言葉でした。

小倉成富さんからその言葉を聞いた瞬間、パッと目の前が開けたような、強い納得感がありました。それまで僕が抽象的に語っていた想いを、これ以上ないほどクリアに言語化してもらえた感覚で。

成富言葉としては矛盾していますが、その矛盾こそがこの空間の本質だと思ったんです。要は共創って、多様な他者が交わることで新しい価値が立ち上がるプロセスですよね。今回扱ったのは、役目を終えた素材や行き場を失った部材といった、ばらばらの「何か」たち。それらを集め、手を動かしながら、別の価値を生み出そうとしてきたわけです。

でも僕ら自身は何かをゼロから作り込むというより、素材が持つ歴史を尊重し、形を整えているに過ぎません。だから『つくらない』。けれど結果として、新たな『ツクリモノ』が生まれているというわけです。

小倉僕らの中にずっとあったモヤモヤって、「自分たちがつくるものは、最終的に必ずゴミになる」という事実だったんです。でもその言葉を聞いたとき、一度役目を終えた素材や経験が、別の形でまた価値を生み出す循環の姿が急に見えてきたような気がしました。

それに「つくらないツクリモノ」という言葉には、実はもう一つ、自分たちが大切にしてきた感覚に通じるものがあって。それが、多様性をそのまま肯定するという姿勢です。

多様性の肯定、ですか。

小倉以前、ポートランドのスターバックスを訪れた際、店内にバラバラの椅子やテーブルが置かれている様子が、妙に心地よかったんです。統一感を求めず、混ざり合っている状態そのものが空間の豊かさを生んでいた。

ヤマハ発動機も同じで、扱う乗り物もお客様も本当に多様です。だからこそ、一つの切り口で空間を固めるのではなく、あらゆる要素を包含できる場でありたい。バラバラのまま混ざり合える状態、それもまた「つくらないツクリモノ」だと思ったんです。

福田これもある意味その言葉につながるんですけど、リジェラボではあえて什器の数を絞って、空間に「余白」を残すようにしているんですよね。余白があるからこそ、素材やアイディア、そして人が自然に混ざり合い、新しい価値が立ち上がるんじゃないかと考えたからです。

最初から完成された空間も魅力的ですが、訪れた人が「自分も関われる」「まだ変えられる」と感じる余白がなくなってしまうのはもったいない。僕らが完全に作り込むのではなく、場や人の力を借りながらどんどん形が変わっていく。そういう「遊び」の余白こそが、共創を可能にする大事な要素になると思います。

成富チーム内でもよく「サグラダ・ファミリアみたいだよね」と話していました。「完成しないこと」を前提にした空間。その認識がチーム全体に共有されたことで、プロジェクトが有機的に動き始めた感覚がありましたね。

完成しない空間、面白いですね。となると、今後の展望をお聞きするのは野暮になりますか。

小倉なるようになっていくとは思いますね。ただ、僕としてはそろそろ、もう一段階進化するタイミングかなとも感じていて。少しずつ空間や展示の表情が変わっていくのも面白いですし、今後は訪れる人がもっと主体的に関われるような場所になればいいなと。

福田僕も同じ感覚ですね。すでに什器の入れ替えは検討してますし、素材のライブラリーをもっと見やすく整理したり、新しい部材を加えたりして、訪れた人が「触ってみたい」「試してみたい」と思える仕掛けを増やしていくつもりです。あとはイベントやワークショップも計画していて、訪れた人同士が自然に交流できるような場づくりも進めていきたいです。

成富今回のプロジェクトを通して改めて感じたのは、共創とは「完成形」を目指すことではなく、素材や人、アイディアが混ざり合いながら価値を立ち上げていく「プロセス」そのものだということでした。最初は輪郭も定まらず不安もありましたけど、逆にその余白や未完成さが、新しい発見や体験を生む原動力になった。

リジェラボはこれからも関わる人によって少しずつ変化し、その変化自体が価値になっていくはずです。そういう意味で、このプロジェクトは「つくらないツクリモノ」という言葉に象徴される、僕たちらしい共創の形を体現できた場だったと思います。

執筆:根岸達朗 撮影:藤原慶 編集:日向コイケ(Huuuu)

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