モビリティを作るヤマハと、楽器やオーディオ製品を作るヤマハ。「ヤマハ発動機株式会社」と「ヤマハ株式会社」は異なる2つの企業でありながら同じルーツを持ち、どちらも音叉のマークと「YAMAHA」の文字をブランドロゴに掲げている。それゆえに扱う商材は全く異なるものの、世の中では両社を同じ会社と思っている人が少なくない。だからヤマハブランドで何を思い浮かべるかは、その人の趣味によっても住んでいる国によっても異なるのだ。
「Two Yamahas, One Passion」は、同じヤマハを掲げる企業で一緒にブランド価値を向上させていくために、2015年から始まった取り組みだ。以前からグラフィックデザインコンテストを共催するなど交流を続け理解を深め合ってきた両社のデザイナーたちは、こんな思いにたどり着いた。
「両社のデザインの流儀に共通するものは何だろう?」
その答えを見出そうと始まった取り組みが、両社のデザイン部門によるコラボレーション「project AH A MAY」だ。これは、2社がお互いの商材を交換して自由なデザインを提案するという試み。つまりモビリティデザイナーが楽器をデザインし、楽器デザイナーがモビリティデザインを行うというものだ。ちなみに「AH A MAY」とは「YAMAHA」を逆から読んだもの。相手の存在を鏡に見立てて、お互いのデザインの流儀を映しあうという今回のプロジェクトを意味している。
モビリティデザインの考え方でゼロから楽器をデザインしたら、はたしてどんなものが創れるのかーー。誰も答えを持たない、そしてどんなものが完成するか想像もつかない、そんな突拍子もないデザインの実験が始まった。
“音楽のヤマハ”の商材の中から“乗りもののヤマハ”が自ら選んだものは、マリンバとドラム。しかもこのプロジェクトでは、2社ともに商材と創るものについては相手領域の慣例や常識に一切捉われないよう、知りたいことは全て自分たちで調べる、という取り決めになった。そして内容の擦り合わせや中間チェックも一切行うことなくプロトタイプ制作までやり通すという、かなりスリリングな取り組みになったのだ。
さっそくヤマハ発動機ではお題の楽器を取り寄せて、実際に触れたり構造を自分たちで確認するところからデザインはスタートした。マリンバの音板の材質、音板の厚みや幅、そして共鳴パイプと音との関係性。ドラムセットはスネアドラム、バスドラムなど複数のドラム類とシンバル類の構成要素や、それぞれの音の高低。デザイナーはこうした基本的メカニズムを理解した上で、「演奏」「音」という楽器の本質を自分たちなりに探りながらイメージを膨らませていった。
お題のマリンバとドラムはともに打楽器。どちらも叩けば音が鳴る、という非常にシンプルな構造だ。
「既存の楽器の形態に捉われず、どのように“乗りもののヤマハ”らしいドキドキ、ワクワク感を表現するか?」
「バイクメーカーであり、ヤマハであるからこそ提供できる価値は何か?」
新しい楽器の再構築にあたって、 デザイナーたちは常にその問いに向き合い続けた。そして溢れ出すイメージを次々とスケッチしながら、同時に議論とアイデア出しを重ねていった。ここに並べたのは、そのスケッチのほんの一部分。幅広いモノの形状から造形を着想したり、音やプレースタイルから造形をイメージしたりと水平思考を果てしなく広げていき、それらをどんどん視覚化していった。そんなブレストを繰り返しながら、デザイナーは既存のイメージからどんどん自らを解き放っていったのだ。
そして生まれたのが、マリンバとドラムを“乗り物のヤマハ”が再解釈した「FUJIN」「RAIJIN」という2つの楽器。音板やドラム類の配置は既存のものとは全くかけ離れているが、どちらも奏者が楽器の中心に位置し、バイクのように人と楽器が一体でデザインされている点にモビリティデザイナーらしい流儀が感じられる。また、すべてに加飾ではなくコンセプトに基づいた明確な理由があること、素材の使い方や見せ方、機能に対するアプローチなど、ヤマハデザインらしいDNAがしっかりと息づいていることを自分たちも改めて確認したのだった。
奏者を囲むように環状に音板が配置された斬新なマリンバ。その中心では、まるでバイクでタンデムするように二人の奏者が前後に並んで演奏することができる。注目すべきは音板が回転すること。後ろ側の奏者が回転させる音板を前の奏者が演奏するというまさに二人乗りさながらの奏法は、お互いのスイングやギャップから生まれる偶発性を楽しんだり、二人ならではの“手数”を活かして音域が広く難易度の高い演奏をすることができる。奏者を中心に流れるように音板が回る様子は、まるで風袋を持った風神を想起させることから、このマリンバは「FUJIN」と名付けられた。回転する音板はまるでバイクでコーナーを駆け抜けるときのような疾走感を感じさせてくれる。
球状のジャングルジムのようなフレームにドラムとシンバルを取り付けた、異質な形状のドラムセット。これは風神と対になる存在であり、稲妻を走らせ雷鳴を轟かせるという太鼓を抱いた「雷神」の名が与えられた。奏者は球状フレームにセットされたドラム類を本能の赴くままに叩いたり、全身で暴れ回るように演奏することもできる。ダイナミックなその奏者の姿は、まさに“雷神”そのもの。その様子からは、まるで体全体を使ってバイクでオフロードを走り回るような力強さや躍動感を感じられるのではないだろうか。
このプロジェクトにおいてヤマハ発動機のデザイナーは「奏者のエネルギーをより増幅させ、オーディエンスとの一体感を醸成する構造」の楽器を考え、デザインを追求していったという。そして完成した「 FUJIN」「RAIJIN」は、どちらもバイクを“人馬一体”で操縦するかのように、肉体でより深く干渉する楽器に仕上がっているところが“モビリティのヤマハ”らしい。それゆえに奏者の発するエネルギーが増幅されて高まっていくさまを、オーディエンスは耳だけでなく視覚からもリアルに感じ取り、さらなる音楽との一体感を得ることができるのだ。
初めてお互いの作品を見たデザイナーたちは、かくもお互いの作品の放つ雰囲気が似ているものかと驚いたという。モビリティも音楽も、人間にとっては“乗る”ためのもの。音楽は人間の心と感情を乗せて、モビリティはさらにその肉体を乗せて移動することで、楽しみや悦びを生み出してくれる。またこの追求が「より多くの人々と新たな感動や豊かな文化を共有する」という2つのヤマハの思いを達成する原動力となっている。
「ヤマハプロダクトを手にするユーザーに、常に新しい感動をもたらしたい。」
デザイナーたちがあらためて確認した“ヤマハらしさ”とは、ものづくりにおけるそんな強い使命感と情熱だったのかもしれない。
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