Yamaha Journey Vol.02
ヤマハSR400に乗る日本人男性ライダー、細川博史のユーラシア大陸横断ツーリング体験談です。
旅を豊かに彩るもの、それはハッピーな出会いだ
細川博史
SR400
#02 ユーラシア:現地の穏やかな日常に溶け込む
ルーマニア ― フランス
好きな日、好きな時間に、好きなところへ。
景色を、匂いを、音を、気候を、全身で感じながら──。
未知のものと出会いを求めて、ロシアからはじまったバイク旅は、
温かな出会いと、大地の息吹に彩られていた。
ルーマニア、ギリシャを経て、イタリアを南から北へ。土地のキャラクター、人、食べものは、東西よりも 南北へと移動する際に大きく変化するが、それを肌で感じられるルート。ニースが誇る紺碧の海岸線、アルプスの山中にあるステルビオ峠などを経て、総走行距離は7,000キロメートル。
映画で恋したあの街。それにそっくりな村がここ。
マンダニーチ、シチリア、イタリア
こんなに眩しい場所がある。だから旅やめられない。
アルベロベッロ、イタリア
たくさんの時を刻んできた街は、いつだって奥ゆかしい。
リヨン、フランス
どこまでも潔いブルー。南の青は美しい。
ニース、フランス
シチリアが僕を呼んでいる
ルーマニア、ギリシャを経て、イタリア南部に入ったのは同年の8月11日。出発から2ヵ月半が経ったころだ。最初シチリアはパスして南から北へと走りだしたものの、高速道路で通行止めを食らったときに、ふと「これはシチリアに向かえという意味だ」と直感したんだ。そうしてシチリアに渡り、直後にオイル交換の時期がやってきたので、地元のバイク屋に向かったら、店員がまったく英語を話せなくてね。そこで通訳を買って出てくれたのがディエゴというバイカー。このとき僕が走ってきた道程をマーキングした世界地図を広げて見せたら、みんな驚いて僕に興味を持ってくれた。ディエゴもそのうちのひとり。「好きなだけうちに泊まっていけ」と招いてくれた。ただし正確にはディエゴも居候で、あそこは彼のガールフレンドの両親の家。居候が、居候を連れてきたというわけ(笑)。
イタリアの田舎暮らしを味わう
その家はシチリアのマンダニーチという人口700人くらいの村にあって、保守的な田舎にはよくある話だけど、村人は外から来た人に対して少し警戒する。だから村の人と一緒じゃなかったら、マンダニーチは僕にとって何もない村で終わっていたかもしれない。ところがディエゴと一緒だったから、みんなして「マミーが旨いリキュールを作ったから飲みに来い」とか「今晩はうちに肉料理を食べに来ないか」と誘ってくれる。娯楽の少ない静かな田舎だけあって、外国人がやって来ただけでちょっとしたニュースなんだ。
ローマやベネチアにも行ったけど、マンダニーチは理想的なイタリアの田舎といった趣きだったな。本当に居心地が良かった。滞在中の僕の日課はペットボトルでの水汲み。彼らは「コーヒーにはこの湧き水」「料理にはこの湧き水」と村に何カ所かある湧き水を使い分ける。ほかにも「今日は肉料理だ」と言われれば、それにぴったりのローズマリーを山まで摘みに行った。そういえばイタリアではサラダが驚くほどうまかったし、自家製のトマトソースで調理されたスパゲティも最高。いくら長旅をしても現地の人の日常に溶け込める機会はめったにないし、地域ぐるみで僕のことを受け入れてくれた土地はそれほど多くはない。あそこに3週間近く滞在できたことは本当に幸運だった。
南欧の大らかさが肌に合っている
南欧でもう一カ所、縁あって長居した場所がある。フランスのニースだ。一度はフランスを出て、二度目のイタリアに入った直後のこと、バイクに軽度のトラブル が見つかった際に「ニースに腕のいいメカニックがいる」と教えられたのがダミアンだった。当時「Old Racer」というバイクショップを営んでいた彼とは、会ったその日に通じ合い、お互い下手な英語で夜まで話し込んだ。昔のバイクのこと、憧れのレーサーのこと、日本人も知らない日本のことなんかをね。それをきっかけとして彼の家族とも食卓を囲ませてもらったし、現地の人たちとも仲良くさせてもらった。一度イタリアに入った僕が、イタリアを出てニースに引き返したのは、ダミアンと出会うためだったに違いない。生まれも、言葉も、歳も違うのに、彼とはすごくウマが合う。特別な存在だ。
イタリアにしてもフランスにしても、北か南かといわれれば僕には南が合っている。食事が旨くて、誰もが陽気で、みんな人生を謳歌しているからだ。「明日遊びにいこう」と約束しても、翌日には「え、なんの話?」と本気で忘れてしまうほど大らかなのも心地がいい。旅をしていた3年半の間には、シチリアとニースには何度となく足を運んだけれど、シチリアのディエゴと、フランスのダミアンは、一生つきあっていく友人になるのだろうね。
細川博史
1977年神戸生まれ。大学卒業後、バイク関係のWebサイトを起ち上げる。その運営を経て、2009年から3年間に渡って世界を巡る旅に。愛車はYAMAHA SR400。これまでにバイカー、バックパッカーとして足を踏み入れた国は50カ国以上。現在はWebコンテンツ制作する編集者として東京で暮らしている。