地域の未来を学生と共につくる。立命館大学とヤマハ発動機が挑む「グリスロ×モビリテス×学び」の地域共創モデル
立命館大学の学生とヤマハ発動機が、京都・衣笠で新しい観光体験を共創。グリスロとモビリテスを活用し、学生自身が制作から運営までを担いました。
立命館大学の学生とヤマハ発動機が、京都・衣笠で新しい観光体験を共創。グリスロとモビリテスを活用し、学生自身が制作から運営までを担いました。
2026年5月31日、京都・衣笠にある総本山仁和寺(以下、仁和寺)。「アートヴィレッジフェスティバル」の会場を、2台のグリーンスローモビリティ(以下、グリスロ)がゆっくりと走っていました。時速20km未満で公道を走行できる電動の小型モビリティです。
境内を回遊するグリスロのハンドルを握るのは、ヤマハ発動機の社員と立命館大学の学生。車内には、仁和寺の宗教的背景や建造物の特徴を紹介する音声ガイドが流れています。実は、この位置情報体験サービス「Mobilit.E.S.(以下、モビリテス)」のコンテンツ制作にも、学生たちが関わっていました。
今回の立命館大学とヤマハ発動機との社会共創プロジェクトには、立命館大学の8学部・研究科から21名が参加。モビリテスで流れる音声ガイドは、学部や専攻も異なる学生たちの知識や感性をもとに、ヤマハ発動機の社員とワークショップを重ねながらつくられました。
約1か月にわたる制作過程とイベント当日の様子を振り返ります。
学生だからこそ知っている、衣笠の埋もれた魅力
今回の取り組みの背景には、「衣笠エリアの魅力をどう伝えるか」という学生たち自身の問題意識がありました。
神社仏閣ボランティアガイドサークルの代表を務める安野幹人(やすのみきと)さん(文学部人文学科国際文化専攻4回生)は、京都の観光についてこう話します。
「清水寺や八坂神社がある東山や、渡月橋で有名な嵐山に比べると、衣笠は観光客が少ないんです。でも、衣笠には、世界遺産の仁和寺や龍安寺、学問の神様で知られる北野天満宮など、いいお寺や神社がたくさんあります。衣笠にもっと人が来るようになれば、観光が集中している場所の負担を分散することにもつながると考えています」
安野さんは、昨年のアートヴィレッジフェスティバルでもグリスロに乗り、観光ガイドとして参加していました。
「お寺は階段が多く、境内も広いので、ご高齢の方やお子様連れだと、本堂まで参拝できないことがあります。グリスロで移動できればもっと多くの人が観光できる。去年の体験からそれを感じて、今年はつくる側として関わりたいと思いました」
大学でシェイクスピアやラフカディオ・ハーンなどの英米文学作品を研究する一方、
神社仏閣ボランティアガイドサークルでガイド活動や寺院の運営に取り組む。
同じくサークルで観光ガイドを行う堀越瑶菜(ほりごしはるな)さん(文学部人文学科日本史学専攻3回生)は、日本史に加えてデジタルヒューマニティーズを学ぶ学生です。堀越さんは、対面ガイドならではの魅力と、その裏にある制約について話します。
「対面でのご案内には、その場で質問に答えられたり、コミュニケーションを取りながら案内できたりする魅力があります。でも、その分制約も大きいと感じていました。たとえば、境内をかなり歩くことになるので、足腰が弱い方やお子様連れの方には難しい場面があります。また、ガイドできる人を常に境内に配置するには、人員や体力面の負担が大きく、時間や人数にも限りがありました」
大学では、日本史と平行してデジタルヒューマニティーズを学び、
神社仏閣ボランティアガイドサークルにも所属
衣笠の観光に携わる安野さんと堀越さんにとって、今回のプロジェクトは、こうした対面ガイドだけでは届けきれない部分を、グリスロや音声ガイドでどう補えるかを考える機会にもなっていました。
ゼロから一緒に考える、企業と学生のワークショップ
モビリテスのコンテンツ制作は、約1か月にわたり、ヤマハ発動機と学生有志によるワークショップを中心に進められました。
ヤマハ発動機でモビリテス事業を推進する込宮さんが重視したのは、最初から細かくゴールを決めすぎないことです。まずは、「体験した人に何を感じてほしいか」を学生と一緒に考えるところから始めました。
学生たちが口をそろえて印象的だったと話すのは、ワークショップの空気感です。
「産学連携だと、企業側が“これをやってほしい”と考えていることを、一方的に学生へ渡してしまうことも少なくありません。でも、それでは学生のモチベーションは上がりにくいと思っています」
そう話す込宮さんは、学生がこのプロジェクトに参加する意義と、ヤマハ発動機として実現したいことの両方を最初に共有し、その重なる部分を一緒に探ることから始めました。
込宮さんのパソコンをよく見てみると、多種多様なステッカーが貼られています。
「これも場づくりの一環です。学生たちが興味を持ちそうな話題を出したり、あえて少し砕けた雰囲気で話したり。最初の数分で“この人には何を言っても大丈夫そう”と思ってもらうことが、話しやすい空気づくりにつながると思っています」
チーム分けや役割決めも、雑談を交えながら、それぞれが本当にやりたいことを探っていく形で進められました。途中にはみんなで写真を撮る時間もあり、学部や国籍の違いを越えて自然に会話が生まれる雰囲気が育まれていきました。
2回目のワークショップでは、学生たちが仁和寺の境内地図を囲み、どこでどの音声を流すかを話し合いました。建物が見え始める手前で流すか、曲がり角で流すか。人の流れや視線を想像しながら、最適なタイミングを探っていきます。
さらに、一度通った場所で同じ解説が繰り返されないよう、訪問回数に応じて音声を切り替える仕組みも検討されました。
こうして、ヤマハ発動機の知見と、学生ならではの知識や感性を掛け合わせながら、コンテンツづくりは進んでいきました。
あえて音声を置かない場所をつくる。学生たちの斬新な発想
いざ制作が始まると、学生たちのアイデアは、企業側の想定とはかなり違う方向へ広がっていきました。
込宮さんによれば、企業が観光コンテンツをつくる場合は、全スポットに均等に解説を入れ、効率よく回遊できる導線を設計することが多いといいます。
ところが学生たちは、あえて音声ガイドを置かない場所をつくったり、カフェのコーヒーやケーキを模した手づくりのピンアイコンを用意したりと、「どう効率よく伝えるか」よりも、「どう楽しんでもらうか」を軸にアイデアを出していきました。
音声の長さも特徴的でした。企業ならCMのように短くまとめる場面でも、学生たちは仏像の前に2分ほど立ち止まって聞ける解説を配置。じっくり鑑賞する時間そのものを、体験として設計していったのです。
安野さんは、雨の日に別の音声が流れる仕掛けについて教えてくれました。
「雨は、観光ではマイナスに受け取られがちですが、『雨だからこそ見える景色がある』という考え方を込宮さんから教わりました。不利な条件を逆に生かす。これは仁和寺の対面ガイドにも応用できる学びでした」
堀越さんは、宗教的背景をどう伝えるかに苦労したと振り返ります。
「お寺の背景は、専門的になるほど面白いんです。でも、その面白さを短い時間に収めながら、どう魅力的に伝えるかは難しくて。一番こだわったポイントです」
また、モビリテスならではの特徴については、「普通の観光案内のアプリは、自分でQRコードを読み込んで音声を聞く形が多いと思います。でも、グリスロでゆっくり移動していると、チェックポイントごとに自動で解説が流れるので、見どころを見逃しにくい。移動そのものが体験になっていると感じました」と話します。
こうした学生たちの発想は、ヤマハ発動機側にとっても新しい発見だったようです。
学生たちによる「想定外の使い方」は、モビリテスの改善点を見つけるきっかけにもなり、実際にプロダクトへ持ち帰られたアイデアもあったといいます。
学生が企業の技術や進め方を学び、企業側も学生の発想からヒントを得る。コンテンツ制作の現場では、そんな双方向のやり取りが自然に生まれていました。
学生が、自分たちでグリスロを走らせる
そして迎えた、5月31日のアートヴィレッジフェスティバル当日。学生たちは、モビリテスの企画・制作だけでなく、グリスロの運転や観光案内も担当しました。
安野さんには、印象に残っている出来事があります。足の不自由な高齢の女性を案内したときのことです。
「『これがなかったら、上まで参拝できなかった』とおっしゃっていました。運転しながら案内もしていたので、すれ違いで停車している間に景色や建物の説明を入れたら、とても喜んでくださって」
お寺に行きたくても、足腰の問題でたどり着けない人は各地にいる。今回の体験を通じて、安野さん自身も「バリアフリーな観光」に強く関心を持つようになったと話します。
今回の取り組みでは、観光体験づくりに加え、学生自身がグリスロの運営を担えるかどうかも検証されていました。
グリスロは一般的な乗用車とは操作感が異なるため、今回の企画を担当した岩田さんは、当初学生たちの不安を気にかけていたといいます。
しかし、実際に運転した安野さんの感想は前向きなものでした。
「最初に練習の時間をいただけたので、不安は解消できました。仁和寺は砂利道も細い道もあって難しいと聞いていましたが、実際に運転してみると問題なく、むしろ楽しかったです。もっとやりたかったと物足りなく感じるくらい。今後いろいろな場所で学生がドライバーを務められるなら、ぜひやってみたいです」
コンテンツの制作からグリスロの運転まで、学生たちが一連の体験を担えたことは、ヤマハ発動機にとっても大きな手応えになりました。
移動が「体験価値」になるということ
アートヴィレッジフェスティバル当日は、延べ74名がグリスロとモビリテスによる観光案内を体験しました。来場者アンケートには、移動の利便性だけでなく、体験そのものを楽しんだ様子がうかがえるコメントが寄せられています。
自由回答では、「観光地では歩き疲れるため、重宝すると思う」という移動のしやすさに関する声のほか、「自然の風を感じながらゆったりと境内を回れて快適だった」「アトラクションみたいで楽しかった」「神社仏閣の歴史案内をうけながら境内を散策できる仕組みが楽しい」「運転手もガイドさんもとても親切で、解説をしていただいたことで見聞が拡がった」といった、”移動中の時間そのものに価値を見出す” 声が集まりました。
また、「ほかの観光地でも体験してみたい」と回答した人は100%に達し*、「家族や友人にもすすめたい」という回答も多く見られるなど、体験としての満足度の高さとともに、他地域への展開可能性もうかがえます。
*設問「今後、他の観光地でも同様の体験をしてみたいと思いますか」への回答結果。「ぜひ体験したい」(80.3%)、「体験したい」(19.7%)を合わせると、回答者の100%が体験に前向きな意向を示した。
移動しながら歴史や文化に触れられることや、学生ガイドやほかの乗客との会話を楽しめること、オープンエアの車両ならではの開放感といった複合的な要素が、「移動」と「観光体験」を一体化させている点も特徴です。
こうした結果は、グリスロが単なる移動手段にとどまらず、移動時間そのものを価値化する「体験型サービス」として成立し得ることを示唆しています。
また、モビリテスによる音声ガイドや学生ガイドによる対人の案内を組み合わせることで、その土地ならではの歴史や文化をより深く楽しめることも確認できました。
さらに、周遊性の向上による滞在時間の拡大や、地域ごとの魅力を活かしたコンテンツ展開など、観光地に新たな収益機会をもたらす可能性も見えてきています。
学生と地域が育てる、地域共創型の新しい観光モデル
今回の取り組みは、学生たち自身にも新しい気づきをもたらしたようです。
堀越さんは、「これまでは“ガイドをする人”として案内してきましたが、今回、自分の知識をコンテンツとして届ける経験ができ、ガイド活動の幅が広がった感覚があります」と話します。
安野さんはイベント後、京都市の担当者を訪ね、右京区の活性化について意見を交わしました。また、このプロジェクトをきっかけにアプリ開発そのものへの関心も深まったといいます。現在は、仁和寺の運営改善につながるアプリを自ら企画し、開発に取り組み始めています。
こうした変化は、ヤマハ発動機が今回の取り組みで目指したことにも重なります。
今回のプロジェクトでは、学生たちが地域の歴史や文化を調べ、モビリテスの音声ガイドを企画・制作し、イベント当日はグリスロのドライバーやガイドとして来場者を案内しました。
地域をよく知る学生が地域の魅力を掘り起こし、自ら来訪者へ届ける。そして、その過程を通じて地域や観光について学ぶ。ヤマハ発動機は、グリスロとモビリテスを活用しながら、地域と学生が一緒に新しい観光体験をつくり育てていく、「地域共創型の新しい観光モデル」を衣笠で実現しようとしています。
そしてその先に見据えているのが、「衣笠MaaS」の構想です。
衣笠MaaSが目指すのは、観光客の回遊促進だけではありません。高齢者や子連れでも移動しやすい観光、地域住民の移動支援など、地域の移動課題そのものに向き合うことも視野に入れています。また、学生が企画や運営に継続的に関わることで、地域課題を学びながら実践する場として育てていくことも構想されています。
今回の取り組みは、その第一歩です。
衣笠での取り組みを通じて得られた知見をもとに、学生・地域・企業が共につくる地域共創の仕組みをさらに発展させ、将来的には他地域への展開も見据えています。
▼ 関連動画
今回の取り組みの様子は、こちらの動画でもご覧いただけます。
※所属・学年は取材当時のものです。
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