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55mph - Roots. Vol.04

ヤマハ TRACER9 GTで走る、河西啓介と桐島ローランドによる四国・高知6日間のツーリング旅紀行です。

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Vol.4 ヤマハ発動機の原点にあるもの

ウィルスの脅威に晒された閉塞感の中で、誰もが渇望する “自由な移動”への思い。その長いトンネルの先にかすかな光が見え始めたいま、僕らはモーターサイクルで旅を試みる。東京から四国・高知を往復するグランドツーリング。それは不自由な暮らしのなかで見失いそうになる、自分たちの“原点”を確認する旅でもあった。

ヤマハ発動機誕生の地、浜松

東京から高知県・土佐まで、4台のモーターサイクルで往復2000km余りを走る旅。4日目の朝、僕らはふたたび東京に向けて走り出した。ローリー(桐島ローランド)のルーツを辿ろう、と走り出したこの旅もトリップメーターは1300kmを刻み、いよいよ後半に差し掛かった。だがここからの道程を単なる“帰り道”にしてはつまらない。そんな思いから東京に向かう道中、僕らを運んでくれるモーターサイクル「ヤマハ」のルーツを訪ねることにした。

「ヤマハ」というブランドの起源は明治の中期、技術者であり日本初のオルガン製造に成功した山葉寅楠が静岡県・浜松で興した「山葉風琴製造所」に遡る。その後「日本楽器製造」と改組しピアノをはじめとする楽器製造で知られるようになるが、いっぽう技術力の高さから飛行機用のプロペラ製造も手掛け、軍需工場として航空機のプロペラ製造に専念する時期もあった。

しかし戦後はふたたび楽器製造に邁進。そのさいにプロペラ製造で培った技術と工作機械の平和利用という目的からオートバイの生産を始める。そして1955(昭和30)年、日本楽器製造から分離するかたちで生まれたのが二輪メーカー「ヤマハ発動機」である。そのヤマハ発動機誕生の地である浜松に、僕らは立ち寄ることにした。

土佐から浜松までは、高速道路を乗り継ぎ最短距離で目指しても600km近くある。これは今回の旅でも最も長い移動距離だ。すでに3日間走り詰めで、疲れも出ている。それでもなんとか無事に走りきれたのは、ヤマハ・モーターサイクルの高い信頼性、快適性はもちろんのこと、じつはもうひとつ大きな要素があった。それはローリー、レイナ、タニャ、僕の4人がインカムで結ばれていたことだ。ヘルメットに装着した「ミッドランド」のBT X2 PRO Sが4人同時の通話を可能にしてくれたおかげで、走行中に意思疎通ができたのは本当に大きかった。ルート情報が共有できるのはもちろんだが、走りながら見たもの、感じたことなど仲間と会話を交わしながら走ることがツーリングの楽しさを倍増させてくれる、というのはインカムを使っている人ならわかるはずだ。ときには他愛ない雑談も交えつつ4人でコミュニケーションしながら走ることで、長い道中も退屈せず集中力を保つことができたのだ。

インターコムやウェラブルカメラを展開する通信機器メーカー「MIDLAND」はバレンティーノ・ロッシ率いる「VR46アカデミー」にも採用されている。BT X2 PRO Sは音楽を聴きながら会話も可能なハイグレードモデル。

優れたウィンドプロテクション効果を発揮するハイスクリーンは長距離移動の疲れを軽減してくれた。

コンフォートシートのおかげで今回のツーリングでお尻が痛くなることがなかった。

パフォーマンスダンパーは振動を抑え、乗り心地、ハンドリングを向上させ、長距離移動でさらに効果を発揮した。

浜名湖でボートの運転を楽しむ

浜松に着いた翌日。この日僕らの気持ちが浮き立っていたのは、バイクではないある乗りものに乗ることになっていたからだ。浜松の西に位置する汽水湖(淡水と海水が入り交じる湖)である浜名湖。その湖畔にある「ヤマハマリーナ浜名湖」で僕らはボートに乗るのだ。
ヤマハ発動機はモーターサイクルだけでなく、バギーやカートなどの四輪車、スノーモビル、水上バイクなど、陸と海を走るさまざまな乗りものをつくっている。中でもボート製造の歴史は長く、創業間もない1960年代初頭からFRP製モーターボートの製造を開始している。今や船外機や水上バイクなどを含めたマリン事業は、ヤマハ発動機の中核を成すビジネスだ。

じつは僕もローリーもここ数年でボートに興味を持ち、お互いボート免許(小型船舶免許二級)を取得していた。エンジンパワーを駆使して走り、船体をバランスさせつつリーンして曲がるボートの運転感覚は、どこかモーターサイクルと通じるものがある。バイク乗りとボートという乗りものの親和性は高いと思う。

ヤマハ発動機には「Sea-Style」という会員制レンタルボートサービスがある。それを利用すればボートを所有していなくても全国各地のマリーナから出航することができるのだ。僕らは「ヤマハマリーナ浜名湖」でボートを借りクルーズを楽しんだ。道路も車線もない湖を(もちろんルールやマナーはあるが)思いのままに走らせるのはとても爽快だ。とくに風を切る気持ちよさは、モーターサイクルでもオープンカーでも敵わないほど圧倒的なもの。僕らは朝から昼過ぎまでたっぷりクルーズを楽しみ、遅めの昼食を済ませたあと、浜松に隣接する磐田へと向かった。

葛城 北の丸で知るヤマハらしさ

1972(昭和47)年に浜松から移転して以来、ヤマハ発動機の本拠は磐田市にある。僕らは本社に併設された「コミュニケーションプラザ」を訪れた。その企業ミュージアムには1955(昭和30)年にヤマハ初の二輪車として生産された「YA-1」から始まる歴代モデルが展示されている。僕らが訪れたときは2021年限りでMotoGPを引退したバレンティーノ・ロッシが実際に乗っていた、貴重なレーシングマシンの企画展示も行われていた。こうしてブランドのルーツやヒストリーを知ることで、自分の乗るバイクに対する愛着や誇りが生まれてくる。ヤマハのモーターサイクルによるこの旅の終わりに立ち寄ることができて、本当によかった。

旅の最後の夜は、特別な宿に泊まることができた。袋井市にある「葛城 北の丸」だ。ここはヤマハ(当時の日本楽器製造)の4代目社長であり、ヤマハ発動機の創業者でもある川上源一の深いこだわりから、新潟、富山、石川などの古民家7棟を移築してつくり上げた日本建築の宿。歴史を感じさせる荘厳な建物の前にバイクを止めると、まるで武士が旅籠に辿り着き馬を休ませるときのようだ、と勝手な想像が湧き上がってくる。

その夜は遠州の旬の食材をふんだんに使った食事を堪能し、かつて川上源一がプライベートで訪れ音楽を聴いていたという離れの部屋で語り合い、翌日は宿に隣接する「葛城ゴルフ倶楽部」でハーフラウンドを楽しんだ。

このコースはプロのトーナメントも行われる日本屈指の名門コース。葛城での宿泊もゴルフも僕らの身には余るほどの贅沢な体験だったが、そこに流れる“ヤマハイズム”を知ることは、僕らのモーターサイクルに対する意識をあらためさせてくれた。

6日間、2200kmの旅の終わり

川上源一は「楽器は余暇を楽しむためのもの。それをつくるヤマハは、遊ぶための場所や空間も提供しなくては」という信念を持っていたという。その思想はそのままモーターサイクルにも置き換えることができるだろう。バイクを楽しむということは、単にそれを手に入れればいいということではない。それに乗ってどこに行き、どんな時間を楽しむか、それこそが大事なのだと。

旅の帰路で楽しんだボート、宿、ゴルフ、それらヤマハの別の顔を知ることで、僕らははからずもヤマハ・モーターサイクルのルーツや精神に触れたのだった。

6日目、夕刻の東京・丸の内。すでに陽はとっぷりと暮れ、仲通りにはイルミネーションが輝いていた。仕事帰りの人々が足早に行き過ぎるなか、ローリー、僕、タニャ、レイナの4人と4台のヤマハ・モーターサイクルによる旅のゴールに辿り着いた。トレーサー9GTのトリップメーターは2118kmを示していた。僕らは濃密な6日間の旅を思い返し、お互いの胸にこみ上げるものを感じていた。

突然訪れた不自由な暮らしに、風穴を開けるような旅をと出かけたツーリング。それは見失いそうになっていた自分たちのルーツを確認する旅でもあった。
ふたたび世界が自由を取り戻した時、僕らはモーターサイクルとともにまた美しい風景を求めて旅に出るだろう。55mphのスピードで。

Special Thanks

桐島ローランド

Rowland Kirishima

河西啓介

Keisuke Kawanishi

友村麗奈

Reina Tomomura

パルシナ タニャ

Tanya Parshina

桐島ローランド

1968年生まれ。ニューヨーク大学芸術学部写真科を卒業しフォトグラファーに。雑誌および広告写真などを中心に活躍する。現在はCyberHuman Productionsのテクニカルアドバイザー。学生時代からバイクに親しみ、オン/オフ問わずレースにも出場。2007年ダカール・ラリーに出場し完走を果たす。

河西啓介

1967年生まれ。早稲田大学卒業後、 広告代理店勤務を経て自動車雑誌『NAVI』編集部員に。オートバイ雑誌『MOTO NAVI』、『NAVI CARS』などを創刊し編集長をつとめる。現在はフリーランスのモータージャーナリスト、編集者、プロデューサーとして活動する。

Staff

Photographer

長谷川徹

Toru Hasegawa

Director & Videographer

太郎良雄馬

Yuma Tarora

Wick Grow. Inc.

Coodinator

林生貴

Yoshiki Hayashi

Gen Inc.

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