55mph - This is Africa! Chapter 02
ヤマハ テネレ700で走る、河西啓介と桐島ローランドによるヨーロッパからモロッコまでのグランドツーリング旅紀行です。
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ヨーロッパからアフリカへ!
ヤマハ最新のアドベンチャーモデル「テネレ700」で、桐島ローランドと河西啓介、50代の男2人がヨーロッパ、そしてアフリカを目ざすグランドツーリングに出かけた。ついにアフリカ大陸へとわたった一行を待っていたものは?
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想像以上のグランドツアラー
テネレ700でポルトガル、スペイン、モロッコをめぐるグランドツーリングが始まった。出発地は2007年、桐島ローランドがパリ・ダカール・ラリーに出場したときのスタート地点と同じ、リスボンを代表する観光名所、世界遺産にも指定されているジェロニモス修道院だ。
ヤマハ・モーター・ヨーロッパでバイクをピックアップし、リスボン市街で取材用の撮影を終えると、すでに午後2時を過ぎていた。この日の目的地であるスペインのセビーリャまではおよそ500km。もともと高速道路で一気に移動してしまおう、というつもりではあったのだが、それにしても出発がかなり遅くなった。ただでさえヨーロッパの冬は日没が早いというのに、これから東京―大阪間ほどの距離を走るのだ。
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いざ走り出すと、12月とはいえ温暖な南ヨーロッパの空気、雄大な風景に焦る気持ちは次第に緩んでいった。くわえてポルトガルの高速道路は交通量が少なく、とても走りやすい。自然とアベレージスピードは上がり、トリップメーターは思っていたよりずっと早くその数字を増していった。
テネレのツアラーとしての性能の高さも、距離を感じさせない要因だった。698ccのパラレルツインエンジンはまるでモーターのようなスムーズさで回り、乗り手がそのとき欲するパワーとトルクを忠実に提供してくれる。彼の地120km/hという法定速度内において、物足りなさや痛痒を感じることはいっさいなかった。
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途中、給油のために立ち寄ったサービスエリアでバイクから降りたとき、思わずローリー(桐島ローランド)と目配せしてしまった。それはお互いに感じていた「このバイク、いいよね……」という感想のやり取りだった。バイク歴30余年となる僕らをもってしても、テネレの走りっぷりは想像以上だったのだ。
アドベンチャーモデルには、当然のことながらダートやオフロードでの走破性が求められる。だがテネレ700はその性能を担保しながら、高速での直進安定性には揺るぎないものがあり、かつ乗り心地もしなやかだ。まだ走り始めたばかりだったが、それでもグランドツアラーとして相当なパフォーマンスを持っていることを確認するには十分だった。
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ジブラルタル海峡を渡る
セビーリャまでまだ200km以上を残した時点で陽が落ちた。その後は灯りの少ない高速道路を淡々と走り続け、午後9時過ぎ、リスボンを出発してから約7時間後、ようやくセビーリャ市街のホテルに辿り着くことができた。
セビーリャはアンダルシア州の州都であり、スペイン南部の政治、経済、文化の中心たる街だ。長い歴史をもつ古都でもあり、世界遺産となっているカテドラル(大聖堂)をはじめ、たくさんの歴史的建造物が建つ。だが、先を急ぐ僕らに、ゆっくり観光を楽しむ余裕はなかったのだが……。
翌朝早く、街を出る前に世界最大の木造建築「メトロポール・パラソル」の周辺で撮影を済ませると、次なる目的地であるタリファを目ざして走り出した。イベリア半島最南端に位置するこの街からフェリーに乗り、アフリカ大陸の入口、モロッコへとわたるのだ。
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セビリアからタリファへは約200km。高速道路を急ぎ、昼過ぎには港に着くことができた。だがタイミング悪く、フェリーは出たばかり……。僕らはランチをとり、地元のツーリングライダーと会話を交わしたりしたりしながら船を待ち、午後遅めの便に乗りこんだ。
ヨーロッパからアフリカへ。2つの大陸を隔てるジブラルタル海峡をわたる。大西洋と地中海をつなぐ出入り口として軍事上、海上交通上、古代から現代まで、極めて重要な位置を占めてきた海峡だ。だがその幅は意外に狭く短いところで10数キロ、フェリーに乗っているのはわずか40分ほどだ。旅の感傷に浸る暇もなく、船内にあるイミグレーションで入国審査の列に並んでるうちにモロッコの港、タンジェに着いてしまった。
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ディス・イズ・アフリカ
だが、時間がかかったのはそこからだった。下船した僕らを待ち構えていた税関で、係員から何度も質問を繰り返され(対応したのはヤマハ・モーター・ヨーロッパのスタッフでこの旅に同行してくれた、ポルトガル人のルイスだったが)、2時間近く足止めをくらった。「ひょっとしたら入国を許されず、このまま返されるんじゃないか?」と思ったぐらいの執拗さだった。ようやく開放されてタンジェの街に入った頃には、陽はとっぷりと暮れていた。
日本人がオートバイに乗ってモロッコへとやってくる。それだけで彼らにとっては“奇異な”ことに映ったのかもしれない。たった40分の船旅だったが、ここで何らかの “ボーダーライン”を越えたんだなと、僕は実感した。
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港を出て、タンジェの街を走り出すと、その感覚はいっそう強くなった。路上はクルマやバイクで溢れかえっていたが、それだけではない。自転車、歩行者、馬や犬などが、突然目の前に現れては、横切っていく。どんなに大きな交差点でも信号はなく、ラウンドアバウト(円形の交差点)をグルグル周りつつ、タイミングを図りながら自分の行きたい方向へと進んでいく必要がある。
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その路上の様子に僕が目を白黒させていると、横に並んだローリーが言った。「This is Africa!だね」。ディス・イズ・アフリカ、初めて聞く言葉だった。彼はこう教えてくれた。「TIA、ビジネスや旅行で、欧米では起こり得ないようなアクシデントやトラブルに遭ったときに使う言葉。“これがアフリカなんだよ”って意味でね。開き直りと言うか諦めと言うか」。
タンジェ港での足止め、路上の混沌とした状況。モロッコにわたりたった数時間だが、ローリーの言った「This is Africa」という言葉に、なるほどと頷けた。そしてこれから僕らが見たり、経験したりするだろう「TIA」な出来事を思い、期待と不安で胸は高鳴っていた。
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桐島ローランド
1968年生まれ。ニューヨーク大学芸術学部写真科を卒業しフォトグラファーに。雑誌および広告写真などを中心に活躍する。現在はCyberHuman Productionsのテクニカルアドバイザー。学生時代からバイクに親しみ、オン/オフ問わずレースにも出場。2007年ダカール・ラリーに出場し完走を果たす。
河西啓介
1967年生まれ。早稲田大学卒業後、 広告代理店勤務を経て自動車雑誌『NAVI』編集部員に。オートバイ雑誌『MOTO NAVI』、『NAVI CARS』などを創刊し編集長をつとめる。現在はフリーランスのモータージャーナリスト、編集者、プロデューサーとして活動する。