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DT-1 開発者インタビュー

展示コレクションの関連情報

「機能中心のバイク」。それが絶対の約束事だった

PROFILE

作間 英輔氏
(さくま・えいすけ)
DT-1の開発で実験関係の責任者を務めた

 DT-1の発想そのものは、日本で生まれたわけではありません。「オフロード」や「トレール」という言葉自体、まだ日本ではほとんど認知されていない時代でしたし、そういう概念さえなかったと思います。
 そんなある日、アメリカに駐在している日本人の技術者から、当時、浜北市にあったヤマハ発動機本社に相談の連絡が入ったのです。「コロラド州を担当しているアメリカ人のセールスマンが、オフロードバイクを開発して欲しいと要望している。あのあたりの市場はロードスポーツモデルがまったく売れない代わりに、ハスクバーナ(チェコ)やブルタコ(スペイン)、それにモンテッサ(スペイン)といったヨーロッパメーカーのオフロードバイクがよく売れるんだ」ということでした。
 これがヤマハで初めての本格的なトレール、DT-1の開発が始まるきっかけになったんです。
 しかし、コロラドで売れるからといって全米で売れるとは限りませんし、私たち日本にいる開発者はオフロードバイクと聞いても「ん?」という感じ……(笑)。市場の環境もわからなければ、何をコンセプトにすればいいのかさえつかめない状況で、まったくイメージが湧いてきませんでした。
 そこでまず、現地に「どういうバイクを望んでいるのか、それを言葉と数字で出してください」と要望しました。すると「ロードクリアランスはこれくらい大きく、ただシート高はこれだけに抑えて欲しい」というような具体的な意見が返ってきて、それらをどんどん積み上げ上書きしていくと、しだいにバイクのディメンションが決まってきたんです。 次のステップは、そのディメンションを具体的な絵にすること。必要な条件をまとめ、GKデザインのインダストリアルデザイナーに依頼を出しました。
 ただ、開発を進めるに当たっては、「機能中心のバイク」という絶対の約束事の上で仕事に取り組みました。たとえばデザイナーさんにも「それはデザイン上、無理です」という言葉は禁句だよ、と。ですからフェンダーの形状やマフラーの取り回しなど個々のパーツで見てもスタイリッシュな仕上がりになっていますが、その一つひとつはデザインを優先しているわけではないのです。ただ、機能を最優先にしたからこそ、デザイナーさんの力が試されるわけで、その苦労はたいへんなものだったと思います。そうでなければ、あれだけ完成された機能美を実現することはできません。
 そうやってゼロからの出発でどうにかカタチになるまで漕ぎ着けたのですが、いざ走行実験の段階になったら、私たちでは何を評価基準にすればよいのかまったくわからないのです。そこで現地からテストライダーに来てもらって、富士スピードウエイのそばにある火山灰の斜面でテストを行いました。まず日本人のライダーが走ったのですが、斜面のなか腹まで進むとリアタイヤが空回りして進めなくなってしまう。といってUターンすることもできず、最終的にはコテンと転んでしまうのです。「アメリカ人が望んでいるのは登坂力、これではダメかな」という気持ちにもなりましたが、次に走ったアメリカ人のライダーは驚いたことに最後まで登りきってしまったのです。斜面の最後のところがほぼ垂直になっているのに、おかまいなし。これは乗り方から何からすべて違うんだ、と実感しましたね。
 こうして完成したDT-1は、まずカリフォルニア州で火がつき、爆発的な人気を博しました。それがあっという間に西部一帯に伝わり、全米の若者の血を沸かせ、2年ほど遅れて東部エリアまで広がったのです。この分野には他社も続々と参入し、それによってますます拡大したオフロードの市場が形成されていきました。1960年代はベトナム戦争の影響でアメリカでもバイクが売れない厳しい時代でしたが、そうした時代にピリオドを打ったという点で、DT-1は大変な功績を残したバイクだったと思います。
 DT-1はアメリカの価値観によって生まれてきたわけですが、一点だけ、日本人の価値観というか、ヤマハ発動機のこだわりを盛り込んだパーツがあります。それがパールホワイトに黒いピンストライプの入ったタンクの塗装です。今ではパールカラーも一般的になりましたが、当時はまだそのような技術もなく、パールの光を再現するため実際にアコヤ貝をフレーク状にして研究したりしました。例えばピンストライプを入れるには、3回塗装して2回焼付けをするというたいへんな手間と技術のいる作業ですが、それらをとことん追求し、技術革新して実現してしまうあたりにピアノの塗装で培ったヤマハの執念と誇りがあったのです。

※このページのプロフィール、および記事内容は、2003年9月の取材によるものです。
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