ゆっくりと差し出されたのは、白くて優しい手触りの、丸い手。それを差し出しながらゆっくりと進む様子は、まるで誰かが手を貸してくれながら寄り添ってくれているようだ。果たしてこれはいったい、何だろうーー?
もびりてを初めて目にする人は、きっと大いに戸惑うはずだ。なぜなら、いままで見たこともない動きと形をしたこのプロダクトの用途を、私たちはまだ知らないからだ。 もびりてを生み出したのは、次世代のヤマハデザインを担う若手デザイナーたち。ヤマハらしい革新的なデザインの考え方をより深め、尖らせていくことを目的に実施されたプログラムで、企画・発案からPRまで彼らがチームとなって手がけたものだ。そのテーマとなったのが、ユニバーサルデザイン(UD)。これは年齢・性別・障害の有無や文化・言語・国籍のなどを問わず誰もが利用できるデザインを総称したもので、7つの原則によって定義されている。それではヤマハらしいユニバーサルデザインってなんだろうーー? 若手デザイナーたちはまず、この7つの原則そのものを“ヤマハらしさ”で解釈した。
ヤマハのモビリティには、マシンコントロールを楽しみ、マシンと一体となることで達成感や高揚感を味わえるという「人機官能」という開発思想がある。これは、「人」と「機械」を高い次元で一体化させることで、「人」の悦びや興奮をつくりだそうというヤマハの“基本思想”というべきものだ。そしてこの思想は、新たに解釈したヤマハらしいUD7原則にも非常に色濃く反映されている。モーターサイクルのように趣味性が強く操縦に高い身体性が必要とされるモビリティと同様に、誰でも気軽に使えるモビリティにも「楽しさ、一体感、心地よさ」を持ちこむところは、じつにヤマハらしい斬新な視点だ。こうして若手デザイナーたちは、単にユーザーにとって楽(らく)なだけではなく、ワクワク・ドキドキして「楽しめる」、全く新しいユニバーサルデザインのモビリティに挑戦することとなったのだ。
ヤマハの思想や美学を誰でも気軽に体験できる、楽しいモビリティとはーー。この発案に際して、デザイナーたちは“移動”という行為に伴う様々な要素を洗い出し、“ネガティブ”な要素を減少させ、“ポジティブ”な要素を増加させるという両輪からアプローチを試みた。例えば操作においてインターフェースが複雑だったり操縦が難しいというネガティブ要素は、感覚的に扱って動かすことのできる「使いやすさ」の追求へ。交通事故のように乗る人や周囲の人を傷つけてしまう可能性は、これまでのモビリティにない素材ーーたとえば柔らかくて心地よいボディ素材を使用して構造を工夫することで、「安心・安全」なものへ。いっぽう、モビリティと人の関係がもっと近づき、親密になるためには「繋がる」ためにコミュニケーションできる機能を。そして楽器にルーツをもつヤマハらしく、エンジン音やモーター音のようにモビリティが発する音の心地よさを追求して、もっと「楽しめる」ものにーー。
若手デザイナーたちは、時にはモビリティらしからぬ問いかけや、常識からするとかなり不思議な、あるいは変な機能まで真剣に突き詰めることで、イノベーティブなヤマハらしいUDモビリティのアイデアを尖らせていった。
時には奇抜とも思えるようなアイデアまで大真面目に議論した結果、若手デザイナーたちはついにこれまでにないユニークなモビリティを考案した。いま存在しているあらゆるモビリティは、より速く快適に移動するため、いわば人の「足」の代わりとなって発展してきたもの。それに対して、この新しいモビリティは人の「手」となり、困っている人に手を差し伸べて心と体を通わせることを目的としている。そして驚いたことに、このモビリティは人が“乗る“ためのものではない。差し伸べた手が、必要としている人を支えたり、導いたり、荷物を持ったりと、“寄り添う”ためのモビリティなのだ。赤ちゃんや子ども、お年寄り、障害があったり怪我をしている人など、通常のモビリティにアクセスしづらい、あるいはできない人に必要とされているのは「足」よりも手ではないかーー。それはデザイナーが「UDを必要とする人は何を望んでいるか」という本質を考え抜いて、既存の概念を突き抜けた末にたどり着いた、新しいモビリティの価値の提案だったのだ。
一度目にしたら忘れられないインパクトのあるこの形も、UDの観点から「使いやすさ」と「親しみやすさ」を追求して生まれたものだ。デザイナー達がこだわったのは、スタイリングのためのデザインはしないこと。ただ所有感を満たすようなファッション性や、いかにも速く走りそうなカッコイイものを作り上げるのではなく、ユーザーが使い方を直感的に理解しながら親近感も感じられるよう、必要な機能をそのまま造形にしたいと思ったのだ。搭載する機能をひとつひとつ見直し、誰でも使えるように再構築する“モノ視点”。人とモノの関係性に親しみや温もりをもたらす“ココロ視点”。この2つの視点から、デザイナーはモビリティの「使いやすさ」と「親しみやすさ」を融合させていった。ここで用いられたのが、“ぶちゃいく”というキーワード。使いやすいインターフェースのシンプルさ、差し伸べた手を安心して取りたくなるような優しい質感、そして共に移動を楽しんだり、心を通じ合わせたくなるような愛嬌のあるゆるいカタチ。UD視点とヤマハらしさを考え抜いたら、こんな“ぶちゃいく”かつユニークな造形のモビリティが誕生したのだ。
こうして生まれたのは「モビリティ」と「手」が融合した乗らないモビリティ、「もびりて」。困った人に手を差し伸べるという、まったく新しい機能とインパクトある造形を持ったUDモビリティだ。その手はユーザーに手を貸すだけでなく、エスコートしたり、荷物や傘を持ってくれたりといったさまざまなサポート機能が想定されている。老若男女を問わず多くの人が、もびりてと寄り添うことでもっと手軽に楽しい移動ができるよう、デザイナーが機能とカタチを追求した結果だ。また、 “必要なのは「足」じゃなくて「手」じゃないか?”ーーそんな奇抜とも言えるアイデアに大真面目に取り組み、UDを原則から解釈し直して作り上げたプロセスそのものも、実験的なプログラムとはいえ非常にヤマハらしい突き抜けた取り組みだと言える。
「手をお貸ししましょうか?」
このことばに込められているのは、ヤマハがこれまでのモビリティでは感動を届けられてなかったユーザーに向けた、新しい感動体験へと誘う呼び声なのかもしれない。
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