Moto Life 「ランドル先生の暮らし。」
山と共にある豊かな暮らし――カナダからやってきたランドル先生が日本人に教えてくれたこと。
北安曇郡池田町は長野県の北西部に位置する小さな町だ。
古くは、「塩の道」※1として知られる千国(ちくに)街道の宿場として栄えた。
この地で英語の教師をしているランドル・ミドルブルック先生のもとを訪ねたのは5月下旬のこと。
マウンテンバイク(以下MTB)とオートバイを駆り、日本人以上に日本の豊かな自然を満喫している外国人の先生がいるという話だった。
この時期、安曇野と呼ばれる一帯の風景は、田植えを終えた水田と北アルプスのコントラストがとても美しい。
※1 塩や海産物を海から内陸へと運ぶのに使われた道のこと。
ランドル先生が故郷のカナダから池田町にやってきたのは2004年のことだ。
「ワタシはカナダでも社会と体育の教師をしていましたが、社会科の授業で日本の歴史を教えたことがきっかけで日本に興味を持ったんです。『ワタシを日本に行かせてくれたらもっと素晴らしい先生になるよ!』って校長先生を説得して来日しました(笑)」
最初の赴任地は山口県だったが、山で遊ぶことが大好きなランドル先生は後に長野県へ赴任。運命の場所、池田町と出会う。当初は結婚してカナダに帰国するつもりだったのに、すっかり気に入って定住を決意した。
「カナダにも素晴らしい山があるけれど、町からはすごく離れているんですね。山で遊ぼうと思ったら車で何百kmも走らなければならない。でも池田町は家を出ればすぐに山へアクセスできる。生活と山が密着していて素晴らしいです。山遊びが好きなカナダの人々は皆こういう場所で暮らしたいと思ってるんです」
登山やロッククライミング、スキー、カヤック―――
ランドル先生は自然と戯れるアクティビティは何でもこなす。以前にはアルペンスキーの競技や、ネパールで標高6000m以上の山にも登ったりもしたことがあるというが、現在はもっぱらMTBに傾倒している。
「MTBは老若男女問わず、誰でも生涯を通じて楽しめるスポーツ。そしてここには宝物のようなネイチャーが沢山あるからね」
池田町はMTBで遊ぶのに絶好のフィールドだったが、ランドル先生がやってきたときには誰もそのことに気が付いていなかった。そこでランドル先生は森の中にMTBで走るためのルートを作ることにした。チェーンソーを持ってオートバイにまたがり、使われなくなった旧い山道を再整備するのだ。
「トレイルにアクセスするときは車よりもモーターバイクの方がより近くまでいけて便利だね。カナダでは大きなロードスポーツに乗っていたけど、いまは250㏄のスクランブラ―が愛車。たまに息子とタンデムすることもあるよ」
横たわる倒木を寸断して取り除き、草や葉を刈り、土を整える。
初めての経験だったが、そのうち町の役場や観光協会もバックアップしてくれるようになった。そして一緒に作業を手伝ってくれる地元の人々も現れた。トレイルの噂を聞き付け、東京などに住むMTB好きも走りにくるようになったからだ。
トレイルを作り始めてから約14年後の現在、コースの全長は32kmにもなった。要所にはルートを示す看板が設置され、地元以外の人でも道に迷うことなく楽しめる。ルールとマナーを守れば誰でもウェルカムと、ランドル先生は大らかだ。
「白馬と違ってここは冬でもほとんど雪が積もらない。だから1年中MTBを楽しむことができる。トレイルを作ったのはもっとMTBをフィーチャーして欲しかったから。だからお金は一切とらない。ワタシも走って楽しんでるしね(笑)」
昨年からは勤務している中学校でMTBのクラブ活動も始めた。週に2回、高瀬川の河川敷にあるパンプトラック※2で6名の部員に基本テクニックをレクチャーしている。このパンプトラックもランドル先生が仲間と共に作ったものだという。
※2 ペダルを漕がずに身体の荷重移動だけで走ることのできるトラックのこと。
「日本の部活動のシステムはひとつの競技に特化しすぎていると思います。毎日同じ競技を3年間やるけれど、卒業したらほとんどの子がやめてしまう。MTBはただ走るだけのスポーツじゃない。一緒に自然観察をしたり、キャンプをしたり、トレッキングをしたりと広がりがある。子ども達にはMTBを通じて自分が暮らしている池田の素晴らしさをぜひ知ってもらいたい」
週2回しかクラブ活動を行わないのは子ども達に自発的に動くようになってもらいたいというランドル先生の考えによるものだ。実際、クラブの子ども達は活動のない日でもよく集まって練習しているという。
県道を外れ、未舗装の小径を少しばかり登った先にランドル先生の家はあった。自らが開拓したトレイルのちょうど出口にあたる場所だという。
日当たりの良い傾斜地にネイビーの家屋。二階からは富士山型をした有明山をはじめ、燕岳や大天井岳など、北アルプスの峰々が一望できる。敷地内には薪小屋や花壇、オートバイを収納するガレージもある。一番眺望の良いBBQ小屋の梁にはロープが結び付けてあり、長男の禮太(らいた)くんがそこにぶら下がりながら「こんにちは!」と元気よく挨拶してくれた。
都会暮らしの長い人なら羨まずにはいられないスローライフだが、ここはもともと水道も電気も通っていない、雑草が生い茂る土地だった。立派な自宅はセルフビルドしたものだという。
「大工さんに教えてもらったり、インターネットを参考にしながら、自分たちでできることは何でもやった。重機で土地を整地するところからね。天井に石膏ボードを貼ったり、壁に断熱材を入れて漆喰を塗ったり。水は井戸水。電線は山がキレイに見えるよう地中に埋めてある。妻のみどりやMTB仲間に手伝ってもらいながら完成まで2年ぐらいかかった。大変だったけど楽しかったですね」
ランドル先生はすべてが完璧にできないからと言って躊躇したりはしない。たとえ完璧でなくても、とりあえずやってみる。すると、そんなランドル先生の熱意に賛同する仲間が集まって大きな成果へとつながっていく。
「ここでの生活はとてもシンプル。何もしない時間が沢山あるから、やったことがないことにチャレンジしようと思うし、新しいアイデアだって生まれる。日本人は悪いことだと思ってるみたいだけど、『ヒマ』というのはとても大切なことだと思う」
思わずドキリとしてしまうような言葉だ。
最後にセロー250に乗っていただく。
ランドル先生は近所の未舗装路をしばらく走り回った後、少し興奮気味に戻ってきた。
「ワタシのスクランブラーに比べると軽くてパワフル。サスペンションストロークもあるからダートを自由自在に走り回れる。これがあったらトレイルのメンテナンスが楽しくなるよ。いいなあ、欲しいなあ」
少年のように目をキラキラさせる46歳のランドル先生。
豊かな人生を送る大人にこそ、セロー250は相応しい。