魁の“4ストローク”
ヤマハ発動機の技術ストーリーをご紹介します。
スタジアムに造成した特設コースで行われるスーパークロスは、アメリカ発祥のエンタテインメント性あふれるモトクロスレース。スタンドから声援を送る観客が仰ぎ見るような大ジャンプや、入り組んだコースでターンを繰り返す迫力ある走りはスーパークロスならではの醍醐味です。こうした短い助走からの大きなジャンプや、軽快なターンからの急加速は、軽量で瞬発力の高い2ストロークエンジンがもっとも得意とするところ。実際1997年までは車重、パワーと駆動力のバランスにおいて2ストローク250㏄が最速とされ、出場マシンは2ストローク一色でした。しかし、環境問題への関心の高まりや排ガス規制の進展を背景に、一般市販二輪車は4ストロークが主流となっていたことから、いずれモトクロス界にも4ストロークの波が来る、そう考えたヤマハはいち早く4ストロークモトクロッサーの開発に着手したのです。
誕生したファクトリーマシン「YZM400F」(#1)は、1997年のAMAスーパークロスの最終戦ラスベガス大会で優勝。4ストロークマシンによる勝利は、スーパークロス史上初めてでした。さらにヤマハはこの技術を用いて市販モトクロッサー「YZ400F」を翌1998年シーズン向けに発売し、世界のモトクロスシーンを一気に塗り替えていったのです。今日、世界のモトクロスのトップカテゴリーでは、4ストロークがその主流を占めています。その契機をつくったのは、間違いなくヤマハの大いなるチャレンジであり、ラスベガスの夜でした。
素早い燃焼を求めた5バルブ技術
ファクトリーマシン「YZM400F」開発で、目指したのは、2ストロークの「YZ250」と同等のポテンシャルで、かつ「YZ250」より軽いマシン。そのためにヤマハは1980年~90年代に経験した二輪エンジン開発や自動車レースの技術(#2)を応用し、独自のDOHC・5バルブ単気筒エンジンの開発に着手しました。F1エンジンのシリンダーヘッドと同じ構造で開発されたエンジンは、「YZ250」に対しわずか500g増という軽量型。5バルブの燃焼室は、レンズ形状の燃焼室形状を作りやすく高圧縮比を得やすく、燃焼を素早く行うことでハイパワーを引き出すことにも成功しました。5バルブはヘッドまわりをコンパクトに設計し、コンパクトな車体を実現。さらに4ストロークならではのパワーバンドの広さで、ライダーを頻繁なシフト操作から解放するというメリットを生みだしました。
ちなみにヤマハが取り組んだ4ストロークへの挑戦は、二輪カテゴリーだけではありません。「YZ400F」と同時期に誕生したスーパースポーツ「YZF-R1」の1000cc・5バルブエンジン(#3)は、2002年には世界初の4ストロークの水上オートバイ(PWC)「FX140」(#4)へ、2003年にはヤマハ初の4ストロークのスノーモビル「RX-1」(#5)へと展開されました。