Yamaha Journey Vol.23
XT225に乗る英国人女性ライダー、ヘレン・ロイドのアフリカのツーリング体験記です。
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2度目のアフリカ:荒野のツーリング
ヘレン ロイド
XT225
#03 まるで異世界! 波乱万丈のアフリカ北上の旅
ケニア - エチオピア - スーダン - エジプト
2009年、イギリスでの仕事を辞めてアフリカを自転車で走り抜けたヘレン・ロイド。6年後の2015年、彼女はふたたびアフリカの大地を訪れることに。ただし、今回、運転するのはヤマハ XT225。ケープタウンからアレクサンドリアまで駆け抜けた15か月間。待ち受けるのは、美しい大地に共存する思いやりのある人々や独自の動物たち。刺激的な旅の最終章では、ケニアを出発して、美しくも危うい地形を駆け抜けます。地中海のほとりにある最終目的地では栄光のゴールが。
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母親が70年代の初めに教師を1年間務めた場所、マチャコス。今では、高層ビルの建ち並ぶ喧噪の街に変わってしまったものの、学校へ向かう途中では、こんな屋台を見かけることも。変わらない光景に、果物を買う母親の姿を思い浮かべた。
マチャコス(ケニア)
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酸化鉄、硫黄、塩でできた平野に煮え立つ緑色の酸性プール。こんな光景は見たことがなかった。海抜マイナス130m、地上でトップクラスの暑さを誇るこの場所で、鮮やかな色と強烈なにおいを生み出す信じがたい自然の姿だ。
ダナキル窪地(エチオピア - ダロル)
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旅の最後の数週間は人々に囲まれながら過ごしたため、地元の子供たちの注目を集めることになったが、人里を離れて山脈地帯に向かった先では、打って変わって絶景が待ち受けていた。彼方の地平線を眺めながら、安らぎを感じる瞬間だ。
シミエン山脈(エチオピア)
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砂漠が好きだ。静寂、壮美、空虚。猛暑のなかを1日中走ったあとに眺める夕涼の日暮れは、何物にも代えがたい。
バユダ砂漠(スーダン)
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ケニア:道路の掟
ナイロビから北へ向かうまえに寄り道することにしたのが、海岸沖にあるラム島だった。今回の旅をつうじて、あえて本道を避けてダートを走ってきたわたしたちだったが、ナイロビ沿岸からモンバサへ向かうルートには、主要な幹線道路を選んだ。この道路の掟はただひとつ。「デカさがモノを言う」だ。モンバサの港湾から内陸部へ物資を運ぶ巨象のごときトラックにくらべると、XT225は小さな蚊に過ぎなかった。わたしたちを追い越さんと後ろから迫りくる車両から逃れるべく、路肩があるときは路肩へ、ないときは道路の外へと退避を繰り返す。
復路には静かな北側のルートを選び、バイク1台を飲み込むほどの大きなくぼみが点在するアスファルト道を走った。茂み以外にすれ違うものはほとんどなく、ラクダ数匹と、道路にできた水たまりから蒸発するまえの雨水を集める女性をときどき見かけるくらいだった。
ナイロビに戻ると、パスポートにスタンプを押してもらうために入国管理局に行かなければいけなかった。わたしたちが進もうとしていたトゥルカナ湖の沿岸に沿ったルートには公式の国境がなかったからだ。
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トゥルカナ湖:過酷な砂漠に潜む翡翠の海
北に向かって旅を続けるにつれ、青々とした湿地高原から、サンブルの暑く乾燥した不毛の大地へと変わっていった。雨の柱がゆっくりと着実に平野を横切っているのが見える。それは、ちょっとした降雨では大地が生い茂らないことを物語っていた。そう、今は乾季。水は貴重になり、河川は干上がっている。ここに住む人はほとんどいない。見かけるのは、曲がった木の枝で作られた小さなドーム型の小屋だ。かつては乾燥した土が漆喰代わりに塗られていたが、今では黄色のプラスチックか国連の寄贈したブルーシートの残骸で覆われているのが普通だ。ほかには、ときおりラクダの群れを通り過ぎることもあった。
そしてついに視界に入ってきたのがトゥルカナ湖だ。かつて“翡翠の海”と呼ばれた深いターコイズ色の湖は、味気ないベージュ色の大地と見事なコントラストを成している。ここでは切り裂くように風が吹き抜ける。国策規模でこの風力を活用する巨大なタービンが建設中であるのも驚きではなかった。
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湖岸沿いに岩場の道を抜けて、主要都市ロイヤンガラニにようやくたどり着いた。ドーム型の小屋が集まり、数棟の頑丈そうな建物と電波塔が建っているこの場所で、燃料ときれいな水を補充して、北へと旅を続けることにした。シビロイ国立公園では黒い岩場が砂道へと姿を変える。野生動物をほとんど見かけないのは、荒涼とした気候の表れだ。見かけたヤギの群れは、限りなく小さな茂みを食んでいた。その群れをポツンとひとりで眺めていた少年は、近づいてくるわたしたちを怖いお役人だと思ったのか、走り去ってしまった。不正に放牧していたことをとがめられると思ったのだろう。
そのあとはケニア最後の村を通過し、標識のない国境を越えてエチオピアに入国。その道は、わたしが旅をしてきたなかでも特に試練だった。路面が荒れていたからだけではない。この過酷な環境でとにかく必死に生き抜かなければならない地元の人たちの辛苦がまざまざと伝わってきたからだ。
ラリベラの岩窟教会群、アクスムのオベリスク、ゴンダール城といったユネスコの保護する世界遺産が存在するエチオピアは、豊かな歴史と独自の文化を持つ国だ。もちろん、美しく多彩な自然風景は言うまでもない。オモ渓谷に始まり、バレ山脈ではトレッキングに出かけ、サネッティ高原では幸運にもエチオピアオオカミにお目にかかり、北のシミエン山脈では武装警備兵と一緒に走行した。
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ダナキル窪地:塩原/硫黄プール/火山
とりわけわたしを魅了した場所がある。ダナキル窪地だ。海抜おそよマイナス100mに位置するこの土地は、世界有数の低地に数えられる。さらに、気温が世界トップクラスであることは、ダナキル窪地をとても魅力的な場所にしている。2年前には、世界有数の低気温を誇るシベリアを自転車で旅した。いずれも過酷な土地だが、そこに生活する人が存在する。となれば、どんな暮らしぶりなのかを見てみたいではないか。政治的な理由と安全上の理由から、ツアーに参加してダナキルへ入らなければならなかったため、4日間は10台の四駆車に“エスコート“されることになり、自分たちの道具をすべて運んでもらえたため、荷物なしの快適な走行ができた。
高原を下っていったさきでは、走行中に心地よい風を受けることはできなくなっていた。まるでヘアドライヤーの熱風を顔に浴びているかのような空気に、ここをバイクで走っても大丈夫なんだろうかと考えてしまう。一瞬、エアコンの効いた四駆車のみんなをうらやましく思う気持ちが芽生える。しかし、これぞバイク旅の醍醐味のひとつではないか。気候や地形にさらされ、その影響を直に感じる。大きな乗り物の中では不可能な味わい方ができるのだ。
日差しのなか、白くぎらつく塩原を突っ切り、大釜のように煮え立つ高温泉の間をうねりながら走る。緑、黄、橙といった鮮烈な色をした有毒な硫黄のプールからは、強烈なにおいのガスが立ち上がっている。
夜になり、壊れそうな木製フレームに薄いマットレスを敷き、星空のしたで眠りにつく。涼やかな暗闇の時間を楽しんだあとは、日がまた昇る。エルタ・アレ火山にたどり着くまでの走行は過酷だった。さらさらの土砂が粉塵を舞い上げるなか、とてもじゃないが、他の乗り物の近くを走れたものではなかったからだ。
やすやすと地形を乗りこなしていく四駆車。バイクに乗るわたしたちはペースについていくのに必死だ。ノンストップで2時間走り続けたあと、ごつごつした路面の登り道にたどり着いた。バイクはようやくここで本領を発揮。さきに登坂し、後続を待つ間は、一休憩できるありがたいチャンスだった。
丸1日の走行のすえ、日没に合わせてキャンプの準備に取り掛かる。とはいえ、この日はそれでおしまいではなかった。夕食をとったあと、3時間の道のりを歩いてエルタ・アレ火山へと向かう。四駆車内の後部座席で快適に過ごすのではなく(だとしたら間違いなく退屈していただろうが)、きつい走りを1日中こなしたわたしたちにとっては、この行程はそれほどそそられるものではなかった。
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固まった溶岩の地表を慎重な足取りで進み、火山の中心部を眺められる場所にたどり着くころには、時刻が真夜中近くになっていた。大釜のごとき火山の中で溶岩が激しく煮え立ち、ところどころでオレンジ色が弾けてるのを見ていると、わたしたちに降りかかってくるような気がしてくる。
安全なキャンプ場へ戻ったあとは、星空のもとマットレスを敷いて数時間の睡眠をとり、夜明けまえの比較的涼しい時間に降坂することにした。それから朝食をとり、最寄りの町へと帰路についた。
このころには、肉体は疲れ果て、砂地での走行はよりいっそう困難なものになっていた。舗装された道に戻れたときは、心底、ほっとした。とはいえ、その日の旅はそれで終わったわけではなかった。エンジンが急に動かなくなり、始動しなくなってしまったのだ。四駆車は飛行機に乗る人を帰り道で運ぶことになっていたので、わたしたちは自力で引き返すことになった。
問題の原因は不純物の入った燃料だった。街に到着してガソリンタンクを空にしたあと、キャブレターの掃除や点火プラグの交換を済ませ、きれいなガソリンを補給。するとバイクは新品のように復活した。一方、自分の肉体はというと復活にあと数日を要したのだが…。
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北アフリカ:刻々と変化するワイルドキャンプ
エチオピア旅行での試練を経てのスーダンは、うれしい休息時間となった。ハルツームを経てエジプトとの国境へと向かうアスファルト道は、落ち着いた路面で快適な走りになった。夕方近くになると、道を外れて砂漠の中へと少し進んでキャンプをすることにした。スーダンの砂漠は、自分にとってワイルドキャンプの典型と言える場所だった。
食べ物と水を補充して、料理に使う火を起こせるだけの小枝を日中に道端からあさって集めていれば(自分たちのコンロはすでに壊れていた)、それ以外に必要なものは何もない。澄んだ乾いた空気。日が傾くと、気温は心地よく落ち着いていった。
地平線までさえぎるものが一切ない自然の景観は、素晴らしい荒野の感覚を味合わせてくれる。村や町がひとつに合併しているような東アフリカでは、そうそう見かける光景ではない。一面に広がる真っ暗な上空を照らす無数の星を眺めると、この世界の巨大さと美しさ、そして、自分たちがなんともちっぽけな存在であることに感嘆せずにはいられなかった。
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ギザの大ピラミッド、ルクソール付近にある王家の谷、アフリカ古代文明のモニュメントや墓で有名なエジプトだが、スーダンには、それほど知られていないながらもヌビア遺跡群がある。主要道路から外れて、GPSを頼りに砂ぼこりの舞う道を進んだ先で見つけたのが、砂漠のなかに置き去りにされたかのような遺跡群だった。各遺跡にいた監視役は、入場料を得られることにただただ喜ぶばかりだ。
悲しいことに、スーダンでは2週間の通過ビザしか手に入れられなかったため、砂漠の遊覧は短期間で切り上げることになった。これほどの平安をエジプトで味わうことはなかった。エジプトでは、数日間かけて警察のエスコートのもとナイル川へと道路を並走することになったからだ。
大陸の反対側に位置するケープタウンを離れてから15か月。40,000キロという道のりを経て、わたしたちはついにアレクサンドリアに到着した。目の前には地中海が広がっている。もうひとつのアフリカの旅がここに幕を下ろしたのだった。
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ヘレン・ロイド
イギリス、ノーフォーク出身。大学で航空工学を学び、旅の合間を縫って、資金作りのため技術者として働いている。2009年の夏、仕事を辞め、自転車でアフリカを走破。本シリーズでは、自転車からバイクに乗り換えてふたたび訪れたアフリカの旅を振り返る。これまでに「Desert Snow」と「A Siberian Winder’s Tale」の2冊の本を上梓。現在、新作の準備が進行中。