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【誤解】日本の山がヤバい。自然循環を取り戻すには人がつくる“道”が必要だ

NewsPicksで展開中の連載企画『地球がよろこぶ「遊び」のススメ』(全3回)の最終回。「木を伐る」体験から、人が森に介入する意義を考える取材レポート。

NewsPicksで展開中の連載企画『地球がよろこぶ「遊び」のススメ』(全3回)の最終回。「木を伐る」体験から、人が森に介入する意義を考える取材レポート。

2026年3月13日

  • RePLAY STUDY
  • #リジェネラティブ
  • #放置林問題
  • #6次産業
  • #森

「手つかずの自然こそ、もっとも豊かな自然」

「木を伐ることは、自然を壊すこと」

「人が関わらなければ、自然は再生する」

──こうした一見すると正しそうな”誤解”に後押しされて、いま日本の山々は衰退の一途を辿っている。

日本は国土面積のうち約2/3(約2,500万ha)を山林が占めるが、そのうち1,000万haは人の手によって植樹・伐採される「人工林」だ。林業が主たるエネルギー産業としての役割を終えて以降、この膨大な面積の山林を管理する人口は減り続け、いまや「放置林問題」が全国的に深刻化している。

放置された山林では、過密状態になった樹木による生態系の悪化や、保水力低下および地盤弱体化による災害リスクの増加、生産性を失った山林の所有者における管理負担の悪化など、「生物多様性」「持続可能性」といった今風なキーワードの真逆を行くさまざまな問題が生じる。

山から経済性がなくなれば、介入する人間はいなくなり、山はさらに荒廃していく──自然資本に対するあらゆるスローガンは、絵に描いた餅となる。

これは中山間地域に暮らす人々にとってはリアルだが、一方で、都市部で働くビジネスパーソンにとって、この問題を”我がこと”として実感するのは難しいだろう。

そこで連載第三回となる本記事では、山を切り拓く破壊と再生の現場に入り、実際に「木を伐る」体験を通じて、人が自然に介入する意義を考察した取材レポートをお届けする。

木は、想像以上に重い

樹木は乾燥した冬に伐るという。好天に恵まれた、12月の北軽井沢だ。

長野県と群馬県の境にある、標高2,568メートルの活火山・浅間山。その東に、駒髪山・氷妻山・鼻曲山の3つの山を総称した二度上山(にどあげやま)というエリアがある。

その中腹で、チェンソーの咆哮がこだましている。

慣れない手つきでチェンソーを握るのは、東京で生まれ東京で働く、野山とはまるで縁のない本記事の編集者だ。

高さ約20m、重さは2tを超えるであろう広葉樹は遠目ではヒョロリと見えるが、伐るつもりで根本から見上げれば、「巨木」と言っても過言ではないほどの畏怖を感じさせる。

その硬い表皮は、簡単には刃を通さない。テコの原理でチェンソーを食い込ませ、ようやく受け口を彫る。仕上げに逆側から切り込みを入れる。

しばらくすると幹がゆっくりと傾き、メキメキと空気を引き裂くような音が響く。ズドーン! という地響きが足の裏から突き抜け、山道をまたぐようにして、樹齢60年を経たミズナラが地面に横たわった。

近寄って、丸太に手をかけると冷たい。そして、動かない。数人がかりで押してもビクともしない。冬であっても、水分をたっぷりと含んだ木は重厚そのものであり、周囲にはむせ返るような、生臭いほどの森の匂いが充満している。

オフィスで自然資本について資料を眺めるとき、木はただの数字であり、記号だ。しかし、目の前で伐採された木は、手に負えないほどの重さを持ち、指先を濡らし、圧倒的な存在感でそこに在った。

「地面が揺れたでしょう。木は、生きていたんです。その命をいただく責任が、この質量に詰まっている」

そう語るのは、二度上山の保有者であり、その半径35km圏内で一次・二次・三次産業を多面的に展開する「地域未来創造事業体」こと、有限会社きたもっく代表の福嶋誠氏だ。

「この重みを、私たちは毎日、全身で受け止めている。ただ伐るのではなく、この命を、どうやって次の価値へ繋ぐか。その出口が見つからなければ、この木を伐った意味はなくなってしまいます」(福嶋氏)

福嶋誠

適切に木を伐り、光を入れ、循環を促す。能動的な破壊こそが、森が本来持っている生命力を引き出し、次世代の森を育む唯一の手段なのだという。

きたもっくで薪の製造販売などを手掛ける地域資源活用事業部のウェブサイト「あさまのぶんぶん」には、こんな言葉が掲げられている。

「山からはじまる産業革命」

この泥臭く、ときに危険な命のやり取りが行われる伐採の現場が、なぜ産業革命につながるのだろうか。

美しい森は、人の手によって作られる

「日本の山林は今、放置されることで死に体になっています。特に広葉樹の森は、適切な間伐や更新が行われないと、光が入らず、多様性が失われてしまう。しかし、人間が入れる森はどんどん減っていっている」(福嶋氏)

福嶋氏は、浅間山を背にこう語る。

かつて、山は資材の宝庫だった。燃料としての木はもちろん、建築材、山菜、キノコ。人々は山に入り、木を伐り、下草を刈ることで、結果として豊かな生態系が維持されていた。 だが石油革命以降、人間は山との接点を失い、森は放置された藪へと姿を変えた。

きたもっくの事業戦略室・室長を務める、土屋慶一郎氏はこう語る。

土屋慶一郎

「人間が介入をやめた結果、日本の森は荒廃しました。リジェネラティブ(再生)を実現するためには、『あるがままの自然』を尊ぶのではなく、人間が再び森に介入し、あらゆる観点から新たな付加価値を創ることが不可欠です。

その点、もともと林業事業者ではなく、キャンプ場という3次産業を土台に持っている我々は、山の価値に”多様な出口を創る”という点において特色がありました」(土屋氏)

きたもっくは創業以来、山から付加価値を生み出し続けることで事業を推進してきた。

1994年に「北軽井沢スウィートグラス」を立ち上げ、20年以上かけて年間10万人が来場する全国有数の人気キャンプ場に成長させたのち、2019年からは二度上山エリアの山林240haを取得。本格的に事業拡大をスタートさせた。

現在は百数十名のスタッフが働き、法人向け宿泊施設・飲食・サービス業、養蜂業、林業、薪製造業、薪ストーブ施工販売業など、多面的なビジネスを創出している。

2021年に竣工した「あさまのぶんぶんファクトリー」では、山林の伐採材や地域の残材を運び込み、薪や建材、家具材に加工される。自社開発した薪ボイラーを活用した薪乾燥室も完備しており、一般的には2シーズンの乾燥期間を要するなか、3ヶ月の予備乾燥と2日の強制乾燥によって薪の含水率20%以下を達成している(薪ストーブ用の薪の含水率は20%以下が良いとされている)
さまざまな花の開花時期に合わせて、群馬県内の標高差がある豊かな十数カ所の圃場を、蜜蜂の巣箱と共に旅して蜂蜜を採集する転地養蜂の「百∞蜜(ももみつ)。たとえ、同じ場所、同じ名前の蜂蜜であっても、時が変われば味が変化する。

きたもっくが保有している山林は、二度上の森、ルオムの森、そしておしぎっぱの森の3つだ。すべて広葉樹の森である。

針葉樹林とは異なり、広葉樹林は落葉などによる土壌の豊かさ、多様な樹種などから、昆虫、鳥類、哺乳類などの多様な生物の生育環境を提供する。

その豊かな生物多様性を育む生態系を持った森に介入し、その循環を促進することによって、全体を循環型事業モデルとして成立させているのだ。

きたもっくのこれまで

単なるキャンプ場の運営にとどまらず、森の価値を次々と事業化することで、「人間が関わるほどに森が豊かになり、経済も回る」というリジェネラティブな循環を形にしている。

「森の資源を、単なる材木としてではなく、生命の循環として使い切るんです」(福嶋氏)

この「使い切る」という姿勢こそが、森を経済的に自立させ、維持管理を継続可能にしている。

この考え方を下支えするのが、きたもっくが提唱する「ルオム(LUOMU)」という概念だ。フィンランド語で「自然に従う生き方」を意味するこの言葉は、単なる自然保護ではない。

「人間も自然の一部である。ならば、人間が自然に介入し、その資源を使い切ることもまた、自然な循環の一部であるべきです。

私が目指しているのは『美しい森』を作ること。それは、生物多様性に富み、かつ人間が心地よいと感じる、手入れの行き届いた森なんです」(福嶋氏)

きたもっくの「合言葉」Luomu[ルオム]フィンランド語で「自然に従う生き方」を意味する

700年、100年、1年のサイクルを回す

人間も自然の一部。そして、美しい森を作る。そうした思いを持つようになった背景には、眼前にそびえる浅間山の存在があるという。

福嶋氏が描く事業ビジョンには、常に3つの時間軸が意識されている。

第1の軸は「700年単位の火山サイクル」だ。北軽井沢の土台となる浅間山は、歴史的に数百年から千年に一度の頻度で大噴火を起こし、付近の地表すべてを溶岩と灰で埋め尽くしてきた。

「次は2400年ごろかもしれないし、もっと近く、明日かもしれない。私たちは中山間地域の住人として、その圧倒的な自然のサイクルのなかで生かされている。この感覚を忘れたことはありません」(福嶋氏)

火山は、すべてをゼロにするパワーを持つが、同時に豊富な栄養を大地に与え、再生する。この時間軸においては、人間の営みなど刹那に過ぎないという意識が常にあるという。

第2の軸は「100年単位の森のサイクル」だ。広葉樹の寿命がおよそ100年。一粒の種が芽吹き、大木へと育ち、やがて命を終えて次の世代へと交代する。

「私たちが二度上山で伐る木は、100年前の誰かが残したものであり、今日植える木は、100年後の誰かのためのもの。100年の循環を踏まえて植樹・伐採を計画的に行うことが、事業の持続性に直結するのです」(福嶋氏)

そして第3の軸が、一般的なビジネスの会計基準と一致する「1年単位の事業サイクル」だ。山林の時間軸が100年〜といっても、短期的な事業性がなければ、人が山に関わり続けることができなくなる。

「例えば養蜂業は、その課題意識から生まれました。蜂は季節に合わせて山中を移動し、短いサイクルで蜜を作る。標高によって咲く花が違えば蜜の味も異なる。最近では生産量もかなり増え、蜂蜜酒の製造も手掛けるようになっています。

この700年・100年・1年という時間軸を捉えて、循環サイクルに矛盾しない事業を作ることができれば、それは必ずビジネスとして成功する、という確信を持っています」(福嶋氏)

ツリーハウスビルダー「Forest Works」との協業で作られた、高さ15mを超えるツリーハウス「ノッポ」。きたもっくの地域資源活用のノウハウを融合させ、地域に根ざしたツリーハウスとなっている。

そして現在、福嶋氏が挑戦しようとしているのが、木材を「木質エネルギー(木質バイオマス)」として使い切る取り組みだ。

薪はエネルギーとしての用途が限られるうえ、固体燃料ゆえに搬送効率も低い。

しかし、木を単に建築材や薪として利用するだけでなく、土づくり(堆肥づくり)やキノコの菌床、乳牛の敷料などへと活用の幅を広げることで、その間口は一気に拡大し、結果として放置林問題も一歩解決に向けて前進できる。

つまり「負」のアセットが、地域を動かす「資源」へと化けるのだ。

「エネルギーを消費するだけの経済ではなく、新産業にも挑戦したい。これが成功すれば、浅間山付近のみならず、全国にある放置林問題を解決する一助になるかもしれません」(福嶋氏)

だが、これらすべての循環を機能させるためには、決定的に足りないものがある。森がどれほど豊かであっても、人間がそこにアクセスできなければ、その価値はゼロに等しいからだ。

すべては「道」から始まる

「道がなければ、森はただの『藪』でしかありません。人が入れず、管理もできない。道を拓くことこそが、森と人間の関わり代を作る最初のアクションです」(土屋氏)

いくら山の資源を使い切ろうとしても、物理的な道がなければアクセスできない。道は、森という生命体にとっての「血管」であり、人間にとっての「窓」ともいえる。

かつて放置林だった二度上山において、ゼロから膨大な距離の山道を切り拓いてきた人物が、きたもっくの林業現場を統括するアーボリスト(樹木管理の専門家)の山崎裕哉氏だ。

山崎裕哉

元競輪選手という異色の経歴を持つ山崎氏は、トレーニングで二度上山を駆け抜けていたとき、足元にある山の生態系に魅了され、プロアスリートの肩書を捨て、北軽井沢の森へと身を投じた。

「森に新しい道を拓くと、そこに光が差し込んで、眠っていた球根が芽吹き、多様な植物が顔を出すんです。道ができることで、森は呼吸を始めるんですよ」(山崎氏)

山崎氏の道づくりに同行させてもらった。驚いたのは、彼が木だけでなく「空」と「足元」を同時に見ていることだ。

「この枝を切れば、10年後にはあっちの枝が伸びて、あそこの地面に光が落ちる。そうすれば、そこの植物が育って、道が崩れにくくなる」(山崎氏)

山崎さんが、今回伐採する予定の場所をNewsPicks編集者に案内してくれた。二度上峠は冬にもかかわらず、空が抜けて、明るい森林が広がっているのが特徴

彼が造る道は、単なる重機の通過路ではない。地形を読み、水の流れを予測し、森の生態系を活性化させるための道だ。

それを見て、福嶋氏が「美しい森でしょう」と語る。鬱蒼とした森ではなく、適度に日の光が差し込み、落葉したミズナラの枝葉が絨毯となり、歩みを進めると静寂の世界に、リズムのよい音が響く。とても気持ちいい。

そして、山崎氏が切り拓いた道の先で、冒頭の伐採を行ったわけだが、ここで森の奥深くにある「資源」が、初めて「付加価値」へと変わることが体感できた。

山崎さんが切り拓いた二度上峠の作業道のマップ。赤のラインがその道に該当する。

「地球がよろこぶ遊び」としてのマウンテンバイク

現在、この「道」という資源を活かして、都市住民を森へと誘い出し、循環の一部へと組み込む「遊び」を実装しようとしているのがヤマハ発動機だ。

同社の電動アシストマウンテンバイクを持ち込み、きたもっくの保有する山林にコースを仕立てて、山の魅力をダイレクトに体験してもらうことを狙った共同事業を進めているという。

ヤマハ発動機の石田翔平氏は、きたもっくとの協業の意義をこう語る。

石田翔平

「ヤマハ発動機はこれまで自然と共に遊ぶ乗り物とフィールドを広げてきましたが、今求められているのは『非財務価値』と『財務価値』の両立です。

単にコースを作って遊ぶだけでなく、その遊びが森の回復(リジェネラティブ)にどう貢献できるか。きたもっくの創る『循環』の中に、電動アシストマウンテンバイクというツールを組み込むことで、新しい森の捉え方を提案したいと思います」(石田氏)

なぜ、マウンテンバイクなのか。それは、この乗り物が「道」と最も親和性が高いからだ。

車では入れないほど細く、歩くには遠すぎる。そんな山崎氏の切り拓いた「美しい道」を、電動アシストの力で軽やかに、しかし自らの肉体を使って駆け抜ける。

「マウンテンバイクで森を走ることは、自然に思いを馳せる機会を圧倒的に増やします。単なる移動手段ではなく、五感で森の多様性を感じ取るデバイスになるはず」と、協業プロジェクトを推進する土屋氏は語る。

きたもっくが所有する広大な山林を舞台に、まずは初心者が森に親しめるコースを整備する。さらにその先には、かつて炭焼き職人が使っていた「古道」を、電動アシストマウンテンバイクで巡るツアーも構想されている。

道を作る、あるいは維持するプロセスそのものを、遊びや学びに変えていく。道づくりに参加し、自然や森の重厚さを全身で感じた人だからこそ、その道を走る体験がより特別なものになるのだ。

命の重みを、価値に変える

ここで再び冒頭の伐採シーンに戻る。伐り倒されたばかりの丸太を触ると、やはり、それは重かった。

だが、その重みに対する感情は、二度上山に来る前とは明らかに変わっている。

ミズナラのような広葉樹は、チェンソーの刃が通り過ぎても、横方向の繊維が網の目のように絡み合い、完全に断ち切れずに「ヒゲ」のように残ったり、最後の一皮が強力に繋がったままになったりすることがあるという。

この重厚な命を、どうやって次の「美しさ」へと昇華させるか。その重みこそが、私たちが自然に対して負っている責任そのものともいえる。

美しいと思う山、森、道がある。それは、誰かが命の重みに向き合い、道を拓き、知恵を絞って価値を創り続けてきた結果だ。リジェネラティブ(再生)とは、決して過去の自然に戻ることではない。

それは、命の重みを引き受け、喜びという価値に変えていく、新たな循環を創出することにほかならない。



企画:横山瑠美/撮影:岡村大輔/デザイン:月森恭助/編集:呉琢磨


NewsPicks Brand Designにて取材・掲載されたものを当社で許諾を得て公開しております。
2026-03-02 NewsPicks Brand Design

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