本橋明泰
ヤマハが過去に参戦してきたレースのライダー詳細をご覧いただけます。
本橋明泰 もとはし あきやす
日本
Born: 1939年10月
同年代に伊藤史朗や高橋国光らがいる。21歳でアマチュアレースを始めた遅咲きのライダーだが、'62年にヤマハと契約。同年秋の第1回全日本選手権ロードレース(鈴鹿サーキット)でノービス250cc予選1位を獲得(決勝DNF)し、頭角を現す。'64年からはシンガポールGPやマレーシアGPなど、アジアの国際レースで数多くの勝利を獲得。
また世界GPでも、屈指の歴史と伝統を誇るマン島TTやダッチTT、母国・日本GPにスポット参戦。3つの表彰台('66年日本125cc3位/'67年マン島125cc3位・日本250cc2位)を獲得した。 その後'77年を最後に引退するまで、ファクトリーマシン開発ライダーを務める傍ら、国内やアジアのビッグレースで活躍。金谷秀夫、高井幾次郎、平忠彦ら後進の育成にも力を注いだ。
Year | Class | Result & Pole position | Machine | ||||
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1964 | 125cc | 24位 | PP: 0回 | 優勝0回 | 2位0回 | 3位0回 | RA97 |
1966 | 250cc | 14位 | PP: 0回 | 優勝0回 | 2位0回 | 3位1回 | RD05 |
1966 | 125cc | 8位 | PP: 0回 | 優勝0回 | 2位0回 | 3位0回 | RA97 |
1967 | 250cc | 9位 | PP: 0回 | 優勝0回 | 2位1回 | 3位0回 | RD05A |
1967 | 125cc | 12位 | PP: 0回 | 優勝0回 | 2位0回 | 3位1回 | RA31 |
※ヤマハファクトリーチーム在籍年、ヤマハファクトリーマシンに乗車した年、ヤマハ市販マシンでランキング5位以内となった年の成績を紹介しています。
(世界GPまたは世界F750)