2015年秋、NPO法人「スローレーベル」による市民参加型パフォーミングアーツプロジェクト「SLOW MOVEMENT」がスタートした。このプロジェクトでは、年齢、性別、障がいの有無などを超えて集結した人々が、あらゆる場所でパフォーマンスを繰り広げることで<多様性と調和>のメッセージを広めることを目指している。
パフォーマンスの開催にはサーカスやダンスで身体表現を行うパフォーマーだけでなく、衣装や装置の作り手、運営補助なども一般の市民がさまざまな形で参加できる仕組みで運営されている。開催地の市民やクリエイターを取り込んでいくことで、アートとしてさらに進化しようと挑戦しているのだ。
そのパフォーマンスで使用されている、白く美しい車いすがある。白い衣装をまとったパフォーマーとともに駆け巡る、音とリズムを奏でる心踊る車いすーーそれがヤマハ発動機・ヤマハ・スローレーベルのコラボレーションによる“音を奏でる電動アシスト車いす”、「&Y01」だ。
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スローレーベルでは理事長の栗栖良依さんを中心に、多様な人々が出会って共に活動する機会を作ることで「誰もが居場所と役割を実感できる地域社会の創生」に取り組んでいる。この「SLOW MOVEMENT」プロジェクトの立ち上げにあたって「障がいのある人もない人も一緒に外でパフォーマンスをしたい。そこに周りの人も巻き込んで“外に出よう”と心を動かしたいーー。」と願った栗栖さん。彼女は障がいのあるパフォーマーの身体や感覚を拡張する技術や道具を開発して、演出に取り入れられないかと考えていた。そこで思い出したのが、ヤマハ発動機の電動アシスト車いすのコンセプトモデル「02GEN」の存在だ。機能や安全性が重んじられる車いすに、こんな美しいデザインを与えられるヤマハ発動機なら、このプロジェクトのコンセプトに共感してくれるはず。そこにヤマハがもつ音・音楽の領域を融合することで、これまでにないパフォーマンスを生み出せるのではーー。
2つのヤマハとの共創に大きな可能性を感じた栗栖さんは、協力を要請することに。ヤマハ発動機とヤマハは、“より多くの人々と新たな感動や豊かな文化を共有する”という両ヤマハに共通する思いから、栗栖さんのイノベーティブな取り組みに深く共鳴。こうして、モビリティ・楽器・パフォーミングアーツプロジェクトという3者のコラボレーションが決まったのだ。
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&Y01は、ヤマハ発動機の電動アシスト車いすの市販製品「JWスウィング」をベースにしている。全体のイメージとなっているのは、思うままに波間を駆け抜ける白いヨット。ボディからフレームに至るまで白や半透明の色で統一された車いすの後ろでは、薄く、軽く、柔軟な「TLF スピーカー」がヨットの帆のようにはためいている。そして帆の先端とボディには青色のライトを配することで、イメージの元である波間を漂うヨットが水中を幻想的に映し出す様子を表現している。またこのスピーカーと丸い車体の組み合わせは音符が踊っているような様子をイメージさせ、車体の両側には薄型のパーカッションが装着されていることから、乗り手はまるで楽器そのものに乗っているかのような新鮮な感覚を体験することができるのだ。誰かに背中を押されるように軽く滑らかに移動しているうちに、乗り手は自分の動きに連動して奏でられる音に高揚し、自然にパフォーマーへと変わっていく。そして&Y01とパフォーマーは音を奏でながら会場中を駆け巡ることで、周囲と調和するように一体感を広げていく。そこには「パフォーマンスを見た人たちが自分の可能性を広げるきっかけになってもらえれば」という思いが込められている。
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「JWスウィング」
車いすのハンドリム操作の負荷に応じて電動の補助力が働く、電動アシスト車いすです。車いすを必要とする方の行動範囲の拡大や自立した生活の支援を目的に開発した製品です。
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パフォーミングアーツの表現演出として大きな役割を果たす&Y01は、パフォーマーの衣装や全体の世界観との調和を図るために洗練された白い外観に仕上げられ、“パフォーマンス専用車”らしい特別感を演出した。ボディ部分の半透明のカバーからは青色の光がほんのりと輝き、夕刻や屋内でのパフォーマンスに彩りを添えられるようになっている。
また機能面では乗り手(プロの車いすダンサー)の意見をヒアリングして、パフォーマンスしやすいように車体を最適な重量バランスにしたり、障がいレベルに合わせて部品を交換・調整できるようにカスタムが施されるなど、彼らの肉体と心の両方に寄り添った開発が行われた。その他にも公演がさまざまなロケーションで行われる可能性を考慮し、屋外電源のないところでもパフォーマンスが可能となるよう、アシスト、音源、照明等の電源を1つのバッテリーから供給できるようにするなどの工夫も盛り込まれている。
こうして完成した&Y01が初めてパフォーマーたちのいる稽古場にやってきたときのことを、栗栖さんは「障がいがある人もない人も興味津々で、みんなが乗りたがって取り合いになるほどだった。」と振り返る。それは、まさにその場にいた多くのパフォーマーたちが、“楽器に乗る”という全く新しい体験を通じて感動を共有した瞬間だったのだ。
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※ 映像の内容はコンセプトモデル「&Y01」に関する演出であり、JWスウィングの使用形態とは異なります。
また、SLOW LABELによるパフォーマンスとも異なります。
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こうしてスタートしたSLOW MOVEMENTの公演は、初回から大きな注目を集めることとなる。パフォーマーたちが年齢や性別、国籍、そして障がいの有無などの違いを乗り越えて、周囲の人も巻き込みながら新たな作品を紡ぎ上げるという独創的な取り組みは、パフォーミングアーツの新しい形を社会に広く提案したのだった。
そして、その新しい芸術の実現に寄与した&Y01も同時に大きな話題となった。「車いす」というモビリティと「楽器」を融合させた斬新さ、パフォーマンスと調和した美しい造形、そして音を奏でながら軽快に動く様子が多くの人の心を捉えたのだ。そして障がいの有無を問わず多くの人から「&Y01に乗ってみたい」「自分も&Y01でパフォーマンスをやってみたい」という声が寄せられた。その中には実際にSLOW MOVEMENTに参加したり、車いすダンスを始めた人もいて、既に様々な場で活躍しているのだという。
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「2つのヤマハ × SLOW MOVEMENT」の共創と、そこから生まれた“音を奏でる電動アシスト車いす”&Y01。それはパフォーマーの表現を拡張し、パフォーマンスと観客をより深くつなげていっただけでなく、「移動の愉しさ」「音・音楽の楽しさ」を多くの人に広げたい、という2つのヤマハのメッセージを多くの人の心に届けていたのである。
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