冒険は命懸けの旅ではなかった。「予期せぬ」を歓迎する遊びが、企業活動を動かす【イベントレポート】
変化の止まらない時代に、冒険は日常に潜んでいる──。冒険家と地域再生の実践者、ヤマハ発動機の担当者が、企業活動の次の一手を語り合いました。
変化の止まらない時代に、冒険は日常に潜んでいる──。冒険家と地域再生の実践者、ヤマハ発動機の担当者が、企業活動の次の一手を語り合いました。
「冒険」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。
極地を踏破する探検家。未踏峰に挑む登山家。命懸けの旅──遠い、誰かの物語。多くの人がそう感じているかもしれません。けれど、この日集まった50人ほどの参加者は、そうした「冒険」のイメージを少しずつ手放していくことになります。
リジェラボで開催されたトークイベント「PLAY for REGENERATION Vol.6 社会のアップデートのカギは、冒険にある?」。そこで語られたのは、企業や個人が、まだ正解のない領域に踏み出していくための「冒険」の話です。
効率や再現性が重視される企業活動のなかで、「予期せぬこと」をどう受け入れるのか。地域や自然の現場に足を運び、自分の感覚で確かめることにどんな意味があるのか。冒険家、地域再生の実践者、そしてヤマハ発動機の担当者が、それぞれの視点から語り合いました。
登壇者プロフィール
長谷部 雅一 (株式会社ビーコン 代表)
アウトドア事業に関する企画・運営の他、研修講師、ネイチャーインタープリター、登山ガイド等を務める。アウトドアイベントでは子どもや親子を対象とした様々なワークショップ講師を務め、親子の関係が深まり、楽しく学び合える場を提供している。また、自然を舞台にした幼児教育にも尽力。幼稚園や保育園、こども園の教育コンサルタント業務を行っている。20年来の経験を元に、保育士向けに自然体験指導者養成やコミュニケーション研修、応急救護研修を提供。幼児に対しては自然体験を通じて非認知能力を育み、ボディバランスや感性、社会性が身に付くための場づくりを精力的に行っている。プライベートでは世界一周の旅で各国を渡り歩いた他、現在も世界中のトレイルや秘境、山への旅を続けている。林 篤志 (株式会社paramita Co-Founder/ Next Commons Lab ファウンダー)
自治体、企業、起業家など多様なセクターと協働し、新たな社会システムの構築を目指して活動。ポスト資本主義社会を具現化するための社会OS「Local Coop」、デジタルアートの保有を通じて気候変動問題の解決に取り組む「SINRA」、過疎地におけるデジタル関係人口を創出する「Nishikigoi NFT」など、多様なプロジェクトを展開中。大澤 哲也 (株式会社paramita Co-Founder / 三ッ輪ホールディングス 取締役 経営戦略本部長)
国内ITコンサルティングファーム、欧州系戦略コンサルティングファームにてコンサルタントとしての11年のキャリアを経て、2015年に三ッ輪産業株式会社に入社。2019年11月に三ッ輪ホールディングスの取締役兼経営戦略本部長に就任。2023年6月にNext Commons Lab、TART社とともに株式会社paramitaを設立。Co-FounderとしてSINRA、Local Coopといったサービスを推進。志田 芳美 (ヤマハ発動機株式会社 技術・デザイン統合戦略部)
人材業界での営業・採用支援を経験したのち、地方創生ベンチャー企業に転職し、東京から北海道へ移住。初めての地方での生活に刺激を受けながら、教育を軸としたまちづくりに従事。2025年6月よりヤマハ発動機に入社し、「地球がよろこぶ遊びをつくる」をミッションに、事業探索を担当している。
冒険とは、「小さな非日常」を重ねること
最初に登壇したのは、株式会社ビーコン代表で冒険家の長谷部雅一さん。49歳になったいまも、世界中のトレイルや秘境の山々への旅を続け、これまで旅をしてきた日数は累計で約550日にのぼると言います。
「冒険を僕なりに言い換えると、非日常行動なんです。日常から少し外れた体験を繰り返していくことで、昨日までの冒険が日常になっていく。そうやって、自分の世界を少しずつ広げていくことが冒険なんじゃないかと思っています。例えば、いつもの歯磨き粉を変えてみる。いつもと違う道を歩いてみる。苦手な人と少し対話してみる。それだって十分な非日常行動。これ自体が冒険です」
ただし、冒険と無謀は別物だと長谷部さんは言います。
「自分が一番安心していられる『セーフティゾーン』の少し外側に『アドベンチャーゾーン』があり、そこを飛び越えた先が『デンジャーゾーン』です。冒険はアドベンチャーゾーンに踏み出すこと。いきなりデンジャーに飛び込むのは、冒険ではなく無謀です」
冒険を続けるために必要なのは、本物を五感で体感することだ、とも言います。
「カブトムシのお腹の柔らかさを体感したことがありますか。本やネット、ビジネス書には、いま正しいとされていることが書かれています。でも、それは自分の体感値ではないかもしれない。情報として『知っている』を、自分のなかで『わかっている/できる』に変えるために、自分の足で動くこと。その実体験が、その人だけの武器になります」
冒険を続けることで変化への耐性が生まれ、自分で選べることが増えていく。長谷部さんは、その「選択肢が増える」ことこそが「自由」の正体だと表現しました。そして、その自由がイノベーションの源泉になり、「まずやってみる」文化につながっていくのだと言います。
ただし、その自由は組織の土壌があってこそ広がるもの。
「冒険をするためには、失敗が許される組織でないといけないと思っています」
個人の挑戦を組織で活かすには、失敗できる余白をどう設計するかも重要なのだと、長谷部さんは語りました。
24時間365日、冒険モードの時代
続いて登壇したのは、株式会社paramitaの林篤志さん。paramitaは「100年後も地球と生きる未来へ」をスローガンに掲げ、気候変動と人口減少が同時に進む日本の地域で、自然資本と社会関係資本の持続可能性に挑んでいます。
林さんは、長谷部さんの「冒険=予測不能な世界に飛び込んでいく能動的なアクション」という捉え方を受けて、こう続けました。
「冒険は『自ら飛び込んでいく』ものですが、いまの時代は逆かもしれません。気候変動も、人口減少も、AIも、とてつもない変化が向こうから迫ってきている。だからもう、24時間365日、冒険モードにならないと生きていけない時代に突入していると思うんです」
地球の平均気温が1.5度を超えると、後戻りが難しくなると言われています。林さんによれば、すでに単年度ではその閾値を超えた年も出てきており、30年の長期トレンドでも2029年5月には到達する見込み。一方、過疎地ではかつての10分の1まで人口が減り、集落が山に飲み込まれていく状況が進んでいます。自分や家族でなんとかする「自助」も、自治体や行政が支える「公助」も、もう期待できない──。林さんがこの空白を埋めるために提案するのが、ローカルコープ(第2自治体)という構想です。
過疎化が進む地域で、住民が主体となる「第2自治体」を立ち上げ、生きていくために必要なコモンズ(地域で共同管理する資源)やインフラを自分たちでケアし続けていく。さらに、その自治をあえて外部に開き、企業や都市部の人々が行き来しながら関わり、新しいシステムやサービスを一緒につくっていく──それがローカルコープです。
「いまの自治体の概念が日本に持ち込まれたのは、およそ100年前のこと。地方自治法ができたのも70数年前。つまり誰かがつくったわけです。だったら、いま新しくつくってもいい。これまでは、地域のことは自治体に任せるのが当たり前でした。でも、そのアウトソース先が立ち行かなくなりつつある。だから、自分たちでやるしかない。しかも、自分たちだけでやるのではなく、外に開いていく。企業や都市部の人たちが行き来しながら関わる、開かれた自治を実装していこうとしているんです」
その実践の現場が、三重県尾鷲市の流域での活動です。林さんは、山・川・海を、「流域」という単位でひとつながりに捉えています。
「2年間で、延べ約1,100名の方が水源の森の手入れに関わってくださいました。山が手入れされると、流域を通じて海に影響が出る。藻場の再生と漁場の回復はつながっているんです」
企業の関わり方も変わってきていると言います。
「10年ほど前、尾鷲に来る企業の方の名刺には『CSR』『社会貢献』とありました。でも最近は、新規事業開発か IR の担当者が多い。ローカルの活動と自然再生、そして企業活動が重なる時代になってきているんです」
小さな選択が、再生と事業をつなげる
その変化を数字で示したのが、同じく株式会社paramitaの大澤さんです。尾鷲では、企業版ふるさと納税を通じて、この5年で約1億4,500万円が集まり、地域再生と事業開発の原資として循環していると言います。
「大手の物流会社さんと、CO₂フリーの引越サービスを始めました。任意で1,000円加算していただく仕組みで、年間利用件数はおよそ45,000件。全体の約7%のお客様が選んでくださっています。環境への関心が強い層だけでなく、その外側まで届き始めている手応えがあります」
一人ひとりの小さな選択が再生の現場とつながる、ローカル・自然・企業が連携して仕掛けた良例です。
そしてもうひとつ、ヤマハ発動機と paramita が共に進めるのが、ローカル版の「リジェラボ」──ネイチャーフィールドそのものを共創の場にしていく試みです。
「自然のフィールドが広がる場所に、10社以上の企業が入って事業をつくっています。住民の方も企業の方も、実際に手を動かしている。ぜひ、再生の現場に足を運んでいただきたいです。五感で感じることがすごく多いと思います」
「個人の冒険」を、組織にどう広げるか
ここからは、ヤマハ発動機 技術・デザイン統合戦略部の志田を交え、登壇者によるクロストークへ。志田は前職で東京から北海道の人口7,000人ほどの地域に移住し、まちづくりに取り組んだ経験を「人生で一番の大冒険だった」と振り返ります。
そんな志田が所属するチームが掲げるのは「地球がよろこぶ遊びをつくる」というミッション。自然・人間性・地域という3つの再生を軸に、人機官能の思想を背景としながら、共創拠点のリジェラボ、メディアのRePLAY、尾鷲などの実証フィールドを行き来して共創を進めています。
クロストークの口火を切ったのは、志田の率直な問いでした。
志田 長谷部さんのお話で、セーフティゾーンを出ていくことや、一次情報を大切にすることにすごく共感しました。ただ、自分が体験したことをまだ体験していない人にどう届けるか。それを組織という単位にどう広げていくのかは、難しいなと思うことがたくさんあって。常に模索しているところです。
この問いから議論は、「個人の冒険」を、どのように組織へ広げていくのかへと進んでいきます。
長谷部 大前提として、日本の企業にも日本という国にも、僕はすごく未来があると思っています。たとえば「里山(Satoyama)」という言葉は、いま世界でそのまま使われています。里山には、人と自然、社会と経済をつなぎながら、自然に手を入れ続けてきた文化がある。本来、日本には世界に通用する価値観や知恵があるんですよね。攻める先はもちろんグローバル。でも、あえて日本のローカルに目を向け直すことで、冒険のチャンスや冒険マインドが生まれてくる気がしています。
ここで志田が、ヤマハ発動機としての立場を明かします。
志田 ヤマハ発動機の売上は、9割以上が海外です。「なぜいま、ローカル?」と思われるかもしれませんが、いま課題が最も早く表出しているのは、日本のローカルなんじゃないかと考えています。日本のローカルで起きていることは、いずれ世界のどこかでも起きる。だからこそ、ここで実装したものが、将来的なグローバル展開の礎になると思っています。一方で、企業は資本規模が大きい分、地域住民の方からすると構えが生まれることもあります。そこで、ローカルコープのような存在が重要なんです。地域のリズム感や言葉を翻訳してくれる存在がいるからこそ、私たちも正しく課題を理解できる。paramitaさんとの共創にはそういった意味もあると感じています。
ただ、企業が実際にローカルへ踏み出そうとすると、現実には「経営との距離」という壁が立ちはだかります。その点について、大澤さんは現場の視点からこう語ります。
大澤 企業が過疎地に入っていくのは、普通に考えると費用対効果が合いません。経営側とローカル側のロジックが噛み合わないんです。そこをどう越えるかが重要です。ヒントになるのは、10年後、20年後という時間軸で考えること。2050年には、日本の食の生産量は半減し、生産者の経営体も8割減るといった見方もあります。だからこそ、その未来に向けていまから準備しておく必要があるんです。これは、経営が重視するサステナビリティや長期戦略の文脈に重なっていきます。
さらに議論は、「経営層をどう動かすか」というテーマへと及びました。
挑戦を「翻訳」できる組織は強い
大澤 相手の部署によって、語り口を変える必要があると思います。IRなら投資家向けのコミュニケーションの文脈から話しますし、事業会社なら長期戦略の文脈で話します。その点、ヤマハ発動機さんは新規事業のチームがいわゆる出島のような形で存在していて、意思決定が比較的チーム内でできる。客観的に見てもすごい組織だと思っています。
会場からは、「マネタイズのイメージがまだ描けない」「これまで動いていなかった人たちをどう動かしたのか」といった質問も上がりました。
概念と実装。そのあいだにある距離を、参加者それぞれが感じていたのかもしれません。
その距離を埋めるヒントとして、長谷部さんが挙げたのが「翻訳」という視点でした。
長谷部 僕の仕事のひとつにインタープリテーションがあります。自然が発しているメッセージを、人間に伝わるよう翻訳する仕事です。以前、「企業の中でも同じことができないか」と相談を受けて、一緒に実装したことがあります。冒険環境を整えるとき、向き合う相手は上司かもしれないし、別の部署かもしれない。それぞれが持っている信念や価値観に対して、伝えたいことをどう翻訳し、理解を得ていくのか。そこがポイントになってくるんじゃないかなと思っています。
「プロセスを遊ぶ」──それぞれが残したメッセージ
クロストークの最後に、登壇者たちはそれぞれの言葉で、参加者へメッセージを送りました。
長谷部 すべての文脈を無視して言うと、ぜひ皆さん、日常のなかでもいいので冒険してみてください。そして、何でもいいのでぜひシェアを。そうすればおたがいにその時間を楽しめるんじゃないかなと思っています。
林 AIが生成できないものに焦点を当てるのもいいんじゃないかと思うんです。たとえば土地はAIには生成できない。それからローカルって、ロジックじゃなくて「あんたとだったら一緒にやってもいいよ」という人間関係で成り立っていたりするんですよね。AIは問いを投げたらあっという間に答えが返ってきますが、そこに至るプロセスを遊ぶところに、人間や企業活動のまだ残された価値があるんじゃないかと思っています。
大澤 20年先を見据えると、いまの前提が大きく変わる領域がいくつもあります。2050年には自治体の約半数が消滅すると言われていますし、生物多様性の領域では、希少種を知る方々の高齢化が進み、彼・彼女たちが持つ知識がこの先10年で失われるかもしれません。いまやらなきゃいけないことはたくさんありますが、それらを解決する手がかりとなるのが「遊び」だと思っています。遊びは、使命感や危機感を超えて新しいものを生み出す力を呼び起こすきっかけになる。ぜひ、フィールドに一緒に飛び込んでいただけたら嬉しいです。
志田 個人の体験を言語化し、組織へと広げていくことには難しさもあります。でも、まずは自分自身が実感を持つことが大事だなと。尾鷲はもちろん、いろんなフィールドに一緒に足を運んでもらえたら嬉しいです。一担当者として、葛藤も難しさも楽しさも体感しながら、これからも進めて行きたいと思っています。
王道を、少しだけ外れてみる
命懸けの旅ではなくていい。歯磨き粉を変える小さな一歩でいい。日常を少しだけ外れてみる試みが、企業活動に新たな可能性を生み出すかもしれません。
イベント後の懇親会では、会場のあちこちで参加者同士が長く話し込む光景がありました。そこにあったのは、「次の一手」を探そうとする静かな熱気でした。
実践者たちの冒険は、これからも続いていきます。
最新のイベント情報は、リジェラボの公式サイトにてご覧いただけます。
https://www.yamaha-motor.co.jp/regenerative-lab/event/
※所属部署・役職は公開当時のものです。
※本記事は公開当時の取材内容および情報に基づいて構成しており、現在の状況とは異なる場合があります。
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