文化創造マーケティング研究
文化創造
マーケティング研究とは
末神:ヤマハ発動機が人間研究の一環として進める文化創造マーケティング研究は、一般的な市場調査やニーズ分析とは異なり、市場やニーズの根底にある文化に着目し、文化に映し出された社会の流れや価値観を捉える試みです。現代文化のメインストリームを読み解き、そこからはみだした「新しい価値観の兆し」を捉えることで、次の文化を創るためのヒントを得ようとしています。
川嶋:「今なぜその文化が支持されているのか」を深堀りしながら、時代背景や文化の流れを読み解くことで、単純な市場分析では見いだすことが難しい、「新たな感動」の鍵を探っているのです。
サイエンスラボグループ
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文化創造のイメージ
川嶋:本研究の共同研究者でもある京都大学の山内裕先生によると、メインストリームからはみ出していた文化が、のちに大きな支持を獲得していった例は少なくないといいます。例えば現在は世界的に有名な某コーヒーチェーンは80年代、アメリカのカフェ文化において正統派とされていた「濃くて本格的なコーヒー」とは対照的な、「ミルクを多く含むカフェラテやフラペチーノ」を前面に打ち出しました。これは当時のカフェ文化から見れば、まさに「はみ出し」とも言える存在でした。
当時のアメリカ社会では、新自由主義的な価値観が広がるなかで、それまで重視されてきた「重さ」や「正統性」に対する違和感が徐々に表面化していたのです。そのコーヒーチェーンはそうした時代の変化を読み取り、商品を通じて「軽やかさ」や「自由」を打ち出すことで、大きな支持を得ることになったのです。
ヤマハ発動機の事例
末神:ヤマハ発動機でも同じような話があって、例えば「オートバイ」と「スクーター」という一見対立する価値観に対して、「オートマチック・スーパースポーツ」という新しいジャンルを開拓して「新たな楽しみ方」を提案したりしています。「オートマチック・スーパースポーツ」は今では新しい文化となったと言えますね。
また、アメリカでのアマチュアのオフロードライダー支援プログラム「bLU cRU」についても、「レースに勝つ」ことと「人や社会と繋がる」という一見矛盾する価値観の双方を叶えることで、お客様が自分自身に重ね合わせられるような新しい文化を提供できたと分析しています。人は、自分のアイデンティティを重ねられる対象に強く心を惹かれます。ブランドが提示する世界観に自分を重ね合わせることで、そのブランドを自身のアイデンティティであると感じ、熱狂するのです。
最新の研究活動
川嶋:さらに現在、アメリカ東海岸で生まれ、SNSにより世界へ広がったストリート文化「Bike Life」についても調査を行っています。
Bike Lifeは、ニューヨーク州ブロンクスなど黒人コミュニティを中心に生まれ、現在では世界各国に広がりを見せている、新しいモーターサイクル文化です。当初はイリーガルな集団とみなされていたものの、現在では世界的な飲料ブランドなどのグローバル企業がBike Lifeライダーを広告に起用するなど、社会的認知が急速に高まり、新しい文化的ムーブメントとして認知されつつあります。
とはいえ公道でトリックを行うことがあるなど、Bike Lifeの文化には違法性もあるため、ヤマハ発動機として肯定や推奨することは有り得ません。あくまで最新の文化的事象の一つとして客観的に研究しています。一見すると危険な行為も多いBike Lifeが、なぜいま多くの人を魅了しているのか、その背景を読み解くことで、次の文化の兆しを捉えることができるのではないかと考えたからです。さらに、「治安のあまり良くない地域で育った若者がトリックに没頭することで、銃犯罪や麻薬犯罪に巻き込まれることを防ぐ」 という側面もあるなど、Bike Lifeの背景には複雑で根深い社会課題もあります。
末神:調査の結果、Bike Lifeが支持を広げている背景には、現代社会における3つの「違和感」があることが見えてきました。まずは「実力主義の背景に潜む資本主義への反発」。Bike Lifeのライダーたちはカスタムやマシンのアップデートなど資本の大小に影響を受ける要素を排除し、トリックの腕だけで活躍できる真の実力主義を主張しています。さらに「勝敗が全てという価値観への反発」。Bike Lifeでは、レース中に誰かが転倒した場合、みんながバイクを降りて助けるという人間性重視の文化があります。そして、人種・性別・年齢、さらには身体条件のような要素で分断せず、誰もが参加できる開かれた文化として支持を広げています。境界を越えてつながれるこの包摂性が、多くの共感を生み出しています。
これからの現代社会の中で多くの方が大なり小なり感じているような「違和感」に対する異議申し立てとして、Bike Lifeは世界中で熱狂的な支持を得始めているのだと、我々は分析しています。
「Bike Life」とは
既存のモータースポーツ文化に馴染みにくい人々が集い、スキルや仲間意識を重視して形成した多様性の高いコミュニティです。競争中心の価値観とは異なる、新しいバイク文化としてアメリカを中心として世界各地に広がっています。
研究のこれから
末神:「既存の文化からはみ出したもの」は、その時代や社会の空気に対する違和感をいち早く映し出していることがあります。そのような「はみだし」が人々の価値観の変化の兆しとなり、そこから社会の潮流が大きく変わってくることも少なくありません。ヤマハ発動機では、時代や社会の変化を人文社会科学の力を駆使していち早く捉え、既存の文化や社会的枠組みからはみだしたものから「次の文化の兆し」を読み解きながら、「既存の価値観を組み替え、新しい価値を創造する」ことに挑戦していきたいと考えています。
引用文献:
山内裕. Session 06|事例:スターバックスはなぜ成功したのか . 2022
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