Yamaha Journey Vol.13
ヤマハXT225に乗る英国人女性ライダー、ロイス・プライスのコロンビアからアルゼンチンまでのツーリング体験談です。
二輪で駆け巡る世界、繋がる人の絆
ロイス・プライス
XT225
#02 南アメリカ:南半球へと突入
コロンビア ー アルゼンチン / 南北アメリカ大陸
ロイス・プライスは、英国ロンドンでのメディア業界の仕事を離れ、相棒のヤマハXT225と共にアラスカからアルゼンチンまで、延べ2万マイルに及ぶ旅へと向かう。まだ見ぬ地平を目指す冒険の第二章では、これまでの人生を根底から覆すような旅を続けて、いよいよ雄大な景色が広がる南アメリカへと突入。コロンビアではエキゾチックな魅力溢れるカリブ海沿岸の風土を満喫し、そびえ立つアンデス山脈を駆け抜けた後には、大陸最南端の最終地点ウシュアイアへ到達します。古代インカの息吹を今に伝えるペルーとボリビアを疾走し、自然剥き出しの荒涼としたパタゴニアを縦断した先に待ち構えていたのは、まさしく「この世の果て」と呼ぶに相応しい光景だった…
アンデス山脈高く、道路脇に地元の女商人を見つけて大喜び。疲れた旅人の体に染み渡る、屈託のない笑顔と冷たい飲み物…
ウルバンバの谷、クスコ、ペルー
静かな水面に沈む夕陽。この神秘の湖を宇宙の中心と信じた、古代インカの時代から変わらないのは、漁師が錨を下ろし岸へと戻っていく悠久の景色。
チチカカ湖、コパカバーナ、ボリビア
長く不毛のアタカマ砂漠をさすらい、ロス・ラゴス州に入った途端、景色の変化に思わず息を呑む。冠雪した火山に届くほど高鳴る胸の鼓動。
ヘネラル・カレーラ湖、カレテラアウストラル、チリ
すれ違いざま、鞍上に跨ったまま会釈。鋼鉄の馬に跨って野生の大平原を駆け回る私を、温かく彼らの故郷に迎え入れてくれたガウチョたち。
パタゴニア、アルゼンチン
南半球を初体験、私にとっての新大陸
パナマで突如分断されるパンアメリカンハイウェイ。横断する道路が未建設のため、目の前の密林地帯ダリエン地峡がコロンビア国境付近まで広がり行く手を阻みます。陸上移動を試みる旅人は、ここでルートを海路か空路に変更せざるを得ません。私が到着した時間には既に定期船の運行は終了していたので、バイクを小型飛行機に詰め込んで、人を寄せ付けない深遠な森を遥か上空から眺めながら北米大陸に別れを告げました。愛機との束の間の別れは寂しくもありましたが、木が生い茂るダリエン地峡を眼下に一望するのはスリル満点。一時間もすれば、未体験の新大陸に着地します。コロンビアのカリブ海に面した、スペイン植民都市カルタヘナはこれまでとはまるで別世界のような華やかさ。この古き良き港町は何世紀にも渡って商人、海賊、航海者たちが取引を行う交易の中心地として栄え、荷役用ドックでは海上輸送されたありとあらゆる種類の貨物が積み卸しされます。旧市街の16世紀に建造された石畳の通りには、マンゴーやパパイヤを積んだ手車を押しながら、大声で忙しく働く市場業者が溢れて活気に満ち、バルコニーを花で飾り立てた原色のカラフルな建物の窓から流れてくるのは陽気なラテンのリズム。暖かな海風と、それよってなびくヤシの木が、私をすっかりカリブ海沿岸地方を満喫した気分にさせてくれます。熱気溢れる南国情緒に酔いしれる一時。暫しの休息もつかの間、穏やかに桟橋へさざ波が寄せる海面から、何千フィートも上空にそびえ立つアンデス山脈の頂目指して、曲がりくねった山道を登っていくことになります。この道路を進んだ先に待ち構えているのは、巨大な南アメリカ大陸。ちょうどアラスカを発ったあの日と同じように、目の前に征服すべき未知の土地が広がっているだけで全身をスリルが震わせる。
国境を越えてエクアドルに入国すると、あの魅惑の熱帯気候はすぐに遥か遠い昔の思い出に変わってしまいました。アンデスの長大な登坂路を進むにつれて、ただ高度のせいで息苦しい訳ではなく、思わず立ち止まり息を呑む景色に出会います。目の前に鎮座する、果てしなく連なったアンデスの峰々に抱く畏怖の気持ち。砂埃が舞い上がる未舗装路を走り、何度も巨大な窪地の周囲を迂回して、川に架かった古びた木橋を渡る。周辺ではハチドリが温暖な峡谷を飛び回っては、翼を羽ばたかせて空中に止まっている。時には他の誰とも出会うことなく終わっていく一日。しかし赤道付近の小さな村を通り過ぎる際には、珍しい訪問者を一目見ようと粗末な小屋から二人の少女が飛び出して来ました。思わず立ち止まり声を掛けようとすると、彼女たちは意を決したようにゆっくりと私に詰め寄り、瞳を指差して、「青い目!青い目!」と小声で囁くのです。彼女たちの茶色い瞳で、恐る恐る私の碧眼を不思議な眼差しで見つめながら。
ペルーとボリビア ― 一喜一憂のアンデス山脈
クラクションを突然鳴らされたかのように、目の前に現れたペルー。辺り一面豊かな緑に囲まれた坂道を通って、心穏やかにさせるエクアドルの風景や、人々の温もりに触れた後、ペルーの交通量の多い幹線道路と、騒々しい市街が、私を夢心地から現実へと引き戻します。年式落ちのマッスルカーや、現地で愛飲される「インカ・コーラ」の入ったケースを運ぶ大型トラックが、私のすぐ傍をエンジン音を響かせながら追い抜いて行く。首都リマに到着したらやるべきことは、一旦バイクから降りて、その日の晩をピスコサワーを飲んでリラックスするだけ。ライムジュース、卵白、シロップ、ビターズを一緒にシェイクしたブランデーベースのカクテルで、ここペルーでは人々に親しまれています。低高度の海面位近いエリアに戻って来て一息吐いたばかりですが、ここに長居は無用。ここリマに至るまで、見渡す限り砂漠しかない海岸沿いのルートでペルー北部を駆け抜けてきましたが、これからは太平洋に別れを告げ、再びアンデス山脈の中心部へと向かいます。ライダーにとっては夢のような、切り返しに次ぐ切り返しが続くワインディングロードを、15,000フィートも夢中で駆け上がった後にふと周りの景色を見回すと、まるで世界最高峰に辿り着いたような気分に。
ペルーとボリビアの間に挟まれた、この山岳地帯の僻地は、色鮮やかな民族衣装を身に纏った先住民ケチュア人の故郷。現地の女性たちは、赤やピンクの伝統模様が織り込まれたショールと、ゆったりとしたスカート姿で、家畜のリャマやアルパカの群れを世話しつつ、毛布やポンチョを作る柔らかな毛糸を紡ぐ糸車を回しながら、時間のゆっくり流れる一日を過ごします。ボリビアで目にするのは、着飾った彼女たちの頭頂に据えられる、私にとって馴染みの深い山高帽子。1920年代の英国鉄道員が遺した伝統の名残です。道が一層険しくなり、ちらほら雪も降り始めていたので、こんなに故郷から遠く離れた場所で見かけて、思わず胸に込み上げる不思議な安心感。たった1日の移動で、灼熱の砂漠から氷に閉ざされた山頂まで一気に駆け上がり、周囲に夕闇が差し迫ってくると、止むを得ず今晩は雪の吹きだまりを背に野宿する覚悟を決め始めていました。しかし運良く目の前に現れたブリキ小屋のカフェ。オーナーの老夫婦は、炎が燃え盛る暖炉の前にある石床の一角を快く私に寝床として提供してくれました。翌朝目を覚ました私に、彼らは「どこから来たんだい?」と尋ねます。思わず「アラスカよ。」と返した後の怪訝そうな表情に対して「だけど、昨日はリマからやって来たのよ。」と続けると、二人は「リマ!それは遠くからいらっしゃったんですね!」と声を上げたのです。
チリ ― ゴーストタウンとガソリンスタンド
再び山岳地帯から海面位付近まで下り、チリの細長く伸びた国土に沿って進む太平洋沿岸。すると突然目の前には立派に整備された幹線道路、信号、道路標識が出現し、アンデスの山道を走ってきた直後の私にはカルチャーショック以外の何物でもありません。しかしまたすぐに、この地球上で最も乾燥した地域として知られるアタカマ砂漠に突入し、剥き出しの自然環境の中へと逆戻り。観測史上この付近一帯には一粒の雨も落ちたことはなく、数少ない町はお互い遠く離れて点在しています。万が一に備えてガソリン携行缶を車両に括り付けていたものの、数マイルも進めば、朽ち果てたガソリンスタンドの跡地に架かる看板に「ガソリンスタンド、この先470km」の不吉な文字が。どうやら灼熱の道のりはこの先も長く続きそうです。果てしなく続く砂漠と、すぐ傍のビーチのお陰でキャンプサイトにだけは困りませんでしたが、来る日も来る日も故郷を離れて移動と野宿を続ける毎日を過ごし、この可愛らしい相棒と二人きりの生活に改めて驚く。周囲に文明の痕跡と呼べるものは、時おり砂塵を巻き上げながら通り過ぎて行く長距離トラック以外、何一つ見当たらない。だからこそ、約100年前に打ち捨てられた商店や建物、作業用機械設備が、砂漠の乾燥気候によってそのままの形で遺されている光景には面食らいました。不気味なゴーストタウン、ハンバーストーンの硝石精錬所の廃墟群です。
走行中の広大なアタカマ砂漠が、果てなく永遠に続くような錯覚に襲われ出していたまさにその時、突如として目の前に広がる冠雪した火山とターコイズブルーの湖。眩いばかりのチリ南端の光景が私を歓喜に包みます。南部を貫く幹線道路、カレテラアウストラルに導かれ、この幻想的な景色の中を縫うように潜り抜けると、いよいよこの旅の最終走行区間、パタゴニアの大地に突入していく。最終ゴールはもう目と鼻の先。しかしこのラストスパートが、旅始まって以来最大の挑戦になろうとは夢にも思いませんでした。
パタゴニア ― この世の果て
この10ヶ月もの間、私はただひたすら目的地ウシュアイアを目指し、南へと旅を続けてきました。道路上を進んで辿り着ける、世界最南端の町。ここまで走り続けた今だからこそようやく、もうあと一息で完全走破する自分の姿を信じれる。しかしこの最後の走行区間こそ、今まで走ってきた中で一番荒々しい自然に晒される、険しい道のりでした。その名も轟く、パタゴニアを縦断する2000マイルにも及ぶ砂利道、国道40号線。吹きさらしの中一人孤独な走行が、より一層スリルを引き立てます。途中私の進行方向とは逆に向かう、疲労困憊した二人組の自転車旅行者とすれ違いましたが、幸運にも私の旅を支えてくれるのは、この力強くも扱い易い二輪の相棒。他に旅の道連れは、時折出会すアルマジロくらいしかなく、周囲の環境にも怯むことなく、脇をちょこちょこ小走りで駆けて行きます。道すがら、この地域ではお馴染みのアルゼンチン版カウボーイ、”ガウチョ”の姿を目にすると、アメリカの西部開拓時代を思わせるような未開のパタゴニアの大地を旅する雰囲気がより一層引き立ちます。馬術に長け、よく日焼けして皺まみれの風体で、人里離れて数百マイルおきに点在する放牧地や道路脇の酒場でたむろしては、愛馬を軒先に繋ぎ、夜が更けるまでテーブルでウイスキーグラス片手にトランプに興じるガウチョ。「ここがまさしく地の果てと呼ぶに相応しい土地さ。」彼らの一人はそう私に語りかけます。
果てしなく長く感じた、自分の限界を試す二週間に渡る走行の末、ようやく必死の思いで辿り着くウシュアイア。砂埃にまみれ、体が疲れきってても、それらを吹き飛ばすほど過去に味わったことのない充実感で満たされます。ドレーク海峡の先に続く、凍てついた氷海を見渡せば、身を寄せ合い吹き付ける風に抗うペンギンたちの群れ。その数百マイル先はもう南極大陸です。現在地から出発地点のアラスカまで、私の後ろに続くのは20,000マイルもの長き道。思えばガウチョにとっての愛馬のように、遥々遠くまで一緒に旅をしてきたこの愛機は、既にかけがえのない信頼関係で結ばれた心の友と呼べる存在かも知れない。いよいよ長かった旅が終わり、一緒に帰路に就く時間。次に私たちを何が待ち受けるのか、考えも及ばない。ただ確かなのは、これまでの人生とは全く違ったものになるでしょう。
ロイス・プライス
ロイス・プライスは英国出身の紀行作家。過去には世界各地をバイクで巡った自身のツーリング体験を基に2冊の旅行記を上梓。2017年1月には、近年敢行したイラン国内ツーリングを題材とした3作目、「レボリューショナリー・ライド」を出版予定。