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ヤマハ発動機の未来を描くひと Vol. 03

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オオクワガタに見るCMFG

並木育男 IKUO NAMIKI

PROFILE
フロンティアデザイン部 MRSプロダクトデザイングループ グループリーダー
埼玉県生まれ。大学にてプロダクトデザインを専攻し、卒業後ヤマハ発動機に入社。現在はボート、プール、電動アシスト自転車、ゴルフカーに発電機……と多岐に渡る製品のデザインを手がけている。

300匹のクワガタと暮らした男

このウェブサイトの画像を見て、「あれ、何だか変なページに飛んじゃった?」と戸惑った人がいるかもしれない。でもご心配なく。ヘビと戯れている少々怪しげなこの男性は、れっきとしたヤマハ発動機のデザイナーだ。ただ、デザイン本部の中でも一風変わった “生きもの好き” として知られている。このヘビ(正確には、ボールパイソンというらしい)は彼が自宅で愛情たっぷりに飼育しているもので、ほかにもトイプードルやカメ、そして大量のクワガタムシ(の標本)と暮らしているという。
並木育男さんは“育てる男”というその名の通り、生きものの飼育に並々ならぬ情熱を注いでいる。自然豊かな場所で生まれ育ったこともあり、子どものころから昆虫採集や釣りなどを通じて生きものと親しんできた。「田舎でほかに娯楽もなかったので、朝から晩まで外で遊んでましたね。なかでも夢中になったのがクワガタ採り。男の子にとってクワガタって特別な響きがあって、昆虫界では強くてカッコいい憧れの存在でした」

やがて美術大学を卒業してヤマハに入社。バイクやマリンプロダクトなどさまざまなヤマハ製品のデザインに携わり、充実した日々を送っていた。ところが21世紀になって「甲虫王者ムシキング」が大流行。日本中がクワガタブームに沸いたのだ。少年時代の憧れを思い出した並木さんもクワガタを飼い始め、その面白さにどっぷりとハマってしまうことに。
「繁殖させたり珍しい品種を取り寄せたりして、一番多いときで300匹くらい飼ってました。自宅に温度と湿度を24時間管理できる “クワガタ部屋” まで作って、エサ代、ケージ代、冷暖房費で200万円くらいつぎ込んじゃいました。楽しかったけど、当時は奥さんをなだめるのが大変でした(笑)。」その後、ブームの沈静化とともにクワガタ飼育からは撤退。手塩にかけて育てた大量のクワガタ達は、標本となって並木家のリビングを飾っている。そして彼がいま飼育中なのが写真のヘビ、というわけなのだ。ちなみに現在飼っているのは1匹のみだが、少し前には6匹まで増やしてしまい、家族のヒンシュクを買っていたんだとか……。

最新カラーリング技術で知る、虫たちの “スゴさ”

はたして、生きものたちの何がそこまで並木さんを夢中にさせるのだろうか。たずねてみると、彼はたくさんのコレクションの中から1匹の標本を取り出して見せてくれた。「このヘラクレスオオカブトの黄色い羽は、湿度が高くなると茶色くなってきます。それは羽の表面にある微細な凹凸に水の分子が入って、光の反射加減が変化するからなんですね」そしておもむろに濡らした指で標本の羽をこすり始めた。すると彼のいうとおり、羽の黄色がゆっくりと黒みを帯びてゆく。「これを構造色というんですけど、じつはナノ膜コーティングの原理と似たような仕組みなんです。」標本のコレクションには他にも緑や黄色などカラフルなクワガタがたくさんいるが、並木さんいわくすべて構造色による光の反射でカラフルに “見えて” いるだけなんだとか。「水や油につけたらどれも茶色くなりますよ。不思議でしょう? 僕にとっては、クワガタはCMFG(※)の宝庫なんです!」

※カラー(色)、マテリアル(素材)、フィニッシュ(仕上げ)、グラフィックの略称

ここで並木さんのいう “ナノ膜コーティング” について少し触れておこう。これはヤマハ独自のカラーリング技術「SixONy(シクソニー)」のこと。ものすごくおおまかに説明すると、セラミックスを用いた超・極薄(数十万分の1ミリ)の皮膜を母材の表面にコーティングするものだ。この際に膜の厚さや光の屈折具合をコントロールすることで、多彩な色を発色させることができるそうだ。すでに一部のヤマハ発動機のバイク部品の塗装に使われたり、音楽のほうのヤマハとコラボしてカラフルな管楽器を製作したりと(写真下)、さまざまな製品分野での応用が期待されている。このナノ膜コーティング技術について社内で技術解説を受けた並木さんは、「最新のカラーリング技術とクワガタの構造色、どちらも同じ仕組みじゃないか! 」といたく感激したという。

生きものは、デザインのヒントがつまった宝箱

クワガタはCMFGだけでなく、その個性豊かなフォルムも魅力なのだと並木さんは言う。もちろんカタチは品種によってそれぞれ異なるわけだが、同一品種のクワガタでも産地によって微妙に個性が異なるという、奥深い世界なんだそうだ。「僕はクワガタマニアなうえにプロダクトデザイナーだから、フォルムの違いにはうるさいんですよ(笑)。だから同じオオクワガタでもアゴのカタチや体のバランスを見たら、山梨県の韮崎市とか福岡県の久留米市だとか、だいたいの出身地がわかっちゃいます。」そんな並木さんに、これまでクワガタに何かインスピレーションを受けた製品があるかどうかたずねてみたところ、ディレクションを担当したコンセプトモデル「05GEN」を挙げてくれた。伸びやかなルーフを持つこのモビリティのフォルムを見て、「あ〜なるほど!」と納得できた人も多いのではないだろうか。

また産地だけではなく、寿命や進化の特性もクワガタのフォルムに大きな影響を与えているという。例えばオオクワガタとミヤマクワガタ。前者は体全体が偏平で、太く短い脚を持つ。これは寿命が5年前後と長く、越冬するときに木の中に潜り込みやすいよう最適化されているためだ。ところが後者の寿命は1年。生きているあいだにメスを取り合ってしっかり戦えるよう、立体的な形状の大きなアゴをもち、脚は細く長く発達している。
「理由がわかるとおもしろいでしょ? クワガタもヘビもカメも、生きものはそうやって時間をかけて機能や生存戦略を進化させていて、それが色やフォルムに実直に表現されているんですね。僕から見ると、そこにはデザインのヒントがあふれていると思います。」
そう熱っぽく語ってくれた並木さん。彼の生きものへの猛烈な愛とリスペクトは、今日もさまざまなヤマハ製品のデザインに、惜しみなく注ぎ込まれている。

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