Vol. 7 レーサーレプリカ全盛期。そこでも、扱いやすさを貫いた FZR400、FZR1000

1989年マイナーチェンジ時のFZR1000の車体

レプリカでも扱いやすいハンドリングを優先FZR1000

前編より続く

 レーサーレプリカのブームは日本国内だけでなく、ヨーロッパでビッグバイクのスーパースポーツにまで及んだ。'87年にヤマハはこのマーケットに、アルミ・デルタボックスフレームで270km/hのパフォーマンスを誇るレプリカフォルムのFZR1000をデビューさせた。当時のレーサーレプリカは軽量な車体など常識破りのスペックで、従来のビッグバイクでは望外だった軽快でシャープなハンドリングがセールスポイントだった。しかしヤマハの開発陣はレプリカであっても唐突な鋭いハンドリングには否定的で、一般のワインディングで扱いやすい安定感のある特性にまとめ上げたのだ。それはクイックなハンドリング・レスポンスを狙うと前輪が強いキックバックを起こす危険性があるという開発過程でのノウハウも活かされての結論だったのだ。FZR1000はその後モデルチェンジでバランスを向上させる方法論で軽快でパーフェクトなハンドリングを得るという、いかにもヤマハらしい進化を遂げていくのだった。

FZR1000に試乗する根本氏 FZR1000に試乗する根本氏

FZR1000に試乗する根本氏

セカンダリーロードを楽しく

 アルミ・デルタボックスフレーム採用のFZR400がデビューした'86年、国内のレプリカ・ブームはピークに達していた。そしてこれが飛び火したかのように、ヨーロッパでもレプリカの人気が高まっていたのである。もちろん国内の2スト250や4気筒400と違って、750cc以上のビッグバイクでのことだ。火つけ役となったのは、他でもない'85年に登場したGSX-R750だった。アルミ・フレームの採用で180kgを切る超軽量な車体など、従来のビッグバイクの常識を破るスペックで大きな反響を呼んだのはご存じの通り。スズキは続いてGSX-R1100を投入、リッターバイクの領域までレプリカ路線を拡大したのだ。このルマン24hrs.に代表されるヨーロッパで人気の耐久レーサーをイメージしたデュアル・ヘッドライトのスタイリングは、ライバルメーカーに脅威を与えるほどのビッグヒットとなったのである。同時にこれはビッグバイクのハンドリングを変える一大転機でもあったのだ。

 それまでビッグバイクといえば、名高いアウトバーンなど高速道路でいかに超高速クルージングができるかが問われていた。この安定感を生みだす大きく重い車体で、思い切ったコーナリングなど誰も考えはしなかったわけだ。それがGSX-Rによってビッグバイクでも軽快な運動性が得られるという、これまでになかった可能性を感じさせたのだ。これでビッグバイクのスーパースポーツは、コーナリングも得意とするレプリカ系と快適な高速クルージングを狙ったツアラー系とに分れていくことになったのである。ヤマハも黙ってはいなかった。'87年にリリースされたビッグバイクでは初のレプリカ、FZR750とFZR1000を開発してこれに対抗したのだった。「良く売れていたGSX-R750/1100が、開発をはじめる段階で大きな影響を与えていたのは確かです」。しかし開発実験グループの中心的存在の猪崎次郎氏(インタビュー当時:第2プロジェクト開発室・実験担当・技員)は、実際にGSX-Rに試乗してみてこれはヤマハにはつくれないと感じたという。

 「ヨーロッパ現地で方向性を探る意味も含め色々走ってみました。GSX-Rも走らせました。ビッグバイクらしからぬ軽快で鋭いハンドリングなんですが、サーキットではなく一般路だと我々にはアグレッシブなところが強すぎるという印象でした」。
 「それまでのスチールフレームのFZ750は高速域に主眼を置いていましたが、走り込んでみてあらためて思ったのがヨーロッパがバイクを走らせるのに最高の環境だということ。高速道路だけでなく、そこに行くまでの途中の道も楽しい。これを我々はメインターゲットだった高速道路に対しセカンダリー・ロードと呼んでいるのですが、ヨーロッパはこのセカンダリー・ロードが実に気持ち良く走れる」。
 ビッグバイクで見通しの良い中速~高速コーナーをフルバンクまでせず、シューンと旋回しながら駆け抜けていく快感……羨ましいかぎりだが確かにヨーロッパにはそういったシチュエーションが多い。アルプスの山々に展開するワインディングから交通量の少ない田舎道まで、バイクを心ゆくまで楽しめる環境が至るところにあるのだ。
 「FZR1000の前に開発したレプリカのFZR400はサーキットやレースがテーマでしたが、FZR1000はそうではなくて現地のライダーが楽しんでいるこのセカンダリー・ロードが楽しいバイクにしようということになりました」。

FZR1000(1987年発売・欧州仕様) FZR1000(1987年発売・欧州仕様)

FZR1000(1987年発売・欧州仕様)
ビッグバイクとしては初のアルミデルタボックスフレームが採用されるなど、レーサーレプリカ然としたフォルクも持つ。しかし、ハンドリングはやみくもに軽快性を追求するのではなく、セカンダリー・ロードでいかに楽しく走れるかといった安定性が重視された。そのこだわりは、ハンドルバーの取付け位置や角度にも凝縮されている

 現地のディーラーに話しを聞いたりしながら実際にユーザーがするツーリングの体験を試みたという。そうして走りまわった実感は、見ず知らずのコーナーをおっかなびっくり走ったのでは楽しいはずがないということだった。これは一般ユーザーも同じはずである。ここがレプリカといっても、どこまで軽快なハンドリングにするかを決めるポイントになったという。とくにヨーロッパのツーリングは、晴れていたと思うといきなり雨が降りだしたりが珍しくない。晴れたドライな路面でシャープに走れても、雨が降ってウエットになった路面でそのシャープさが怖さにつながったのでは優れたハンドリングとはできないからだ。

 「色々なバイクで走ってみました。するとバイクによって条件が良いとペースが速いけれど、条件が悪化すると極端にスローペースでしか走れないことがあった。この体験は貴重でしたね」。
 レプリカといっても実際にユーザーが使うのはツーリングが主体だ。荷物も積むので条件設定を狭くはできない。これはここまで繰り返し触れてきているように、ヤマハのスポーツバイクが譲れないものとして守り通してきたところでもある。
 「結局、自分達と現地で依頼してきたテストライダーとの要求条件はあまり大差ありませんでした」。
 テストコースのコーナーをドイツのワインディングのコーナーに見立ててという、その経験を活かした開発テストが重ねられたのだった。

だからこそ安心感を大切に

 「レプリカだからアルミ・デルタボックスフレームと、コンセプトも他のバイクのようにあれこれ検討せずとも結論が出ているわけで……ただ現実に目指したものにまとめていくのは簡単ではなかった」。
 270km/hものとてつもない速度域に達することができて、しかもそこで確かな安定性を維持できることが大前提であるのはいうまでもない。さらに、今度はそこに高速域までのコーナリングを楽しめるものにするというテーマが加わるのだ。ラジアル・タイヤという新たな武器もあったが、まだ技術的に発展途上期だったこと、レースでは実績があったアルミ・デルタボックスフレームも、重く大きなビッグバイクでは初の実用化であったこと、それにパフォーマンスを決定づけるエンジンも、絶対パワーの部分だけでなく楽しめる過渡特性を求める等々、これまでより要求ファクターも大きく広範囲に及ぶというむずかしいものになったわけだ。それではセカンダリー・ロードを楽しく走れるハンドリングとは、具体的にどんなものを目指したのだろうか。
「一番こだわったのは倒し込みのところですね。リーンで車体が倒れていくときに、前輪が素直に自然な感じで舵角をつけるようにした。安心できるハンドリングの必要不可欠な部分です。自分で乗っていて、たとえば勝手に切れ込んだりすると安心できない。自分が不安なものを世に出すわけにはいきませんからね。それに安心感が大きくなくては楽しく走れない」猪崎氏が常に貫く信念である。

FZR1000の透視イラスト。デビュー時の海外カタログより FZR1000の透視イラスト。デビュー時の海外カタログより

FZR1000の透視イラスト。デビュー時の海外カタログより

 「FZ400Rのフロント16インチの実用化の過程で学んだノウハウを活用できました。タイヤの特性が大きく支配するところですが、前輪と後輪のプロファイルの関係など、この特性では我々だと当時ミシュランが一番問題が出なかった。スピードを上げると接地感も増える。これに負うところが大きかったと思います」 。
 「ハンドリングといってもコーナリングそのものだけでは済まないわけです。たとえばブレーキング、270km/hからの充分な制動力はもちろんですが、大事なのはコーナーに進入するときのリリースのフィーリングが良くないとうまくコーナリングをアプローチできない。エンジン・ブレーキだってコーナリングを左右します。エンジンのレスポンスもコーナーでパーシャル(減速も加速もしない状態)からスロットルを開けていったときにコントロールしやすい特性が重要になる。コーナリングを楽しくするためには他にも数多くのファクターがあります」。
 セカンダリー・ロードを楽しく走れる、言葉では簡単に言えるが具体的なものにまとめていくのは並大抵の苦労でないことが伺い知れる。そのコーナリングで気になるのがライディングフォームだ。初のビッグバイクのレプリカというところで、レーシングマシンを駆るときのような腰を落とすフォームにも対応したライポジ設定だが、開発テストではそれが前提なのだろうか。

 「リーンウイズでニーグリップするライディングの基本を崩していません。バイクを一番確実にコントロールできるからです。先輩達からつま先が前を向いているか、つまり足がだらしなく開いていないかを厳しくチェックされたものです。完全に腰を深く落としたフォームを前提にしないで特性をまとめておいて、後は乗り手の工夫次第ということになるからです。もちろん自分達も少し腰をズラして内側の足を開くと身体があずけやすいなど、力の入れ具合を意識するようにはなっていましたけれど」。
 「レプリカの前傾姿勢も、目を吊り上げて乗るようなところまでの前傾は避けました。たとえばハンドル1本分高くすればリラックスできて途端に乗りやすくなるというポジションがあって、実際にユーザーが使う場面としてツーリングを意識するとそこに設定せざるを得ない」。
 こうしていかにもヤマハらしい方法論でFZR1000がまとまりはじめた。しかし、その開発テスト中にハンドリングの特性についてある決断を迫られる事態が発生したのだ。

岐路に立って迷わず安定性をとる

 それは路面にあるピッチでうねりがあって、そこを後輪に駆動が強くかかった状態で通過したときリヤの沈み込みで車体が大きな荷重をうけ、前輪が左右に強く大きく振られるキックバックと呼ばれる現象だった。複雑に条件が絡み合ったときだけに限られるので滅多なことでは起きない現象だが、開発スタッフはこれを重視、ごく稀にしか発生しないという確認ができても決して見逃さなかったのだ。これはハンドリングのレスポンスを高めたことや、当時ビッグバイクではじめてのアルミ・デルタボックスフレームが高剛性であったこと、発展途上のラジアルタイヤの特性など複合した要素が原因だったようだ。
 現在ではレースシーンでシャープなハンドリングを狙ったマシンがみせる現象としてお馴染みでもある。実はこれバイクの基本構成である車体+後輪と前輪との関係からくる、すべてのバイクが内包していて起き得ることのひとつといえるものなのだ。しかし、一般のユーザーが乗るバイクでは起きてはならないこととして、ヤマハの開発スタッフは急遽ハンドリングを当初狙った軽快感を抑さえた安定性の高い設定のものに変更し、このキックバックが出ないものとしたのである。
 「迷わず安定性を高める方向に決めました。価値観の違いで、軽快でシャープな特性を優先する方法論もあるのかも知れませんが、我々にはそれはできない。社内でもどの程度をハンドリングが重いというのか、または軽いと感じるのか、その論議は尽きることなく重ねてきましたが、この問題に関しては次元が異なります。しかし安定性を増やしたことで、バイク雑誌などの評価もヤマハは軽快感に否定的だというようなイメージをもたれたように思いました。中にはとにかくライバルと同じ軽快感にしろという乱暴な意見もあったほどで……」。

FZRシリーズ開発当時の袋井テストコース FZRシリーズ開発当時の袋井テストコース

FZRシリーズ開発当時の袋井テストコース

 猪崎氏の語り口調がやや悔しそうになった。確かにバイク雑誌の方も、それまで望外だったビッグバイクの軽快な運動性が、レプリカの軽量な車体で簡単に可能だと勘違いに近い感覚に陥っていたことも否めない。軽ければそれだけで優れたバイクのような評価をしがちだった。それにしてもこの決断は、ここまでハンドリングで何を優先してきたかを象徴するいかにもヤマハらしいものといえるだろう。こうした経過があったため、FZR1000はデビューしてからヤマハ・ファンをはじめビッグバイクの安定感を好む確実な支持層を獲得していったのである。

熟成で高度のバランスを獲得する

 「もちろん、それで諦めたわけじゃありません。その後ビッグバイク用のタイヤも、ロープロファイルなラジアル本来のメリットが活きるサイズ設定になって問題をクリアにすることが可能になった。車体も3方向の応力を解析する技術が進んで、アルミ・デルタボックスフレームの剛性の捩じり方向を落として横方向を上げるということができるようになった。これを注ぎ込んだのが'89年からのNew FZR1000です。従来モデルに対して軽快さを狙ったというより、バランスを良くしてハンドリングの熟成ができたと思っています」。New FZR1000は、前モデルの基本デザインを踏襲しながら曲面を与えた滑らかなフォルムを与えるという、視覚的に大きな変更とならないよう配慮されていた。そのためセンセーショナルなデビューではなかったものの、そのハンドリングの進化には絶賛の声が圧倒的だったのである。弊誌ライダースクラブの評価も、バランスが最良のパーフェクトなハンドリングで、ライバルの中でも群を抜いた存在としている。軽やかだがありがちな唐突に変化する軽快さではないこと、ほとんどのシチュエーションでリーンをしていくときに、ニュートラルなステア特性に維持される乗りやすさが光っていた。

FZR1000(1989年発売・欧州仕様) FZR1000(1989年発売・欧州仕様)

FZR1000(1989年発売・欧州仕様)
ロープロファイル・ラジアルタイヤのメリットが活かせるサイズのタイヤが登場したことや、アルミデルタボックスフレームの剛性面を再考することで、前モデルに比べて全体のバランスがアップ。当時のリッターバイクの中ではベスト・ハンドリングを誇った

 この馴染みやすさと状況によって変わることのない安心感が、ライダーにコーナリングでリッターバイクであることを忘れさせるほど、ライディングを楽しませてくれるのである。
 「FZRには併行して輸出仕様の600も開発しています。これは車体こそスチールですが、国内向けの400レプリカをベースにエンジン排気量だけアップしてパワフルにしたものといえる。600ccの余裕あるパワー感は俗にいうエンジンが車体に勝った状態のバランスにあってスポーティで面白い。扱いやすさもあってヨーロッパで人気のクラスです。しかし、ビッグバイクはどんなにパワフルでも車体がエンジンに勝っていなければならない。そこが同じレプリカでも、ビッグバイクとしてのバランス・ポイントだと思うんです」。


 ライダーとバイクの関係は、まず人間の感性に馴染みやすいものでなければライダーが安心して乗れないことを挙げ、安心して操れるからこそペースアップしても楽しめるというところに結ぶのが、昔も今も変わらないヤマハ・ハンドリングの基本である。しかも、レプリカというハンドリングの改革期でさえ、この基本理念は変わることがなかったのである。多くのバイクが、一度はライダーのキャリアや感性によっては扱いにくいと感じるところまで刺激の強さを求めてきたなかで、この姿勢を貫き通してきたのだ。そして結局は、どのバイクも乗りやすさを優先するところへ戻ってきていることを考え併せると、ヤマハの人間の感性に優しい考え方の重みをあらためて思い知らされるというものである。
 こうして一世を風靡したレプリカ・ブームを、場合によっては孤軍奮闘といえるカタチで抜けてきたヤマハは、国内ではじまったネイキッド・ブームに対し投入したXJRで、またまたライバルと一線を画したハンドリング・キャラクターをみせつけることになるのだ。
(以下次号)

マイナーチェンジが施された2型目のアルミデルタボックスフレームは、捩り方向を落とし、横方向の剛性がアップ。フレーム重量が2kgの低減が図られるなど、その内容は全面刷新されたものだった。エンジンも前傾角45°から35°へ変更されている マイナーチェンジが施された2型目のアルミデルタボックスフレームは、捩り方向を落とし、横方向の剛性がアップ。フレーム重量が2kgの低減が図られるなど、その内容は全面刷新されたものだった。エンジンも前傾角45°から35°へ変更されている

マイナーチェンジが施された2型目のアルミデルタボックスフレームは、捩り方向を落とし、横方向の剛性がアップ。フレーム重量が2kgの低減が図られるなど、その内容は全面刷新されたものだった。エンジンも前傾角45°から35°へ変更されている

FZR400とFZR1000。海外カタログより

FZR400とFZR1000。海外カタログより