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2025.12.25

トップライダーは没入状態
“フロー”をどう体験する?
-MotoGPライダーに直接聞いてみました-

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「感動創造企業」を企業目的に掲げるヤマハ発動機は、「私たちがめざす感動とは何か」「どうしたらその感動をつくることができるか」という問いに向き合い、研究を進めています。
研究の中で見えてきたのは「私たちがめざす感動」には“フロー”つまり“没入状態”に入ることが大きくかかわるのではないか、ということです。
トップライダーであればレース中に“フロー”を体験しているのでは?という仮説のもと、実際に今期(2025年シーズン)ヤマハMotoGPライダーとして参戦しているMonster Energy Yamaha MotoGPのファビオ・クアルタラロ選手、アレックス・リンス選手、そしてPrima Pramac Yamaha MotoGPのジャック・ミラー選手、ミゲール・オリベイラ選手にインタビューしました。

  • 檜垣 秀一

    技術・研究本部 技術戦略部 ヒューマンサイエンスラボグループ リサーチャー

    2019年、名古屋大学大学院機械システム工学専攻博士前期課程修了。大学院時の専門は乱流力学。同年ヤマハ発動機入社。エンジン研究、研究プロジェクトマネジメントなどを担当後、現在人間研究に従事。趣味はボルダリング。

  • 山岡 香央

    技術・研究本部 技術戦略部 ヒューマンサイエンスラボグループ シニアチーフ

    大学院で認知心理学・実験心理学を専攻し博士(心理学)を取得。健康食品メーカーの研究職を経て2025年にヤマハ発動機へ入社。ストレスと脳活動の関係性など心と身体の相互作用に関心を持ち、実験心理学に加えて脳科学や生化学の知見を活かした複合的な視点で研究の計画から解析までを担う。

—— MotoGPマシンやバイクに乗っている際、“フロー”に入った事はありますか? “フロー”に入った時、それはどんな経験でしたか?

全員:はい、あります。最近はあまりありませんが(笑)

オリベイラ:フローに入っている時は、何も感じないんです。その状態を抜けてから『あ、今のがフローだった』と分かるぐらい。 走っている間はすべてが驚くほど力みがなく、簡単に走れている感覚があります。
まるでバイクが自分の延長線上にあるかのように感じます。

ミラー:フローに入っている時は、どこでブレーキしてもどこでバイクを傾けても自然と正しい位置に収まっていくんです。 コーナーもスッと決まるし、グリップもずっと安定している。 “勝手にうまくいっている”ような状態です。

リンス:すごくワクワクしますよ。すべてが簡単に思えます。内側から見る景色が“簡単そうに見える”というか。状況がクリアに見えて、その中に自然と入り込める感じです。

—— フロー状態にあるとき、他のライダーのことをどのように感じているのでしょうか?

ミラー:相手がどこにいるかはなんとなく感じます。レースって基本、ライバルは後ろにいるじゃないですか。位置の情報って言っても、1周に1回くらいしか入ってこない。
でもフローに入っていると、その差が広がっているのか縮んでいるのかが分かるんですよ。ピットボードを見逃すことがあっても、なぜか把握できている。たまに情報が出てこない時でも『いま相手はこの辺りにいて、自分は離せてるな』っていうのが分かって、しかも差が“縮む”んじゃなくて“広がってる”って感じられるんです。

クアルタラロ:コーナーでも、音で相手がどこにいるのか分かることがあります。離れていっているのか、同じコーナーにまだいるのか。低速でのコーナリングだと特にそういうものが拾えるんです。

—— 他のライダーの意図や感情を感じることはありますか?

オリベイラ:いや、そういうのは感じないです。

ミラー:そもそも、その発想がないですね。もう“やることが決まってる”みたいな感じになる。相手がどう考えているかとか、今どんな状態かを想像するより、自分の走りに完全に引き込まれています。逆にフローに入っていない時の方が、『相手は今どんな感じなんだろう』とか『タイヤ、こっちと同じくらい摩耗しているのかな』とか考えます。

クアルタラロ:でも結局、自分のことに集中しすぎていて、他の人がどうこうって考えないですね。

—— フローに入ったレースの後、どのような感覚になりますか?

リンス:フローに入れていると、疲れないんです。レースが終わったあとも、体が全然しんどくない。
フローに入れないレースは簡単には進まなくて、自分をより奮い立たせるし努力も必要になります。

クアルタラロ:レースが終わってから、むしろ『今フローだったな』と強く実感します。

ミラー:終わってからハッキリ感じるんです、『ああ、良かったな』『全然苦しまなかった』って感じで。
何をやっても間違えない感じです。体にも負担がなくて、とにかく最高の感覚になります。

—— フローに入っているとき、どの程度コントロールできていると感じますか?

オリベイラ:僕は100%コントロールできていると感じます。『こうしよう』と思った瞬間、気づかないうちにターンもブレーキもできている。
“もう少し遅くブレーキしよう”と考えたら、その通りに体が動くんです。ワイドに膨らまないように、とか、『グラベル(コース外)に飛び込まないように』とか。すごく自然にできる感じです。
フローに入ると、バイクを自分が完全にコントロールしている感覚になる、ってことです。

ミラー:体が、思考の3歩先を行っている感じがあるんです。考えた時には、もう――

オリベイラ:動いてるよね。

クアルタラロ:フローに入っていると、グリップがちゃんと“ある”感じがします。

ミラー:フローに入れていないと、グリップを“潰して”しまうんです。必要以上に力が入っていて、その違いはすごくはっきり分かる。逆に、フローに入れていた時を思い返すと、あまりにスムーズで、『自分は今、ちゃんと乗れてるのかな?』って思うくらいですよ。

リンス:ただ、そこにはいつもリスクもあります。フローと“オーバーフロー”の境目って本当に薄い。少し気が緩むと――

クアルタラロ:クラッシュする。

ミラー:オーバーフローはクラッシュそのもの。

リンス:まさにそう。

—— フローとオーバーフローの違い(境目)はどこにあるんでしょうか?

全員:オーバーフローはいきなり起きます。

ミラー:警告が出てくれたらいいんですけどね。たぶん、脳はそんなサインを出してくれないんです。
“すごく調子が良かったのに、気づいたら転んでた”って話をよく聞くんですけど、あれがまさにその状態で、感覚が“良すぎる”くらいになってる。
だから、フローに入ると、どこかで自分を抑えようとしているんですよね。『調子に乗るな』『やりすぎるな』って、自分に言い聞かせながら走っている感じです。

—— フローに入りやすい環境や状況はありますか?

ミラー:バイクだけじゃなくて、グランプリレースの流れとか状況とか、いろんな要素が重なります。
“簡単なレース”なんてないけど、うまく積み重なっていって、その状態に入れるときがある。逆にそれが揃わないと、あの感覚を見つけるのは難しい。とはいえ、結局いちばん大きいのはバイクだと思います。

オリベイラ:体調も大事です。バイクが完璧でも、熱があったらフローに入るのは難しいと思います。

—— フロー中は視野が広くなりますか? それとも狭くなりますか?

リンス:フローに入ると周りまで見える余裕が出てきて、まるで大きなスクリーンを見ているみたいな感覚になります。

オリベイラ:わかる。

ミラー:縁石の石とか、路面の小さな石とか、普段なら絶対に拾わないようなものまで目に入ってきます。
集中はしているんだけど、視野が狭くなっているわけでもない。そんな感じです。

—— 最後に、レース以外でフローに入った経験があれば教えてください

全員:もちろんありますよ。

オリベイラ:むしろレース以外の方が多いかもしれません。
どちらかというと“オーバーフロー”かもしれないけど、家に帰るつもりで車を運転してるのに、気づいたら全然違う道を走っていたりするんです。『なんでこっちに来てるんだ?』って。

ミラー:自分がどこを走っているかに意識が向いてない、あの感じ。僕も車を運転しているときに体験します。

クアルタラロ:僕はランニングですね。思っているより速いペースで走れていて、それが気持ちいい時がある。そういうときはフローに入っている感じがします。

リンス:僕は地元でトレールを走るときです。坂を上って、岩とかを見ながら走っていて、フローに入ると迷わず行ける。そのまま流れるように進めるんです。

—— 質問は以上です。非常に貴重なご意見をいただき、ありがとうございました。

いつの日か“誰もがトップライダーのようなフロー”を味わえる製品をみなさまにお届けできるよう、研究を続けていきます。
ヤマハ発動機の「人間研究」に乞うご期待!

全員で「e-plegona」の人と人の心が通じ合う感覚を体験してもらいました。

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