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砂漠で培ったムラのないトルク

ヤマハ発動機の技術ストーリーをご紹介します。

世界一過酷なモータースポーツと言われるパリ~ダカールラリー。ヤマハはこのラリーのMOTO(二輪車)クラスで、1979年から1998年までの20年間で、計9回の優勝を飾りました。4ストロークエンジン技術の一つ、トルクのムラをなくしてリニアなエンジン特性を引き出す270度クランクは、このアフリカの乾いた大地と向き合った20年にわたるそのチャレンジから生まれました。
1979年のオアシスラリー(第1回パリ~ダカールラリー)と第2回パリ~ダカールラリーでは、フランスのソノートチームの手によって単気筒「XT500」が優勝へと導かれましたが、その後は競技の高速化が進み、ヤマハは長い間、2気筒エンジンを擁するライバルの後塵を浴びることとなりました。市販車「XTZ750 Super Ténéré」ベースのファクトリーマシンで、ヤマハが10年ぶりの勝利を挙げたのは1991年のことでした。
その後さらなるマシン開発を現地テストで行うなかで、辿り着いたエンジンのひとつの仕組みが、直列2気筒270度クランクでした。「砂漠でトラクションを得やすい特性」というライダーの要求に対する回答です。それは各気筒とクランクの連結位置を整え、トルクのムラをなくしてリニアなエンジン特性を引き出すというアプローチでした。1997年と1998年には、この270度クランクの「XTZ850TRX」でヤマハは連覇を果たしましたが、砂漠で培われたこの270度クランクは、一足早く1995年、市販車「TRX850」に搭載され、多くのファンがその扱いやすく速いエンジンを体験することになったのです。各気筒とクランクの連結方法を整え、トルクのムラをなくしてリニアなエンジン特性を引き出すというアプローチは、現在も「XT1200Z Super Ténéré」(#1、#2)や「MT-07」(#3)に受け継がれています。砂漠でその優秀さを証明したエンジンは、アスファルトの上でも評価されたのです。

270度クランクという技術

ヤマハがパリ~ダカールラリー用マシン開発の中で着眼点を置いたのは、エンジンが発生するトルクの「質」でした。燃焼室内の爆発によって生み出されるパワーとトルクを分析していくなかで「爆発の力をエンジンの駆動力に変換するところで、ピストンの往復慣性エネルギーによって生まれるトルクのムラが、扱いやすさに干渉しているのでは?」という仮説が浮き彫りになったのです。
そこで、2気筒のクランクの連結角度に工夫を凝らし、トルクのムラをなくすようにしたエンジンを試作。アルジェリアなどの砂漠で実走テストを慣行すると、スキップするような不等間隔の爆発(燃焼)により、扱いやすいものとなったのです。トルク特性は90度V型エンジンと基本的には同じですが、前後長が短く、車体設計の自由度を広げる直列2気筒で実現したのが革新でした。
なお、現在二輪レースの最高峰MotoGPを走るレース用「YZR-M1」や市販モデル「YZF-R1」には、クロスプレーン型クランクシャフトの直列4気筒エンジンが搭載されています。これもトルクの質に着眼点を置いて開発したエンジンです。そのエンジンを初めてテストしたV・ロッシ選手が2004年、「スウィート」と語ったことは今も語りつがれています。(#4)走るステージは異なっても、求められるものは「扱いやすさ」。トルクのムラをなくし扱いやすいトルク特性を引き出すというアプローチと着眼点は、同じだったのです。

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