Yamaha Journey Vol.11
ヤマハMT-07に乗るオーストラリア人女性ライダー、ソーニャ・ダンカンのオーストラリア大陸内陸部一周ツーリング体験談です。
オーストラリアの魂を求めて、女性ライダーの初挑戦
ソーニャ・ダンカン
MT-07
#03 オーストラリア:最後まで走りきる、家路へと
クーバーペディ ― ニューカッスル
延べ8,000kmのビッグループツーリング、いよいよ最終章。
ソーニャ・ダンカンはエアーズロックでの神秘体験を胸に刻み、家路に就く。
SF映画の撮影セットに迷い込んだような錯覚。
クーバーペディ、南オーストラリア州、オーストラリア
雨を待つ、地下に眠る生き物の止まった時間。
ハート湖、南オーストラリア州、オーストラリア
砂漠の果て、ようやく辿り着く楽園。
クリスタルブルック、南オーストラリア州、オーストラリア
雲にそびえる銀嶺、その彼方には旅のゴール。
スノーウィーマウンテンズ、ニューサウスウェールズ州、オーストラリア
地下都市クーバーペディを越え、塩類平原ハート湖へ
火星のように燃え盛る真っ赤な大地を、稲妻のように駆け抜けながら、私の脳裏に浮かぶのは待ち焦がれる娘との再会の瞬間。もうすぐ終わるビッグループツーリングは最高の思い出となるでしょう。しかし地平線へと真っ直ぐに伸びる目の前の道、今なお心躍らせる鼻腔を刺激する灼熱のアスファルトが放つ芳香が、この素晴らしいツーリングをまだまだ終わらせたくないと感じさせてくれる。そんな感傷に浸りながら走り続けると、映画「マッドマックス」さながらの鉱山街、クーバーペディの景観が目に飛び込んで来ました。ここは「オパールの都」として知られる世界最大のオパール産出地。気温摂氏50℃近くまで達する、焼けつくような夏の暑さのせいで、カフェやレストラン、ホテルなどの建物は、赤土で覆われた大地に埋められ、街全体が地中の洞窟内に存在しています。暫し休息を取ったものの、延々伸びる直線道路の誘惑に駆られ、地下世界よりバイクに跨り感じる世界を堪能したくて、すぐにまた出発。
広大な平野を突き進むと、やがて塩類平原ハート湖に到着します。バイクを湖上に滑り入れて駐輪すれば、そこに広がるのは太陽の光を反射し、キラキラと輝く塩の結晶で覆われた銀世界。そのど真ん中で逆立ちしてみます。私たちの真下に潜んでいるのは、再び生命を蘇らせる雨の雫を待ち詫びながら、仮死状態で眠り続ける何十億もの蛙、昆虫、魚たち。再びバイクのシートに跨って、かつて冷戦中に政府がロケットミサイルや原子爆弾の実験を行っていた、大きく開けた平原の中を駆け抜けて行きます。宇宙船の開発時には、この広漠な荒野を実際の月面世界に見立ててシミュレーションしていたそうです。そこからさらに先へと急ぎ、この終わりなき道の果てにある感動と栄光のゴールへと、刻一刻と近付いて行きました。
ポートオーガスタに吹く優しい爽風
鮮やかなオレンジ色に輝く黄昏時、南に向けて疾走していると、長旅を経てMT-07の赤いガソリンタンクカバーに積もった埃が一瞬にして舞い飛ぶ。中央オーストラリアの荒涼とした赤土から、白銀の単色に染まった塩類平原を経て、色鮮やかに彩られたポートオーガスタへ。潮の香りと共に爽やかな南風が運んできたのは、見事なまでにカラフルな景色の変化。南オーストラリアの肥沃な大地への入り口です。この先にあるのは、ビクトリア州とニューサウスウェールズ州。瑞々しいオレンジ畑、リンゴ園、小麦の灌漑農地が織りなす風景は、色彩豊かなエデンの園のよう。マレー川に沿って走る、私のヘルメットの中では思わず笑みがこぼれました。周囲の田園地帯の空気は、川岸を埋め尽くす一面のブドウ畑から放たれる、熟した果実の甘い芳香で満ちています。ジグザクに曲がりくねった田舎道。川の流れがもたらす新鮮で清涼な空気が心地良い。まるで本当に楽園まで辿り着いたかのような気分でしたね。
その晩、マレーサンセット国立公園にテントを張り、道中手に入れた極上食材を、ふんだんに使った美味しい夕食に舌鼓を打ちました。甘くて濃厚なカボチャのスープ、採れたての松の実で作ったジェノベーゼパスタ、そして口の中で豊かに味わいが広がる、地元産のシラーズワインが料理をさらに引き立たせます。真ん中に寝そべった私たちの周りを、水生植物マレーリリーの花や、若く青いユーカリの低木が取り囲む。漆黒のビロードの上にダイアモンドを散りばめた様な、澄んだ満天の星空を見上げると、私の心には一抹の寂寥感が芽生えました。このツーリングが永遠に続けば良いのに。
絶品!芳醇なオレンジの甘み
グレーターサンレージア地帯のワインディングロードを走り抜けた先で開催されていた、カントリーミュージックの野外フェスティバルに立ち寄ります。バンドのボーカルが情感たっぷりに歌い上げる、雨の降らない乾燥した大地、馬、失恋についての楽曲。そして聴衆はその歌声に耳を澄ますカウボーイたち。私たちもビートに体を預け、少しの間留まって雰囲気を味わいました。しかし大地から漂う土の匂いは魅惑的で、またすぐにでも道を走り出したい衝動は抑えられません。会場を後にして、再び停まることとなるのは、ビクトリア州の道路脇で見つけた農産物直売所。今まで目にしたことがないほど眩しく、瑞々しいその果実は抜群の甘味で、喉が潤うほどジューシー。スーパーで並んでいるようなオレンジとは圧倒的な格の違いです。その日の晩はガンバウワー国立公園でキャンプ泊。周囲に誰もいないこのオアシスでは、ワライカワセミの美しい鳴き声が、まるで近くの隣人が笑い声を上げているように、不思議に響き渡るのみでした。
夜が明け、霧がかった川面を照らし、昇る朝日。私はヨガで体を解して、そのままリチャードと一緒に水に飛び込み浸かると、身体には生命力が溢れてきました。川の水は透き通ってなくとも、清々しくて贅沢な気分。リフレッシュして再びバイクに跨り、咲き誇る桜の木々の間を縫って駆け抜けます。いつしか道は登り坂となり、眼前に姿を現したのは、オーストラリア最高峰、麗しく冠雪したスノーウィーマウンテンズの山嶺。そこからは北へと進路を変え、コスキアスズコ国立公園を抜ける途中には、道路脇でのどかに草を食べるワラビーやウォンバットの姿に驚きました。そして日が暮れると、せせらぎの美しい小川の畔で就寝。夜明けと共に、私たちを包み込むように周囲にそびえ立つ、ユーカリの木々の間から木漏れ日が差し込み、光溢れた朝を迎えました。
感動の再会、そして近付く旅の終わり
カンコーバンとキャンベラを繋ぐのは、息を呑むほど雄大な山景を臨みながら、大きく弧を描く並木道。MT-07は時に優雅に、時にパワフルに私を乗せ、コーナーを曲がるごとに、景色が走馬灯のように移り変わります。私はこの愛機を駆って、共にここまで何千キロも走行してきました。そのお陰で今では完璧に人馬一体。自信に満ち溢れて運転を楽しんでいます。
高山道路を勢い良く駆け下りると、開けた平野に脱け出ます。緩やかな連続カーブの刺激的な道を疾走し、いよいよ待ちに待った再会を求めてキャンベラへ。娘の出演するミュージカル、「ミス・サイゴン」を観劇するためです。私がツーリング中に自身のブログに投稿する日記を毎日欠かさず読み、私たち二人に自らの晴れ舞台を見せようと心待ちにしていた彼女。しかしツーリング初心者の私は、この日までに旅程を順調にこなし、予定通りにキャンベラまで辿り着ける自信がありませんでした。今この街のホテルでシャワーを浴び、身なりを整え、幕が上がるのを無事待っていられるのは、私のライディングスキルが成長した証。娘は観客席の中に私がいることを知って大喜びし、共演者全員に僻地ノーザンテリトリーからこの公演ために遥々バイクに跨りやって来た母親の大胆な行動を伝え回ったそうです。この広大なオーストラリアを横断し、自分の娘の勇姿を目にするなんて人生最高の夜でしたね。
父の出迎え、ゴールへ向かってラストスパート
翌日も巡航し、クライド山を越えてやって来たのは、絵に描いたような美しい漁村ベートマンズベイ。ここは入り江で獲れる牡蠣が有名な土地です。父の家の庭先に駐輪しようとすると、燦々と降り注ぐ太陽の日差しが、太平洋の水面に反射して輝いていました。出迎えた父の気持ちを全て物語っていたのは、ヘルメットを脱いだ私に向けて浮かべた、誇りと安堵の入り混じった表情。まだバイクに乗り始めて経験が浅いので、今回のツーリングの無謀さを憂慮していたそうですが、私自身は今こうして無事に戻り、幸せな達成感で満ちています。父は毎日自宅でインターネットに接続しては私のツーリング日記を読んで様子を気にしていたそう。川畔で共に昼食を摂りながら、アウトバック、訪れた町々、果てしない広野、土地の人々との素敵な出会いなど夢のような体験談を披露し、会話に花を咲かせました。私たちがついこの前まで滞在したのは、自国でありながらほとんどのオーストラリア人が訪れたことのない最果ての地。父の私に向ける眼差しは誇らしげでした。
一晩を父のもとで過ごし、キスで別れを告げます。いよいよニューカッスルの自宅目指して、今回のビッグループツーリング最後の道のりへと出発。幹線道路M1をぐんぐんと北上しながら、次から次へと私の脳裏に旅の思い出が浮かんでは感傷的な気分になります。思えばこの2週間半で走破したのは、6つの州を跨ぐ延べ8,OOOkmにも及ぶ長い道のり。体験して知ったのは、想像を遥かに超える真のオーストラリアの姿でした。荒野を彷徨う長旅で傷付き、埃まみれとなった愛機にふと目を遣れば、自然と芽生えてくる、共に内陸の僻地を制覇した戦友に対する友情。ドアを開け、自宅に戻った瞬間、甘く切ない気持ちが胸に込み上げます。ここで立ち止まってしまえば、本当に終焉を迎える、絶え間なく先を目指して進んできた日々。バイクの積荷を下しながら、次の目的地を固く決心します。今度のツーリングは南米からアメリカ大陸を縦断してカナダまで行こう。私の魂はどんな時も、いつまでも道の上にあると気付いたのだから。
ソーニャ・ダンカン
二人の娘を持つ母。自ら設立した環境マネジメントコンサルタント会社の経営者であり、熱烈なバイク愛好家。本格的にスポーツバイクに乗り始めたのは2015年4月からだが、総走行距離8,000kmに及ぶオーストラリア内陸部一周ツーリングを成し遂げた。現在南アメリカ最南端のチリからカナダのニューファンドランド島を経てアラスカに至る、次の長距離ツーリングを計画中。