地図が変われば、世界の見方が変わる。YAMAP春山慶彦が「流域地図」に込めた思い
つながりが見えづらくなった時代に、暮らしと自然をどう結び直すか。YAMAP代表・春山慶彦さんが語る、水の流れから生を捉え直す「流域」という視点。
つながりが見えづらくなった時代に、暮らしと自然をどう結び直すか。YAMAP代表・春山慶彦さんが語る、水の流れから生を捉え直す「流域」という視点。
森、里、海。それらが連なり、一続きになったエリアを「流域」と呼びます。この広大なフィールドで人々の移動や生活を支えてきたヤマハ発動機は、まさにそのつながりを担う存在に他なりません。本連載では、「流域」という視点を通して、よく生きるとは何か、その原点を探っていきます。
人はこれまで、道をつくり、乗り物を発明し、文明を築いてきました。移動の自由度が増すほど、行動範囲は広がり、世界はより大きく広がっていった。しかしその便利さが当たり前になるにつれ、自分の足元にある土地や水の流れとの関係は、少しずつ意識の外へと追いやられていったのかもしれません。
福岡に拠点を置き、国内最大級の登山地図アプリを展開する「YAMAP(ヤマップ)」。同社が2024年に公開した「流域地図」は、そうして見えにくくなった土地と水とのつながりを再発見するための、確かな視点を与えてくれます。
この地図の特徴は、都道府県や市区町村といった人間がつくった土地区分ではなく、「流域」という水の流れで地域を捉え直した点にあります。山・川・街・海のつながりを直感的にわかる形で可視化したデザインは高く評価され、2024年度グッドデザイン賞・金賞を受賞。現在は防災や教育、環境保全など多方面から注目を集めています。
しかし、同社代表の春山慶彦さんは「この地図が問いかけているのは、防災という側面だけではない」と語ります。自分たちの暮らしが、どのような水の流れの中で、成り立っているのかを知ること。それは、日々の判断や行動のよりどころを、私たちの暮らしを支える自然へ引き戻していくことに他なりません。
そうして自らの輪郭を引き直したとき、そこにはどのような景色の広がりが見えてくるのでしょうか。春山さんのこれまでの歩みをたどりながら、その問いの先を探っていきます。
地図が変われば、世界の見方が変わる
地図は、人間の「世界観」を映し出す象徴でもあります。1000年前の地図にも、500年前の地図にも、その時代を生きた人々が世界をどう認識していたのかが刻まれている。であるならば、地図が変われば、世界の見方を変えることができるのではないか。そう信じて「地図」というメディアにこだわり続けてきました。
登山アプリとしてのYAMAPが「山の中で自分が今どこにいるか」を把握するための地図だとしたら、流域地図は「自分がどのような水とつながり、暮らしているのか」を再認識するための地図。そのように位置づけています。
少し遠回りになりますが、前提からお話しさせてください。現代社会は、行政区分や国境といった「人が引いた線」を前提にしています。経済もインフラも、その線の中でいかに効率よく運用するかを追求して最適化されてきました。
ただ、実際の自然に目を向けると、そんな線はどこにも引かれていません。水も空気も、生態系も、すべてがつながり、循環している。にも関わらず、私たちは自然や地形を切り分けて扱ってきた。この「人が引いた線」と「自然の循環」との間に生じたズレが、環境問題や災害リスクを深刻化させてきた根本ではないか。僕はそう考えています。
例えば、豪雨による水害が起きたとき、私たちは「自分が暮らす自治体」単位の対策ばかりを気にしがちです。けれど水は、行政が引いた境界などお構いなしに、上流から下流へと流れていきます。
もし上流の山林が荒れて保水力を失えば、その影響は下流の町にまで及びます。それなのに、流域一体での水の流れを考慮せず、各自治体がバラバラに治水対策を講じていては、本当の意味での防災にはならない。こうしたズレは、あちこちに点在します。
僕ら人類はここ数年、コロナや戦争によるエネルギー価格の高騰を経験し、グローバル経済がいかに脆い基盤の上に成り立っているかを思い知らされました。前提や仕組みが揺らいでしまい、当たり前と思っていたことが当たり前ではなくなる、という経験でもありました。
だからこそ「流域」という水の流れで暮らしている場を捉え直し、食やエネルギー、教育、医療、治水、防災といった生活に欠かせないものを、地域単位でつくり直していく。そんな時代に入っているのだと感じています。
分断された地域を、流域という“流れ”でつなぐ
福岡に拠点を置き、九州という島の北側で事業を展開する中で、「地域」とは何か、その範囲をどのように定義すればいいのか、ずっと考え続けていたんです。
地域は自分たちのホームであり、暮らしの土台でもある。けれど、地域活動に真摯に取り組んでいる方たちに「地域って何ですか」「地域はどの範囲を指すんですか」と聞いても、返ってくる答えはみんなバラバラでした。
数十年に一度と言われるレベルの水害が毎年のように起こる中で、防災を考えようにも、自分たちの生命圏である「地域」の定義や範囲が揃わない。こんなにも人によって異なるのであれば、治水や防災に対する考え方を合わせるのは相当に難しいなと直感しました。
そんなときに出会ったのが、慶應義塾大学名誉教授の岸由二さんと養老孟司さんの共著『環境を知るとはどういうことか 流域思考のすすめ』でした。そこで綴られていた「地域を流域で捉え直す視点」に触れたとき、まさに霧が晴れるような衝撃を受けたんです。
地域の範囲は水の流れで整理できる。言われてみれば当たり前のことなんですが、自分がずっと悩んでいた地域のとらえ方に関して、明快な答えを与えてもらった感覚がありました。
啓蒙というより、「存在しなかったからつくった」と言う方が正確かもしれません。というのも、岸さんが本の中で、「流域を視覚的に把握できるGoogle Mapsのようなものがあればいいのに」と書かれていたんです。
この本は2009年に出版されているのですが、僕が本を読んだ2021年時点で、岸先生がおっしゃるような「流域地図」をまだ誰もつくっていなかった。誰もやってない、誰もやらないんだったら、岸先生に相談し、自分たちでつくってみようと考えたのが始まりです。
そもそも僕らヤマップには、流域地図をつくる理由が揃っていたんです。まず一つは、技術的な基盤がすでにあったこと。『YAMAP』は登山地図アプリとして、GPSを使った位置情報や地形データの扱いには強みがある。流域を可視化することは難しいチャレンジでしたが、僕らがこれまで取り組んできた事業の延長線上にあるとも言えました。
もう一つは、僕ら自身が普段から山に親しんでいるため、流域の観点で山や自然を捉える素地がすでにあったことです。登山はまさに、水の流れの源流である山を歩く体験でもありますから。山に登り、尾根を歩き、谷を見下ろす中で、「この水はどこに流れていくんだろう」と自ずと考える。山の頂上から町を見渡した経験があるチームだからこそ、流域という考え方をちゃんと形にできるんじゃないかと思ったんです。
自然体験がその人の母地図をつくる
20代の頃に経験したアラスカでの生活が大きいです。日本の大学を卒業したあと、写真家の星野道夫さんに憧れて現地へ渡り、夏の間、現地の村でイヌイットの方々のお世話になりながら、クジラ猟やアザラシ猟を経験させてもらいました。
そこで出会った人たちは、厳しい自然環境の中でも風土と溶け合いながら、たくましく生きている。どの季節にどんな動物がどこに現れるのか。彼ら彼女らの生活に触れ、僕も生まれ育った土地をもっと知り、風土に根差して生きる人間になりたい——そう思いました。
流氷の上にいるアザラシを探す(本人提供)
岸さんが提唱されている概念に「母地図(ぼちず)」というものがあります。これは、幼少期に身近な山や川を歩き、遊ぶことで、その土地の広がりや特性がまるで「母語」のように身体に刻まれた状態のことを指します。アラスカで出会ったネイティブの人たちが持っていたのは、まさにこの「母地図」の感覚でした。これこそが、現代の文明社会を生きる僕たちが失ってしまったものだと思うんです。
「都市」という環境に原因があると思っています。川は暗渠に押し込められ、地形は平らにならされ、水がどこから来てどこへ流れていくのかを目にしたり、意識する機会が、日常からほとんど消えてしまった。
蛇口をひねれば水が出て、スーパーに行けば食べ物が手に入る。そんな便利さと引き換えに、自分たちの暮らしを支える水の流れが見えにくくなってしまった。地図にたとえるなら、自分の現在地を示す「座標」を失ってしまったとでも言いましょうか。
自分たちの暮らしと水とのつながりを実感していなければ、気候変動によって水害や渇水が起きても、対策は他人任せ、行政任せになってしまう。食料やエネルギーの供給が不安定になっても、それらがどこから来ているのかを知らなければ、何が脅かされているのかも実感できない。見えないから備えられず、ただ不安だけが膨らんでいく。その悪循環に陥っているのが、今の僕たちなのかもしれません。
その第一歩として、ぜひ「流域地図」を役立ててほしいですね。まずは自分の住んでいる場所を流域地図で確認してみてください。それだけでも地域の捉え方がずいぶん違って見えるはずです。
さらにおすすめしたいのが、その流域圏を実際に自分の足で歩いてみること。家から近い川まで出かけ、少し上流に向かってみたり、海までの道筋を想像しながら下ってみたり。地図で見たつながりを、自分の身体でなぞっていくような感覚です。
特別なことをする必要はありません。日常の中でほんの少し視点を変えるだけでいい。そうやって小さな体験を重ねていくことで、「知識」としての地図が、少しずつ身体に刻まれた地図へと変わっていきます。
そして何より、その体験を楽しむことも大切ですね。「なんでこの川はこういう名前なんだろう」「この町はどうしてここにできたんだろう」。そんな好奇心が芋づる式につながっていった先に、一人ひとりの生きる土台となる「母地図」がつくられていくんだと思います。
「いのちのにぎわいの場をつくる」
流域地図を手がけたことで、僕らが提供すべき価値は「現在地を知ること」から「現在地がどのような循環の中にあり、どこへつながっているのかを知ること」へと広がりました。これは、山を歩くための道具をつくる会社から、人と風土のつながりを取り戻す会社への進化とも言えます。
「人と風土のつながりを取り戻す」とは、頭で理解することではなく、身体で感じることです。風景が荒れることを、自分自身の痛みとして受け止める。そうやって、命の感覚や範囲を、個に限定せず、場や風景にまで広げていくこと。人の幸福と風土の豊かさをつなげること。それが、これからのヤマップの使命だと思っています。
僕たちヤマップが拠点を置く九州という島の唯一無二性と、原爆や水俣病といった苦難と哀しみが折り重なった複雑な感覚です。とりわけ水俣が歩んできた道のりには、全人類が学び、くみ取り、向き合うべきものがあります。
流域地図を開けば、山から海まで水は一続きに描かれます。流域において、上流と下流は切り離せません。山や街で起きたことは、必ず下流の海に影響を及ぼし、海で起きたことは、藻や魚などのいのちを通して、私たち人間に還ってくる。水俣で起きたことは、ある意味で、流域圏の循環を象徴する出来事でもあったと思います。
水俣病の当事者でもある緒方正人さんは、著書『チッソは私であった』の中で、「自分は被害者であると同時に、その社会を構成してきた一人でもある」という旨を綴っておられます。加害と被害の二項対立ではなく、自分も社会の一員であり当事者でもあったとして、引き受ける。その思想は、生類としての人類が辿り着いた極点の哲学だと僕は思います。
もちろん、緒方さんが経験した苦しみや葛藤は、ご本人にしか分かり得ないものです。部外者の僕が軽々しく語れることなど何一つありません。それでも、緒方さんが水俣で、「もう一度、人間を含めた命のにぎわいをつくりたい」という旨のお話しをされていることに、僕は希望を見ます。
九州という島を拠点とするアウトドア企業として、ヤマップなりの「人間を含めたいのちのにぎわいの場」を、本気でつくりたい。場づくりを通して流域全体を豊かにしていくことは、この島とのつながりを踏まえると必然でもありますし、僕たちなりに過去と向き合い、未来に残す一つのメッセージでもあります。
僕の目に映っているのは、この九州という島が持つ自然の素晴らしさと、幾重に積み重ねられてきた歴史、そして今を懸命に生きる人たちの姿です。その歩みを継承しながら、事業を通じてこの土地を豊かにし、次世代へと手渡していきたい。
ヤマップは「地球とつながるよろこび。」を企業理念に掲げています。それは単に自然と触れ合うことの楽しさだけを指す言葉ではありません。人類が積み重ねてきた歴史の流れの中に、自分たちもまた連なっている奇跡——そんな感覚まで含んでいます。そのすべてを引き受けたうえで、肯定できる今と未来を、この島からつくっていきたいです。
取材:岡野春樹(Deep Japan Lab) 執筆:根岸達朗 編集/撮影:吉山日向
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