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Yamaha Journey Vol.12

ヤマハXT225に乗る英国人女性ライダー、ロイス・プライスのアラスカからパナマまでのツーリング体験談です。

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二輪で駆け巡る世界、繋がる人の絆

ロイス・プライス

XT225

#01 北アメリカ:新たな地平を求めて
アラスカ ー パナマ / 南北アメリカ大陸

ロイス・プライスは、英国ロンドンでのメディア業界の仕事を離れ、相棒のヤマハXT225と共にアラスカからアルゼンチンまで、延べ2万マイルに及ぶ旅へと向かう。
彼女の物語の序章は、人生を変える冒険旅行への出発から始まり、手付かずの大自然に抱かれたアラスカを走り抜け、異国情緒溢れる熱帯気候のパナマへと至るツーリング。
灰色のオフィス生活と引き換えに、彼女が手にした路上での刺激的な生活の幕開けです。

目の前に広がるのは、可能性に満ちた新世界。かつて西部開拓時代の先人たちが感じたのと同じように。

ジョシュア・ツリー国立公園、カリフォルニア州、米国

見慣れぬ造形の岩場と天高くそびえるサボテンの間を縫って進めば、まるで異星探索に来たかのような気分。

バハ・カリフォルニア州、メキシコ

川遊びで大はしゃぎ。世界中どこだって水と太陽に大喜びな子どもたちの姿は一緒。

ムレへ、バハ・カリフォルニア州、メキシコ

コルテス海に沈む夕陽に浮かび上がる、ヤシの木のシルエット。旅の出た時から夢見たような瞬間が、まさに今。

バイア・デ・コンセプシオン、バハ・カリフォルニア州、メキシコ

大脱走 – 新たな人生への誘い

無謀な計画だと思われたとしても仕方がない。職場の同僚たちも、まさか私が本気だとは信じないでしょう。何だかんだ言っても、私は自分にぴったりの恵まれた仕事に就いているし、ロンドン市内には居心地の良い家も持っている。おまけに最近出来たばかりの新しい恋人には何の不満もありません。だけど毎日こうしてオフィスで机に向かっていると、気付けば窓の外を眺め、エンジン音を響かせながら颯爽と目の前を走り過ぎて行くバイクをついつい目で追ってしまう自分。そんな時いつでもバイクは私の心に訴えかけてくるのです。「まだ見ぬ果てしない世界。ハンドルを握って今すぐ旅へと出掛けよう!」と。私は当時29歳でバイクの免許を取ったばかり。通勤で運転するたびに、この広い地球上をこのままバイクに跨りあちこち回ってみたいと思う気持ちが日増しに高まります。それから辞表を提出するまでには数ヶ月もかかりませんでした。愛機XT225と必要最低限の荷物を、勢いよく輸出用すかし箱に詰め込んで、あっという間にアラスカへと発送。そこからはひたすら20,000マイル離れた南米のウシュアイアと言う街を目指すだけ。延びた道路上を進んで辿り着ける、世界最南端です。それ以上細かい計画はありません。だってその方が単純にワクワクするでしょう?

道路上で過ごす日々はすぐに私を夢中にさせました。これほどまでに自由を感じる解放的な気分は今まで味わったことがないし、目に映るアラスカの雄大な景色にはただただ心躍る。私が到着したのは、通常のツーリングシーズンよりも少し早い時期だったので、地面にはまだ深々と積もった雪が融けずに残っています。遠くには連なるデナリ山の真っ白に冠雪した峰々が天高くそびえている。その圧倒的なスケール感と息を呑む美しさに思わず抱く、大自然への畏敬の念。しかしそんな周りには誰もいない絶景の中、どんなことが自分に日々起ころうとも恐怖より興奮する気持ちの方が勝ります。流石にアンカレッジを出発した翌日に、茂みの陰から真っ黒なツキノワグマが突然目の前に現れた時は、心臓が止まるかと思うほど驚きました。しかし見慣れぬバイクに跨った英国人女性ライダーを前にしても熊はいたって無頓着な様子。そんな日々熊に出くわす日常を繰り返すうちに、信じられないほど夢のような大自然にも慣れ親しんで、ロンドンの無味乾燥なオフィスで仕事に追われていた毎日では到底味わえなかった自由にやっと出会えた実感が湧いてきたのです。

夢のカリフォルニア – 西海岸の幻想的なメロディー

カナダを通り過ぎ南下を続ければ、気温の上昇とともに、ブーツを履いた足の指先でも感じるようになる温かさ。カリフォルニアに到着する頃には、景色はもうすっかり溢れんばかりの陽光に照らされ輝く、金色の丘陵が広がります。まさにこの地が「ゴールデン・ステート(=黄金の州)」と呼ばれる所以でしょう。ここカリフォルニアに来るとまず最初に思い浮かぶのは、有名なカリフォルニア州道1号線。世界有数の美しいビーチと夕陽を眺めながら走行するのは長年の夢でもありました。過去にこの地を旅した多くの先人達もそうだったように、心の底から夢の楽園へと辿り着いた気分。サンタバーバラからさらに南に向かう間もずっと、燦々と照り付ける太陽の下、凄腕のサーファーたちが大波を軽々と乗りこなす姿に胸が高鳴ります。一方落ち着いた雰囲気のビッグサー周辺では、海中から這い出したアザラシの群れがカリフォルニアの日差しを浴びて眠たそうに日向ぼっこしている、心癒される風景。この州道1号線を走り続けていると、目にするカリフォルニアの全ての人々が、60年代から受け継がれる愛と平和の精神を宿した、果てなく彷徨う旅人のよう。そのうちサンフランシスコが近付くと、ヒッピー生活を営む現地のシニアライダー集団との出会いが待っていました。母国では私がハウスボート住まいの船上生活をしていると知るやその場ですぐに意気投合。サウサリートで同じくハウスボートを浮かべて水上生活を営むコミュニティーへと招待してくれました。みんなで一緒に楽しむバーベキュー。波間に揺れる簡素な住まいには、ゴールデンゲートブリッジから影が落ちていました。

道中出会う多くのアメリカ人達は、国境の南から先をソロツーリングする私の計画を無謀だと思っているみたい。正直私自身も何かとんでもない間違いを犯そうとしているのではないかと不安に感じ始めていた頃でした。そんな折、南米からやって来て、私とは逆方向を目指し北上するオランダ人ライダーと出会います。「人生最高の経験が君を待ち構えている。恐れるものは何もない。」彼の言葉こそ、私が欲しかった自分の背中を押してくれる最高の励まし。この広い世界には、私以外にも突拍子もない夢の実現に向かって走る仲間達がたくさん存在している。時に出会い、また別れを繰り返す短い交流の中でも芽生える友情を肌で感じました。

アメリカは一陣の風のように、時を忘れて憧れだった自由気ままなツーリング生活を満喫しているうちに、あっという間に過ぎ去ってしまいました。名曲「サンホセへの道」を口ずさみながら、街から街へ。いつまでもこの地に留まって、夢のような毎日を楽しんでいたい。しかし、もう目の前に迫ったメキシコが、私をさらにその先に待ち受ける南の世界へと誘惑します。今こそ国境を越えて前に進む時。

国境の南 – やぁ、メキシコ!

このツーリング最高の一時を選ぶとしたら、どこの出来事だったか訊かれることがよくあります。答えるのが難しい質問ですが、私の脳裏を過るのは決まって国境を跨ぎアメリカからメキシコへと入国した日のこと。思えば、この瞬間から私にとって真の冒険が始まったと言っても過言ではありません。皆がよく知るこのアメリカ=メキシコ国境の向こう側には、想像以上の新天地が広がっていました。1,000マイルにも及ぶバハ・カリフォルニア半島の大砂漠。それからの数日間というもの、ただひたすら日中はベンケイチュウという名のサボテンが林立する森の中を間を縫うようにして駆け抜け、夜になればターコイズブルーの渦巻く水中を蛍光色の熱帯魚が泳ぎ回る、コルテス海に面したビーチに張ったテントで眠りにつく生活を続けます。故郷から遠く離れた異国にただ一人。ハンドルを握って夢のような場所に辿り着き、私はロンドンに置き去りにしてきた日々を感慨深く思い出します。五感で楽しむ全てが私にとって新鮮な存在。肌で感じる気候、耳に入ってくる言葉の響き、道すがら出会う人々、行く先々で口にする食べ物。全てはこうした発見のために、遥々ここまでやってきた甲斐があったというものです。

砂漠のど真ん中にある駐在所で、銃を携え、制服に身を包んだ2人の警察官に呼び止められます。突然の出来事に激しくなる鼓動。しかしどうやら私の心配を他所に、彼らは親切にもコーヒーとケーキをご馳走しながら茶飲友達として英国サッカー談義に付き合って欲しいだけみたい。残念ながら私はサッカーの話題には全く付いて行けないけれど・・・。バハ・カリフォルニア半島をさらに南に進めば、砂漠の荒れた未舗装路でオフロード走行に挑戦したい気分に駆られる。限界を試し、それを乗り越える経験を楽しむためにこそ、ロンドンでの何不自由ない生活から飛び出して来たのです。自分自身を目の前の世界に放り出してみて、思い切って自然の流れに身を任せる。念願だった毎朝違う場所で目を覚まし、その日出会う未知との邂逅を楽しむ生き方。どこに行っても現地のメキシコ人たちは、女性一人でツーリングする私に出会えたことを、驚きつつも喜びをもって迎えてくれます。グアテマラ国境付近の小さな村では、道端でトウモロコシを売っているお婆さんが私を抱き締め、力強く私の手を握りながら何度も私に向かって「何て勇敢なの!」と繰り返し伝えてきます。出発前には未知に対する不安もあり、無事にこの挑戦をやり遂げる自信もありませんでした。でも今なら私がこれまでに学んだ一番大切なことを彼女に伝えることが出来ます。実は頭の中だけで想像するよりずっと簡単。その気になれば誰だって出来るということを。

熱帯地域を貫く轍 – 中央アメリカ突入

メキシコ南部を駆け抜けて行くと、青くとげとげしたテキーラの植物に覆われた平野が広がり、その先にある深緑のジャングルへと続いています。湿潤な空気に満ちた熱帯気候。シエラ・マードレ・デ・チアパス山麓の小さな国境検問所を通過しグアテマラに入国すれば、細長く伸びた地峡内に国家がひしめく中央アメリカの始まりです。各国境に配備された制服に身を包んだ入国審査官。記入された届出書類の山に囲まれながら、ゴム印片手に待ち構えています。この一帯には、スペインからの征服者が持ち込んだ言語と建築様式が、既に現地の共通文化としてしっかりと根付いていながら、微妙に異なる方言、独自の通貨、土地に根ざした食文化など、今でもそれぞれの国が多様な地域性を保ち続けている。豊かなジャングルが生み出した大地の恵みは、道端の至るところに存在する小屋で簡単に手に入れることが出来る最高の贅沢。粘り気の強いプランテンの揚げ物、香辛料の効いた豆シチュー、もぎたての甘いグアバやパッションフルーツなど、どれも頬張った瞬間今まで味わったことのない新鮮な風味が口の中に広がります。いよいよ熱帯地方奥深くに至って、故郷からはますます遠く離れてしまったと気付く。森の中に響き渡る、オウムや猿の甲高い鳴き声。毎日午後になるとスコールが道路を水浸しにして、赤泥で溢れかえります。

故郷とはまるで異なる環境の中に身を置いてみて、私はどうして一緒に世界を発見するパートナーとしてバイクを選んだのか、改めて思いを巡らせていました。南米大陸突入前に通過する最後の国、パナマをゆっくりと進みながら気付いたのは、周囲を取り巻く様々な要素の中に自分自身が存在しているということ。視界に飛び込んでくる色鮮やかなランの花、道端のグリルから漂ってくる煙が放つ香ばしい匂い、目の前を華麗に舞う青く光る蝶、泥壁の家屋がひしめく小さな集落で雨宿り中の私を取り囲んだ子供たちの心優しい握手。びしょ濡れの全身に染み込んでくるようなこの温かい雨でさえも、中央アメリカのジャングルのど真ん中で一人佇む私に、今を生きている実感を思い出させてくれたのです。


ロイス・プライス

ロイス・プライスは英国出身の紀行作家。過去には世界各地をバイクで巡った自身のツーリング体験を基に2冊の旅行記を上梓。2017年1月には、近年敢行したイラン国内ツーリングを題材とした3作目、「レボリューショナリー・ライド」を出版予定。

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