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“世界を駆ける”日本人モトクロスライダー誕生をめざす
ヤマハの人材育成「ダグトレ」開催
2016年8月25日
飛び立つためのバネを巻く
8月2-3日、全日本モトクロス選手権の会場としても知られる名阪スポーツランド(奈良県)に、YZの野太いエキゾーストノートに混じって、熱意のこもった声が響わたった。この日行われていたのは、ヤマハがサポートする全日本モトクロス参戦チームから選抜された若手ヤマハライダー対象のトレーニング合宿。そして声の主は、指導を担当するダグ・デュバックだ。世界最高レベルを誇るAMAスーパークロスやモトクロスで、ヤマハのファクトリーライダーとして活躍した人物である。
ヤマハライダーたちの間では、「ダグ・デュバックのトレーニング」、略して「ダグトレ」と言われ親しまれているこの合宿は、2015年に第1回を行い、今年で2回目となる。開催当時の目的を単刀直入に言えば、全日本での活躍を視野とした若手ヤマハライダーのレベルアップであったが、現在はもっと大きな役割がある。
そもそも、「ダグトレ」を開催することとなったのは2015年。若手育成を担うユースチーム「YAMALUBE RACING TEAM」に加入した渡辺祐介をトップライダーに育てるべく、アメリカはカリフォルニアに拠点を置くダグに預けたことが発端だ。もちろん、本人の努力も大いにあったが、その手腕は、渡辺がIA2トップライダーとして活躍する姿で証明された。こうして1回目が開始されることとなったのだが、この後、新たな役割をダグに担ってもらうこととなった。
ヤマハは国内で、将来有望なライダーを育て、次のステップに送り出す役割を担うユースチームと、全日本チャンピオンの獲得を使命とする「YAMAHA FACTORY RACING TEAM」を持つ。さらには、アメリカ、ヨーロッパというモトクロスの本場にも、世界の最高峰で戦うトップチームを有している。これらのチームは実力主義であり、勝てるライダーを登用してタイトルを狙う。もちろん、実力があれば日本人もそのシートにたどり着くことができる。
ヤマハとしてチームは用意した。しかし、そのチームに上がってきてもらうための「バネを巻く」育成システムについては構築できていなかった。日本の若手ヤマハライダーにとって「ダグトレ」は、そのバネを巻いてもらう場。まだ微力かもしれないが、「ダグトレ」をユースチームにふさわしい人材育成の場と位置付け、刺激を与えて潜在能力を引き出し、情熱を見極め、世界の舞台を駆けることのできる日本人ライダーを発掘するプロジェクトの一旦としたのである。言い換えれば、ユース、ファクトリー、海外という日本から世界へ続く一本の道筋(ステップアップ)のスタート地点としての役割を持たせたのだ。だからこそ、日本のスタンダードではなく、世界のスタンダードを学ぶことができる「ダグトレ」が必要だった。
情熱より正しい基礎
今回参加したライダーの多くは、すでに全日本レベルで、一般人をはるかに超えた能力を持っている。しかしダグの指導は今回も一貫して基礎であり、最初は皆、懐疑的な表情にも見えた。しかし、すぐに驚きと、ダグの要求する走りを具現化できない悔しさがにじむこととなった。なぜなら、その指導はすべてが世界基準だからだ。「基礎を知らないわけではない。世界レベルの基礎を知らないだけだ」と言わんばかりに、熱を帯びた指導が続いた。
時間が経つに連れ、ライダーの目が、耳が、ダグのすべてに向けられるようになってきた。慣れないテクニックにミスが続き、何度も何度も繰り返しトライする。それに対してゲキが飛ぶ。「君たちの最速の走りではなく、正しいテクニックが見たい」、「正しいか間違いか、自分の中で理解すること、それが大切だ」。
ダグには一つの指導理念がある。「情熱は何をするにも絶対に必要だよ。だけど情熱だけではいつか限界がくる。では何が重要なのか? それは正しい技術、正しいライディングを理解することだ。ブレーキやコーナーでのリーン角、その時のスピード…。正しいライディングをすることで、限界がなくなっていくんだ」。だからこそ、ダグは徹底して基礎から正しいライディングを教えているのだ。
少しずつ、理解を深め要求された走りを具現化させるライダーたち。すると今度は、個別に声をかけはじめ、良いところを褒め、次のステップに促していった。繰り返しになるが、2日間のメニューはすべて基礎だった。アクセル、ブレーキの使い方。ライン、コーナー、スタート。それでも、トレーニングを終えたライダーたちの多くは、充実感とともに、それぞれの目標に向け、自分を改革する決意をにじませていた。
この合宿にゲスト参加していた渡辺祐介(YAMALUBE RACING TEAM)は、「ダグさんの最大の特徴は、ライダーに寄り添えること。ライダーの気持ちを常に考えながら、ライダーの視点ですべての話をしていく。それでも最初は、信用しきれなかった。自分で築きあげたものがあったから。でも、ダグさんのことを信じついていったことで、走り方、タイムが変わり大きなステップアップが待っていた」と話した。
同じくゲスト参加した平田優(YAMAHA FACTORY RACING TEAM)は「スタートの悩みを相談したら、具体的かつ新しい発見があった。AMAのトップライダーとして、また多くのライダーに指導をして積み上げてきたノウハウには脱帽。もっと早く会いたかったし、もっと深い部分についてたくさんのことをダグさんから学びたい」と、「ダグトレ」の価値を語ってくれた。
1ヶ月後、そして来シーズン、どれだけのライダーが、それぞれの目標に到達できているだろうか? 「信じるか、信じないか」「やるか、やらないか」。近いうちに、世界を狙える人材が生まれてくることを期待したい。
ダグからのメッセージ
「みんなレベルは高い。IBからIAに昇格しているライダーもいるように、昨年のトレーニングから大きな進化が見られた。今回のトレーニングでも感じたことだが、取り組む姿勢も目をみはるものがある。みんなが真剣に私の話を聞いてくれ、それを信じて繰り返しトライしてくれた。着実に上手くなっているし、もっと成長したい、もっと速くなりたい、チャレンジしたいという、向上心も見えてとてもうれしかった。みんな、ユウスケのようになれるし、もっと言えば世界をめざす資格を持ったライダーだ。なんだってできると思って欲しい。正しい走りを習得し、経験を積めば成功できるんだ。
アメリカンライダーの強さは、とても多くのコースがあり、そこに速いライダーがたくさんいて、学ぶ機会も多いことが大きな要因だ。医者でも、弁護士でも、どんな職業も同じことだが、向上するには、良き手本と学びやすい環境が大切だ。アメリカにやってくる日本のライダーたちも多いが、こうした強い熱意は常に必要で、参加してくれたみんなには、環境を求めるのも、技術を高めるのも、言葉にするだけでなく、実際の行動に移してほしい。次の名阪、そして来年、どれだけ速くなっているかを楽しみにしているよ」
プロフィール
ダグ・デュバック
国籍:アメリカ(カリフォルニア)
生年月日:1963年6月30日(53歳)
AMAスーパークロス(SX)やモトクロス(MX)で、ヤマハのファクトリーライダーを務め、SXでは1回の優勝を含む3回、MXでも3回、通算6度の表彰台を獲得している元トップライダー。その後もレースを続け、ベテランズ・モトクロスでは25回の優勝を誇る。このほか、ヤマハのテストライダーや指導者、実業家など、多彩な顔を持つ。
指導者としては、ライダーの立場で、科学者的に物事を見つめ、まるで手術を行うかのような細かく丁寧な指導から「Dr. D」というニックネームで呼ばれている。53歳になった現在も、週2・3回のライディングをこなし、週末はレース現場に足を運んで最新のテクニックを吸収し、常に進化し続ける勉強家。日本人ライダーの指導では、2015-2016年に渡辺祐介の指導を行い、IA2トップライダーへと導いた。
「ダグトレ」を終えて
IA2
フライングドルフィン サイセイ
浅井亮太選手(17歳)
「成績に安定感がないことが課題でした。なぜそうなってしまうのか、原因もわかりませんでした。自分なりに考えたのは感覚で乗っているからだと思います。頭でわかっていないから、イイ時もあるけど、悪い時もある。ダグトレでは基本的なこと、例えばラインの取り方、コーナーの走り方、ブレーキングなどを教えてもらいました。でも、トップライダーにとっての基本すら、僕はわかっていませんでした。それがわかったことだけでも大きな収穫です。そして、自分の乗り方を変えるきっかけになりました。気持ちが足りないと思っていましたが、それだけではありませんでした。習ったことをしっかり考えます。いつか海外でレースをしたいので。本当にイイきっかけになりました」
YSP HAMAMATSU RACING TEAM
笠原氷河選手(18歳)
「今回で2回目の参加になりますが、毎回とても楽しみにしています。なぜなら、すべてのことがビックリするような内容で、それが次々と出てくるからです。逆に言えば、いかに基礎ができていないかが理解できてヘコミますが、それだけ伸び代もあるのだとを感じています。実際、コーナーの走り方を変えてみたところ、タイムも上がり、上達していることも実感できています。もっと早く知っていれば、もっと早くダグさんに出会っていればという思いもありますが、今からでも遅くないし、ダグさんの教えを信じ、まずIA2でのトップ6入りを目標にがんばります」
TEAM エム FACTORY
鳥谷部晃太選手(18歳)
「スタート直前に集中する時間が長すぎる。集中する時間は短い方がいい。これはほんの一部ですが、こうしたノウハウがたくさん散りばめられているのがダグさんのトレーニングです。ローギアを使いすぎるクセを指摘され、フロントブレーキの使い方を学び、自分では良いと思っていたことが、実は間違っていることがたくさんありました。なかなか治すのは難しいのですが、速くなるためには必要なことと理解し、すべてを受け入れたいと思います。今年からIA2にあがり戦っていますが、安定した順位を出せていないのが現状です。来年の今頃には、トップグループに届くところでレースすることが目標なので、ここで学んだすべてを実現できるよう努力します」
名阪レーシング
長谷健太選手(22歳)
「自分の頭の中にある、なんとなくが、みるみるクリアになっていきました。コーナーは、多くのライダーが迷っている部分ですが、僕も同じでした。指導を受けてからは、ツッコミを重視する走りからスムーズさを追求するようになりました。なぜそうすべきなのか、どうすればスムーズに走ることができるのかの具体的な説明があり、納得して取り組める面は非常にありがたいですね。また、コーナーごとのバンク角や、路面のグリップを数値化する発想は、とてもおもしろく感じましたが、トップライダーはそれだけ綿密に考え、実践していることを知り、自分の甘さに気付きました。僕はまだIA2で十分に戦えるレベルにはありません。まずはポイントを取ること、次に安定して結果を残すことを目標に、ベースアップを図ります」
チーム ピットイン
松浦勝志選手(21歳)
「ランキングを上げるには、当たり前ですが今よりも速く走ることが必要です。でも、コーナーでブレーキを引きずる癖があり進入が遅い。ライン取りも迷いがあります。変えたいと思うことはたくさんあるけれど、正直に言えば、どうすれば解決できるのかがわからないのです。ダグさんの指導には、僕の疑問を解決してくれる要素がたくさん含まれています。丁寧で、わかりやすいこともありがたい。それ以外にも、自分では気付かなかったこと、視線が低いから次のラインが選べていないなど、小さな気付きを与えてくれました。ダグさんのようなプロの指導者に教えてもらう機会はないので、それだけで満足してしまいがちですが、それでは意味がないので、できないことをできるようにし、来年は成績を上げて恩返しをしたいと思います」
IB
レーシングチーム鷹
金子友太選手(18歳)
「コーナーへのアプローチが、僕がこれまで教わり、実践してきたこととまるで違うものでした。ツッコミを重視していたけれど、疲れないし安定しているから、スムーズに走ることが大切なんだと。自分が慣れ親しんだ乗り方を変えるのは簡単ではありません。これまでやってきたことを捨てるのもきつい。でも、速く、勝てるライダーになるには、その方が理にかなっていることはわかります。実際、スムーズに乗ることを意識して走ると、コーナーに余裕が生まれました。今年は怪我でレースを走っていませんが、来シーズンはIBで勝って、IAにあがり、そこで勝てるライダーになりたい。そのためにも、教わったことを身につけ、前に進みたいと思います」
Y’sレーシング
佐々木麗選手(17歳)
「メンタルが弱く、練習でできることがレースになるとできません。開幕から少しずつIBのレースにも慣れてきたのですが、まだまだトップレベルのライダーにはついていけない状況です。ダグさんのトレーニングは、僕にとって貴重な体験であり、テクニックを学び自信を持ってレースができるようになりたいと思って参加しました。ラインの選び方、ギャップに入った時にマシンが暴れない走り方、スピードが乗ったスムーズなコーナーリング。これまでできなかったことにトライし、知らないことをたくさん体験しました。まだ何もできるようになっていませんが、これらを意識して乗るようになったこと自体がとても大きなことです。僕には、海外で走りたいという目標があります。きっと長く厳しい道のりだと思いますが、そのために必要なことを学べた気がします」
レーシングチーム鷹
西垣魁星選手(18歳)
「日本で戦えるライダーをめざすなら、日本人の発想で練習すればいいのかもしれません。だけど僕の目標は世界で戦うこと。ダグさんが教えてくれることは、基本的なことかもしれませんが、それが世界トップを経験した人が勧めることなのだから、それを信じてやることが大切です。特にコーナーの走り方は、大きなプラスがありました。今の乗り方に加え、もう一つバリエーションが増えたのです。それにより、コースコンディションやレースの状況によって使い分けることができます。今レース自体はうまくいっていませんが、ここで学んだことを忘れず、またここで悪い流れをリセットして、後半戦は勝ちにいきます。来年はIA2でトップ争いをしなければなりません。そのためにも、今回は有意義な時間となりました」
レーシングチーム鷹
町田旺郷選手(17歳)
「僕の欠点は、前半でペースが上がらない、コーナーの体の硬さ。そして、レースになった時、先を考えられないこと。余裕がなく、いつもバタバタしています。レースへの準備ができていないためだと思うし、走りに幅がないこともその原因かもしれません。昨年も、ダグトレには参加しましたが、いろいろと教えてもらったのに、それを忘れ、実現できていないことも情けないなと。ダグさんは“スムーズな走りを”と、何度も話していました。まず日本でトップに立つには、今のままではいけないことがわかりました。そういった意味では、本当に重要な機会になっていると思います。YAMALUBE RACING TEAMに入ることが目標ですが、そのためにも来年の今頃にはIAでトップ争いをしていたい。簡単ではないけれど、今回教わった基礎をしっかりと身につけて、少しでも目標に近づけるようがんばります」
レディース
名阪レーシング
安原さや選手(25歳)
「昨年は、見学という形で参加させてもらいました。普段は、誰かに教えてもらう機会はほとんどなく、Youtubeを見て自分で考えることくらいしかできない状況で、今の自分にはもう伸び代が残っていないと思っていました。だから、ダグさんから聞いたことはすべて取り入れました。もっと速くなれる可能性を感じたからです。その結果、後半戦に2勝でき、悲願のチャンピオンにつながりました。今回はもっと速くなりたいという思いで参加しましたが、これまでより、さらに突っ込んだ話が聞けたし、新たなテクニックも教わりました。できれば、定期的にダグさんに教えてもらいたい。そうすれば、もっと速くなれると思います」
主催者より
佐藤光幸
(YAMALUBE RACING TEAM監督)
「ダグトレは、全日本や地方選手権に参戦するヤマハライダーのレベルアップを目的に昨年からスタートしました。各チームに監督や先輩ライダーから技術を学ぶ環境はありますが、プロフェッショナルによるトレーニングを取り入れることにより、プラスアルファを生み出し、クラブチームの手助けをできればと考えました。指導に当たってもらうのは、ユースチームの渡辺選手も見てもらい、彼の成長に大きく寄与してくれた、ダグ・デュバック氏。狙いとしては、日本人の発想ではなく、世界トップレベルが考えるモトクロスの基礎を、日本のライダーに知ってしてもらうこと。もっと言えば、日本でトップライダーになってほしいというだけでなく、世界をめざしてほしいというメッセージを込めての人選です。
オーダーメイドとはいきませんが、ダグ氏は個々の欠点、弱点、間違いを見つけて正す丁寧な指導を行ってくれます。若いライダーたちの真剣な眼差しに応えるように、ダグ氏も真剣に向き合う。逆にダグ氏の真剣な指導に引き込まれるようにライダーたちの眼差しも変わっていく。その相乗効果でとても質の濃い時間を過ごせたのではないかと思います。ダグ氏の指導がすべてではありませんが、ライダーがダグ氏の言葉を信じ、正しいスキルを身につけてくれれば幸いです。逆にスタイルを変えずに、引き出しの中にしまっておいてもらって、壁にぶつかった時に、思い出してくれてもいい。とにかく、参加したライダー全員が、走りの幅を広げ、少しでも上達してくれればと思います」