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2003世界選手権 モトクロスGPクラスチャンピオン
ステファン・エバーツ選手インタビュー
2003年9月16日

 モトクロスGPクラスでチャンピオンに輝いたステファン・エバーツ選手は、ヤマハファクトリーライダーのなかでも最も偉大なライダーのひとりである。ベルギー出身の30歳。彼は今シーズン、7つ目の世界タイトルを手中にし、通算のGP優勝回数を72回にまで伸ばした。これはいずれも史上最高の記録だ。

 2001年にヤマハチームに加入し、ヤマハL&Mモトクロス・チームから出場して3年連続でチャンピオンを獲得。2001年と2002年は500ccクラスで、2003年は新しく生まれ変わったモトクロスGPクラスでの活躍だ。

 そして2003シーズンの最終戦、彼はまたひとつ新たな記録を打ち立てた。125、650、モトクロスGPという3クラスにエントリーを果たし、そのすべてを制するトリプル・ウイン。今シーズン序盤に達成したダブル・ウインの記録を自ら塗り替える快挙となった。


■7度目のタイトル獲得おめでとう。このタイトルは今までの6回と何か違うところがありますか? それは何ですか?

 「今回のタイトルはとても特別なものなんだ。というのも、昨年までは250cc世界選手権と500cc世界選手権があって、それぞれに優秀なライダーがいたが、今年始まったモトクロスGPクラスには、そうしたトップライダーがすべて集中して参戦した。だから、そのクラスでチャンピオンになるということは、本当の頂点に立ったことを意味している。マイケル・ピションは2年連続で250ccクラスのチャンピオンだし、ヨエル・スメッツも5つのタイトルを持っている。彼らふたりは間違いなく偉大なライバルで、そのふたりを抑えて頂点に立てたことを誇りに感じている。同時に僕ら3人は世界のトップ3と言えると思う。でも1997年250ccでのトーテリとの戦いも印象に残っているよ。7つのタイトルのなかで最も大切なもの? それはやっぱり答えるのは簡単ではないね」

■シーズン序盤は少し苦しい時期がありましたが、それを見事はねのけて9連勝。結果的に最終戦を待たずにチャンピオンを決定しました。いったい何があったのですか?

 「自分自身では、シーズン序盤に調子が悪かったとは思っていない。ただ結果が出ていなかっただけなんだ。重要なのは、目標をしっかり定めて迷わないこと。周囲がどう思おうと、もうタイトルは無理だと言われようと、自分の能力を信じ続ければ必ず道が開けてくる。たしかにバッドラックもあったが、そんなときには練習をしっかりやって、成功を信じ続けるんだ。僕には勝てることがわかっていたし、そうなればタイトルを取れることもわかっていた」

■第4戦イタリアGPからYZ250Fで125ccクラスにもエントリーしました。なぜですか?

 「250cc・4ストローク・マシンが、今年から125ccクラスに出場できるようになった。となればYZ250Fは必ずそのクラスで活躍できると思ったんだ。当初は両クラスのフルエントリーを考えていたが、チームも僕自身も、そしてヤマハも、最も重要なGPクラスに集中すべきだということで一致、結局取りやめた。ところがシーズンがスタートして何戦かは成績が出ず、その頃からまた125のことを考えるようになっていた。以前は毎回2つのレースが行われていた。そして僕は、いつもふたつめのレースのほうがリラックスして走れ、成績も上がるんだ。チームはそのことを理解してくれて、GPクラスのためにもダブルエントリーするようになった。ウォームアップみたいな感覚だったんだ。そして、ダブルエントリーを始めたイタリアでダブルウイン。これが125のおかげかどうか断言は出来ないが、事実、それ以降、GPクラスでも連勝が始まった。少なくとも自分自身ではダブルウインを非常に楽しんでいたんだ」

■最終戦のフランスGPでは125、モトクロスGP、さらに650にも出場。大変でしたか?

 「僕にとってはすごく面白いチャレンジだったよ。ダブルウインを達成してしまうと、次は“3つ目は狙わない?”と聞かれるようになった。そう言われると僕も興味が出てきてしまったんだ。でもモトクロスGPのタイトルを決めるまでは、さすがに許されない。幸いにも最終戦を残してチャンピオンが決定し、ついにチームも賛成してくれたんだ。来シーズンからは2ヒート制になりそうだし、650は125やモトGPと併催ではなくなるようだ。とするとこれがラストチャンスだったんだ。初めはただ、3クラス・エントリーという変なことをやってみようと思っただけ。でも結果的にはトリプルウインを果たして記録になった。とても特別な一日。そしてもちろん、とてもタフな一日。体力的にどれほどきつかったか、言葉ではとても言い表せないよ」

■これまでに日本の4メーカーのバイクに乗り、そのすべてでタイトルを獲得していますね。ヤマハで走った3年間はどんなものでしたか?

 「もちろん今のチームが最高だ。ヤマハ・ファクトリーチームは、世界では有名なイタリアのリナルディ兄弟が運営している。彼らは多くの人々から尊敬を集めているが、その評判どおりにチームはプロ意識がしっかりしていて、みなが情熱をもって仕事に取り組む。モトGPに比べれば規模は小さいが、その分、チーム全体が家族みたいに団結しているんだ。レースの結果が良いときも悪いときも、みんながお互いに信頼しあい尊敬しあっている。このことがとても重要だと思うんだ。またこのチームが、日本のヤマハ発動機やオランダ・ヤマハのレース部門マネジャーであるローレンス・クライン・コーカンプのフルサポートを受けているということも、僕にとっては大切なこと。彼らが僕らを信頼して一緒に仕事をしてくれ、そして必要なものを常に供給し続けてくれるからこそ今の僕があるのだから」

■今シーズンはYZ450FMでレースを戦ってきました。昨年の500ccとはどう違いましたか?

 「2001年、2002年と乗ったYZ500FMは、市販車ベースとは言えない特別なマシン。一方のYZ450FMは市販車のYZ450Fがベースになっている。昨シーズン中盤にYZ450Fに初めて乗った時に、レース用のFMも素晴らしいバイクになるに違いないと確信した。450FMはエンジンが力強く、シャシーは500FMに比べ、250cc・2ストロークに近い感じがした。モトクロスGPクラスは4ストロークの450ccと2ストロークの250ccが出場できるが、シーズン当初は、4ストが2ストに本当に対抗できるのかどうか、誰にもはっきりとはわからなかったんだ。今は誰もが知っている。我々の4ストロークが最高のマシンであることを」

■プライベートの時間には何をしていますか?


 「僕は音楽が大好きなんだ。だから多くの時間を音楽を聴いて過ごしている。それから聴くだけでなく自分でドラムもたたくよ。音楽以外ではヤマハのウェーブランナーに乗ったり、またロッククライミングだってやるよ」

■冬休みはどのように過ごす予定ですか?

 「休みはあまりないんだ。ヤマハをはじめスポンサーのイベントに出席しなければならないので、また飛行機で世界中をまわるような生活になるだろう。10月には日本のヤマハ・ファクトリーを訪ね、それからSUGOでのレースにも参戦する予定。11月はブラジルで行われるインターナショナル6-dayエンデューロにベルギーチームとして出場。それから12月には世界チャンピオンの証明書を受け取りにドバイまで行くことになっている。しかも2004年型マシンのテストはすでに始まっている……できればガールフレンドのケリーをどこかに連れていってあげたいんだけれど……」

■モトクロス・レースにおけるいろいろな記録を持っているわけですが、それらはあなたにとって大切なものですか?

 「昨年はGPの通算優勝回数の記録を破り、今年はタイトル獲得の記録を塗り替えた。これは大きな意味があるし、とても大切に感じている。それ以前の記録保持者は僕と同じベルギー人のヨエル・ロバート。30年以上もその座に君臨し続けた彼を尊敬しているので、僕も彼と並べるくらい、いやそれ以上に長く記録を守りたいと思っている」


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