Moto Life 「お父さんのYA-1」
人生の最後までバイクと向き合った父が遺したもの。ある親子とヤマハ・モーターサイクルのストーリー。
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北海道の北斗市に住む冨田佐都栄(とみた・さとえ)さんから55mph編集部に連絡があったのは今年の4月。「3年前に他界した父のバイクを見に来られませんか」ということだった。遠方からわざわざご連絡くださるぐらいだから、そこにあるのが並のバイクではないことは容易に想像できた。我々はすぐに北海道へと向かった。
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函館市から北へ向かう国道を外れ、細い農道を5分ほど進んだ先に小さな倉庫が見えてきた。周囲に人気はなく、まだ作物の植えられていない畑が広がるばかりだ。鳥のさえずりがとてもよく聞こえる。
案内してくれた佐都栄さんが倉庫の扉を開けると思わず目を見張った。
そこには日本のバイク黎明期ともいえる50年代、そして60年代のマシンが何台も保管されていた。なかには時代の潮流に押し流されるように短期間で消滅してしまったメーカーのものもある。佐都栄さんはその中でもひときわスリムな茜色のマシンにそっと手を置いた。
「私はバイクのことはまったく分からないのですが、このYA-1はいつ見ても美しいと思うんです。父もこの子を一番可愛がっていました
その“赤とんぼ”はうっすらと埃をかぶっていたものの、全体的に見ればおよそ60年前のバイクとはとても思えない見事なコンディションだった。佐都栄さんの父、栄二さんがいちから再生したものだという。バイクに対しての並々ならぬ情熱と愛情がひと目で見て取れた。
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YA-1の主、冨田栄二さんは昭和9年に北海道は中富良野の農家に生まれた。8人兄弟の次男。幼いころから自動車、そしてバイクが好きだったという。
「走る車を見つけては他の子どもたちと一緒になって夢中で追いかけたと言っていました。当時の自動車やバイクはあまりスピードが出ず、道路も未舗装だったため、短い距離なら子どもの脚力でも追いかけることができたようですね」
嗅ぎ慣れぬガソリンの匂いを振り撒いて移動する鉄の塊。移動手段としてまだ馬が用いられていた農村の子どもたちにとって、バイクはまるで異世界からやってきたUFOのような存在だったのかもしれない。そして20歳を過ぎると、栄二さんは自動車整備専門学校に通うために上京する。
「次男だったので実家の畑を継ぐことはできませんでしたからね。大好きな自動車の整備士への道を歩むのはごく自然な流れだったのだと思います。当時は全国的に自動車整備士が不足していたため、わずか半年間で養成され、卒業後は全国どこでも希望した土地で就職することができたそうです」
卒業後は函館市の自動車ディーラーに整備士として就職。だがプライベートでは自動車以上に旧いバイクを愛好したという。娘の佐都栄さんが成長し、社会人として家を出てからは自身でレストア作業も行うようになった。
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「自宅の一画を二階建ての車庫にして、そこをレストアの“工場”として使っていました。壁一面の工具、沢山の部品や資材、それと油のにおいで、昔の自転車屋さんのような雰囲気でしたけれど」
旋盤などの工作機械も揃え、入手できないパーツは自身で製作した。最初のフルレストアは40代になってから。ハンドシフト、手動進角、手動オイルポンプといった戦前のメカニズムをもつ陸王。これは栄二さんが社会人になって間もなく中古で手に入れたもので、人生初の愛車だった。分解して物置きで保管していたものを再生したという。この陸王の完成を皮切りに栄二さんは次々とクラシックバイクのレストアを手掛けることになる。噂を耳にした友人や知人たちが持て余したバイクを栄二さんの元に持ってくるようになったからだ。
「自分でお金を出して車両を購入したことはほとんどなかったと思います。普通の人には鉄くずにしか見えないような状態のものを譲ってもらっては自力で再生していました。そうしたことを40年以上、それこそ亡くなる直前まで続けていましたね」
レストアは回を重ねるごとに作業方法が洗練され、冶具や工具なども自分の使いやすいよう改良を行った。栄二さんは作業の「やり直し」をとくに嫌い、何事も初回で決着させる主義だったという。もちろん作業が思ったように進まないこともあったが、そうした苦労にもレストアの愉しさを見出していた。
「マシンを解体再生するたび、造り手への敬慕の念や挑戦心が湧き上がってくるようで幸せそうでした」
生涯にレストアを行った車両は数十台にも及ぶが、ヤマハのバイク、とくにYA-1には特別な愛着があった。
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「YA-1は2台レストアしているんです。よほど思い入れがあったのか、完成後はよく車庫から出してエンジンをかけていましたね。少し走らせて調子を伺ったり、しばらく眺めてたり。他にもYC-1やDT-1、AT-1、YA-3、DS-5、YDS-3などのヤマハ車が父の手によってレストアされました」
完成した車両を故郷の富良野で毎年開催されていたコンクールデレガンスに出展することを大きな目標にしていたという。栄二さんのレストアの完成度は高く、幾度となくグランプリを獲得した。年に一度、大勢のバイク仲間とのミーティングを心から楽しみにしていた。
「バイクのレストアに関してはこだわりが強く厳しい父でしたが、娘には優しかったです。私が学生のとき、通学用にと原付きバイクを与えてくれたことがあったり。それは、棄てられるバイク同士の部品で組み上げたオフロードバイクでした。その試運転と練習を兼ねて連れていかれたのは近所の山。私の初めてのバイク体験は山登りと山下りでした(笑)」
レストアを始めた頃からリウマチで手足が思うように動かなくなってしまったという栄二さん。しかしバイクと、もうひとつの趣味であるスキーは生涯現役を貫いた。
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「歩くのもやっと、鉛筆で字も満足に書けない、そんな状態にあっても父はバイクの整備を続け、走ることもやめませんでした。なぜそれほどまでに旧いバイクが好きなのかと本人に尋ねたことがありましたが、『風とか……心地良いスピード感とか……』と嬉しそうに呟くのみで、言葉でははっきりと言い表せないようでした」
――――走らなければバイクじゃないよ
栄二さんは生前よくこんな言葉を口にしたという。
これは栄二さんのレストアの心得であると同時にバイク観も示している。すなわち人知を超えた速度で自由に駆け回ることこそバイクの魅力、その本質なのだと。
久しぶりに倉庫の外へ出たYA-1が太陽光を受けて得も言われぬ茜色を取り戻す。
後ろを追いかける幼きお父さんの姿が見えるような気がした。
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