55mph - Roots. Vol.01
ヤマハ TRACER9 GTで走る、河西啓介と桐島ローランドによる四国・高知6日間のツーリング旅紀行です。
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Vol.1 日常からの脱出
ウィルスの脅威に晒された閉塞感の中で、誰もが渇望する “自由な移動”への思い。その長いトンネルの先にかすかな光が見え始めたいま、僕らはモーターサイクルで旅を試みる。東京から四国・高知を往復するグランドツーリング。それは不自由な暮らしのなかで見失いそうになる、自分たちの“原点”を確認する旅でもあるのだ。
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「移動の自由」を求めて
今から2年前の2019年末、僕とフォトグラファーの桐島ローランドは、ポルトガルからスペインを経てアフリカ・モロッコをめぐるバイク旅に出かけた。そのきっかけはヤマハが1980年代に発行していた『55mph(55マイル)』という冊子にある。
「MOTORCYCLE UTOPIA(モーターサイクル・ユートピア)」というコンセプトを掲げたこの冊子には、世界のさまざまな場所にオートバイで出かけ、そこで撮った写真を大胆にレイアウトし、そこに行くことでしか得られない経験や体験を綴るという、とても贅沢な紀行記事が掲載されていた。
ちょうどバイクに乗り始めた頃、その記事を読んで大いに影響を受けた僕とローリー(桐島ローランド)は、50代になりあらためて、あの『55mph』のようなバイク旅をしてみたい、そう思った。その旅の様子は新生『55mph』のウェブや冊子のコンテンツとして伝えることができた。 ▶55mph - This is Africa! Chapter01
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だが、そのときの僕らは知る由もなかった。旅から戻った直後、未知なるウイルスの脅威により、世の中が一変してしまうことを。世界はおろか、日本国内でさえも自由な行き来は制限され、もちろんオートバイでの旅にも、思うように出かけることはできなくなった。
そうして2年近く時が経ち、やがて長いトンネルの先に希望が見え始めた。世界は失われた時間を取り戻そうと動き出している。ひとつ思いがけないことに、この不自由な状況が「自由な移動」への憧れや「個の移動」への意識を高めることになり、オートバイという乗りものが見直されるきっかけとなった。そして僕とローリーの中にも、もういちどバイクで自由な旅に出かけたい、という気持ちが湧き上がっていた。
ルーツを辿る、高知への旅
11月、僕らはふたたび旅に出ることにした。海外への渡航はまだ難しいが、では国内を巡ろうということになった。日本を見つめ直す、いい機会なのかもしれない。行ってみたい場所はいくつかあったが、行き先に決めたのは高知県の土佐だった。スコットランド系アメリカ人の父と日本人の母を持つローリーの、母方の祖先はかつてこの地に住む武士だったという。50代という年齢もあってか、自分の“ルーツ”を辿るということには、何か特別な意味があるように思えた。いっぽう僕にとって高知というのは未踏の地で、予てから行ってみたいと思っていた場所でもあった。
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旅の計画を立てる中でひとつ考えたのは、この『55mph』なる世界観をあらたな仲間と共有したいということだった。できれば僕らより若い、かつての『55mph』を知らない世代のライダーがいい。そこで僕とローリー、それぞれの友人からレイナとタニャという二人の女性ライダーをこの旅に誘うことにした。
レイナはかつてダンスの世界大会で優勝したほどのアスリート、いっぽうで和装をたしなむという面を持ち、海や動物をこよなく愛する。多様な才能と興味を持つ女性だ。タニャはロシアで生まれ、オーストラリアで暮らし、現在は日本で働いている、マルチリンガルな才媛だ。二人に共通するのは旅とバイクをこよなく愛するということ。ライダーとしてのキャリアはさほど長くはないが、二人となら一緒にこの旅を楽しめるだろう、という気がした。
4台で旅する6日間、2000km
11月半ば、東京から高知へ向かう、6日間のツーリングがスタートした。距離は往復で2000kmあまりとなるはずだ。単純に日割りしても1日300km以上、それが連日続くのだから女性二人にとってはもちろん、僕とローリーにとってもそれなりにハードな旅になるだろう。長く続いた自粛生活で鈍った身体にとってはなおのこと、かもしれない。
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旅の相棒として、僕とローリーが乗るのはヤマハのTRACER9 GT。TRACER9 GTは888cc3気筒エンジンを積むネイキッドスポーツ「MT-09」をベースに、ハーフカウルを装着したツーリングモデルだ。さらに「GT」は前後サスペンションをグレードアップ、クルーズコントロールシステム、グリップウォーマー、フルカラーTFTメーターなどの快適装備が追加される。ロングツーリングに出かけるのには最高のバイクだ。
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173cmという長身のタニャは、テネレ700を選んだ。2年前のグランドツーリングで僕とローリーが乗ったバイクだ。オンからオフまで高い走破性を備えたテネレは、長距離ライドの負担、不安を軽減してくれるだろう。モーターのようなスムーズさで回る688ccの並列2気筒エンジンは乗り手が求めるパワーとトルクを即座に提供し、高速からワインディングロードまで意のままに走らせることができる。
4人の中ではもっともキャリアの少ないレイナ(とはいえ大型二輪免許所持者だが)には、ネイキッドスポーツ「MT-07」がよいのではないか、ということになった。テネレと共通の688cc並列2気筒エンジンはとても素直で扱いやすく、コンパクトな車体はテネレより約20kg軽いから取り回しもラクだ。カウルを持たないため高速走行では風を受けるが、それを差し引いてもMT-07の身軽さは大きな利点だ。
京都へ
よく晴れた早朝の東京・丸の内。ローリーとともに“ルーツ”をめぐる僕らの旅はスタートした。まずは初日、目指すのは京都だ。東名、名神と高速中心に走る約450kmの道のりになる。クルマならたいした距離ではないかもしれないが、バイク4台で走るのは、決してラクとは言えない。しかし走り出した僕らの胸の中は、高まる気持ちでいっぱいだった。それは抑圧された自粛生活から脱出する歓びであり、このバイク旅を通じてあらためて日本の豊かな自然や美しい風景を見つけたいという期待によるものだった。
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東京から高知を目指す僕らのグランドツーリングが、始まったのだ。
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桐島ローランド
1968年生まれ。ニューヨーク大学芸術学部写真科を卒業しフォトグラファーに。雑誌および広告写真などを中心に活躍する。現在はCyberHuman Productionsのテクニカルアドバイザー。学生時代からバイクに親しみ、オン/オフ問わずレースにも出場。2007年ダカール・ラリーに出場し完走を果たす。
河西啓介
1967年生まれ。早稲田大学卒業後、 広告代理店勤務を経て自動車雑誌『NAVI』編集部員に。オートバイ雑誌『MOTO NAVI』、『NAVI CARS』などを創刊し編集長をつとめる。現在はフリーランスのモータージャーナリスト、編集者、プロデューサーとして活動する。