Yamaha Journey Vol.21
XT225に乗る英国人女性ライダー、ヘレン・ロイドのアフリカのツーリング体験記です。
2度目のアフリカ:荒野のツーリング
ヘレン ロイド
XT225
#01 アフリカの大地へ帰還:バイクで巡る新たな冒険の旅
南アフリカ ― レソト ― スワジランド ― ボツワナ ― ナミビア
2009年、イギリスでの仕事を辞めてアフリカを自転車で走り抜けたヘレン・ロイド。6年後の2015年、彼女はふたたびアフリカの大地を訪れることに。ただし、今回、運転するのはヤマハ XT225。ケープタウンからカイロまで駆け抜けた15か月間。待ち受けるのは、美しい大地に共存する思いやりのある人々や独自の動物たち。総距離40,000kmにおよぶツーリング旅行記の第1章では、慣れないバイクと未舗装の地形を乗りこなしながら、大陸南部の5か国を巡ります。
アフリカ最南地点へと延びる沿岸に生息するアフリカペンギンを見渡す。
南アフリカ、西ケープ州、ベティーズ・ベイ
緑の干ばつ地帯。降雨によって岩肌に草花が生えているが、数年間にわたる干ばつは変わっていない。
南アフリカ、クワズール・ナタール州、エストコート付近
干上がった川底越しに沈む夕日。象の足跡が周囲に残る中でキャンプした。
ナミビア、クネネ州、フアブ川
カオコランドの僻地を走行中に出くわしたキリンの群れの中で一番大きかった1頭。
ナミビア、クネネ州、プロス付近
免許取得と自分に合ったバイク選び
アフリカ大陸には以前も行ったことがある。2009年にエンジニアの仕事を辞めて、自分の家から自転車で旅立ったときだ。アフリカ大陸を西から中央へ走り抜け、25,000キロの旅路の末、約2年をかけてケープタウンに到着した。そのときに強く感じたことがふたつある。まずは、またアフリカへ戻って来たいということ。もうひとつは、バイクに乗って旅をする人たちを見かけたせいで、自分の自転車もエンジン付きにアップグレードしたくなったことだ。
そのためにはまず免許証が必要だ。それからバイクだ。でも、どのバイクがいいんだろう? 必要なのは、安くて、簡単に修理できて、自分の身長でも足付きの良い小さいサイズで、倒れてしまったときに自力で起こせるくらい軽いバイクだ。この要望に完ぺきにこたえてくれるのがヤマハXT225だということに気付くには、そんなに時間はかからなかった。自転車でシベリアを旅している途中に、携帯電話で見つけた中古のXT225を購入。それから1年後、バイクに乗ってパートナーと一緒にヨーロッパ横断の旅に出た。パートナーを説得して、同じ車種に乗ってもらうことにした。5か月をかけてブルガリアへ向かって走行したあと、イギリスへ帰国。いよいよ、アフリカに向けてバイクをケープタウンへ輸送するときがやってきた。
バイクを手に入れ、道を走るのが俄然楽しみになっていた。大量の荷物を不格好に積み込まなければならない自転車では、身体にかかる負担が大きく、走行そのものを楽しむ余裕はなかった。とはいえ、オフロードでバイクに乗る経験が少なかったので、南アフリカのセダバーグで初の砂利道を走ったときは、ぐらぐらの路面に緊張して、40度の灼熱の中で大汗をかいてしまった。でも少しずつコースを外れなくなり、大きな岩の間を縫うように走りながら、バイクと気持ちが通じ合えるようになった。数か月後には、すっかりダート好きに!
レソト王国
近年、いくつかの主要都市をつなぐ道がアスファルトで舗装されたものの、今でもごつごつとした道がたくさん残っている。レソトは深刻な干ばつに苛まれていたが、私たちが国を横断しようと出発した日、遂に雨が到来した。地平線の彼方から現れる黒い雲。嵐が来ていたのだ。ゆっくりと荷物をバイクに積み、バイク用ジーンズの上に防水パンツを履いて、ヘルメットを装着しながら、出発を後らせるべきか考えていた。鬱蒼とした天気になり、よどんだ雲が太陽を遮っている。その刹那、頭上で空が割けたかのように凄まじい怒号が鳴り響き、私たちとXT225の間に雷が一閃した。心臓が止まるかと思うほどびっくりして飛び上がった私たちは、急いで屋内に入って嵐の通過を待つことにした。屋外で雷の脅威にさらされたのは、そのときだけではなかったが、それよりも大変だったのが雨だ。たった数分のうちに、道は通行不可能な泥沼に変化し、渡れるくらいの小川が荒れ狂う急流になる。これまでにも数えきれないほどの川を渡らなければならなかった。川を渡るときはまず、足を踏み入れて深さを調べ、それから最善のルートを見定める。ブーツは水浸し。足首までズブぬれだ。でも、XT225は雷の中を切り抜け、そして、いくつもの川越えも生き抜いた。このバイクを止められるものなどないのだ。
ごつごつとした急な坂道では、運転技術の限界を試されることになった。ほぼ常にギアを1速に入れ、丘の上を目指してスロットルを開く。「止まるな、ただ前に進み続けろ」と自分に言い聞かせる。バイクは岩から岩へバウンドし、前輪が激しく跳ね回る。車体後部が浮いたときには、片足をあちこちに付きながらバランスを保つ。それでもバイクを倒してしまったときには、悪態をついてしまう。過酷な運転に腕の筋肉がヒリヒリと痛む。
あるときは1日の終わりが近づくにつれ、黒い雲が高く盛り上がっていた。村が近くにあったので、安全な野宿スポットを探すよりも、村のどこかで泊めさせてもらえないか尋ねることにした。学校の校長先生のところへ行くように指示されて向かってみると、学校の教員室へ案内された。一晩、自分たちの部屋として使ってもいいそうだ。休息の地が見つかり、雨ざらしにならずに屋内で過ごせることに安心した。これで雷雨の中で危険な思いをする心配がなくなった。
地図を見てみると、急な下り坂と上り坂の渓谷を抜けなければならないことが分かった。「渡れない川や抜けられない道があったらどうしよう・・・」。先々にどんな道が待ち受けているのか分からないとき、こうした疑問に悩まされる。私たちの下した決断は引き返すことだった。路面状態は悪くなかったが、安全策をとって、翌朝に主要道路へ戻ることにした。しかし、草地の丘を道が横断する岩場エリアでは、小道がぐちゃぐちゃにぬかるんでいた。どろどろの黒い土がタイヤにまとわりつき、後輪とスイングアームの間で固まる。道中、馬に乗った男性たちとすれ違ったが、バイクに比べると彼らの馬は悠々と歩を進めていた。こうした地方に暮らす伝統的なソト族にとって今でも馬が主要な交通手段として欠かせないのには理由があるようだ。
山のロッジに停車して、アフリカで一番高い場所にあるというパブで軽食を済ませたあと、サニ・パスを下ってレソト王国を抜け、南アフリカに入った。これまでの険しい道に比べれば、このルートは快適で、1000cc越えの大型重量バイクにがんばってよじ登ろうとしている南アフリカ人たちを横目に颯爽と駆け抜けた。
ボツワナとナミビア ― 砂漠へ
きれいに舗装されたトランスカラハリ回廊を通ってボツワナを抜け、ナミビアに入った。ナミビアは大好きな国だ。前回の自転車旅で6週間をこの国で過ごしたときは、25年を超える月日の中で一番の雨季だったので、花の咲き誇るナミビアを体験できた。一方、今回は鉛のような色をした砂漠が広がっていた。砂の色と土の茶褐色がグラデーションを作っていたが、その荒廃した光景は美しかった。
ナミビア・ナウクルフトを抜ける道を通って、スケルトン・コーストを北上し、ダマラランドにある月面のような地形を走って内地へ戻った。
次の目的地は、北西のカオコランド。そこに点在するヒンバ族の多くは、この過酷な環境で今でも伝統的な暮らしをおくっている。人が全然いないところでは、野生動物がのびのびと生息している。幸運にも、シマウマ、キリン、スプリングボック、ダチョウなどを目にすることができた。滞在中、大きな水たまりへと続くアフリカゾウの足跡を追ってみたが、実際にその姿を目撃することはできなかった。そろそろキャンプをしようかと思って地面を見下ろして、明らかにライオンによるものとした思えない足跡を見つけたときは、不安でしかたがなかった。北部にはとりわけ魅力的なルートがあった。陸路の旅好きの間で走行が難しいと話題のヴァン・ジルズ・パスだ。自分の運転技術が通用するのかどうか分からなかったが、スワコプムントで出会った男性に「女の子は止めておくように」と言われたことで、考えが固まった・・・。「その考えが間違っていることを証明してやる!」
カオコランド周辺の砂道は、アフリカで出くわした道の中でも特に過酷だった。ひとつひとつのガソリン補給所まで距離があるため、XT225にロングレンジのガソリンタンクを搭載していたものの、念のため予備のガソリンを携行し、水も大量に持ってきていた。とはいえ、20リットルの水が必要だったナミビアの自転車旅に比べるとはるかに少ない量だ。その代わりに食料を多く詰め込める。これは、バイク旅の大きなメリットだ。自転車では軽い荷物であるほどハンドリングが楽になるが、自分の力でペダルをこいで荷物を運ばなくてもいいバイクでは、それほど問題にならない 。その意味で、荷物を制限されないバイクの旅は、かなり人里離れた荒野でも快適だった。
ヴァン・ジルズ・パスのごつごつとした急な下り坂は思っていたほどひどくなかった。何度か転倒したし、困ったときはバイクを押しながら、先を行くパートナーを追いかけることになったものの、なんとか走破できた。
ふもとには、たくさんの石で盛り上がっている場所があった。無事に走破した人たちの名前が書かれた石だ。私たちも自分たちの石を追加させてもらった。このころになると、アフリカのどんな道でも走破できる自信がついていた。それもこれもXT225のおかげだ。このバイクはどこにだって行ける。どんな道でも挑む度胸さえあれば、技術的に未熟であったとしても、あきらめる理由はないのだ。それに、バイクに乗るのはいつだって楽しい。
長い休日
すっかりバイク旅のとりこになってしまった。自転車で体験した冒険の要素はすべて含まれているし、しかも、肉体に過酷な負担をかけることなく、快適に過ごすためのアイテムを多く持ち運べるというメリット付きだ。到着した地域におもしろいことがなくても、バイクなら気楽に走り回ることができるので、その分、魅力的な場所を探す時間が多くとれる。寄り道は今や日課となっていた。体力を消耗するので寄り道を避け、1日が耐久戦のように感じることのあった自転車旅に対し、バイクの旅は長い休日を過ごしている気分だ。カオコランドを楽しんだあとは、エプパ滝で数日間をのんびりと過ごした。物資の補充に立ち寄った街では、汚れた服を洗濯して、ウィントフックのおいしいビールを堪能できた。ゆっくりと睡眠をとって気分爽快。準備も万端だ。次は、ずっと行きたいと思っていた国、アンゴラを目指す。
ヘレン・ロイド
イギリス、ノーフォーク出身。大学で航空工学を学び、旅の合間を縫って、資金作りのため技術者として働いている。2009年の夏、仕事を辞め、自転車でアフリカを走破。本シリーズでは、自転車からバイクに乗り換えてふたたび訪れたアフリカの旅を振り返る。これまでに「Desert Snow」と「A Siberian Winder’s Tale」の2冊の本を上梓。現在、新作の準備が進行中。