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Vol.1 Yamaha Handling From the racetrack to the street. TRICITY

 あなたはヤマハというメーカーにどんなイメージを抱かれているだろうか。36年間モーターサイクル雑誌を主宰してきたボクにとって、それは一貫して「ハンドリングのヤマハ」だった。モーターサイクルは高性能であることが魅力であるのは間違いない。しかしヤマハは常にそこにライダーが馴染みやすい特性を優先してきた。どんなに高性能でも、それが唐突に変化するような扱いにくさがあれば、ライダーは警戒して神経を遣う。とりわけビギナーには怖さとして伝わってしまうこともある。楽しく乗るためには、先ず人間の感性に違和感を覚えさせない、穏やかな特性が必要不可欠なのだ。そんなモーターサイクルづくりを貫いてきた歴史を持つヤマハ。その時代によって、乗りやすいハンドリングの意味も微妙に変化してきた。その変遷を辿ってみれば、最新のモーターサイクルが如何に高い次元で開発されているかを読み取ることもできる。その歴史を紐解く前に「ハンドリングのヤマハ」が生んだ新しい乗り物「トリシティ」のハンドリングをご紹介しよう。

寄稿者プロフィール


根本健

1948年、東京生まれ。慶應義塾大学文学部中退。
16歳でバイクに乗り始め、’73年750cc全日本チャンピオン、’75年から’78年まで世界グランプリに挑戦。帰国後、ライダースクラブ誌の編集長を17年にわたり務め、多岐にわたる趣味誌をプロデュースする。
現在もライフワークとしてAHRMAデイトナレースに参戦を続けている。

驚きすら感じたスポーツバイクなみのハンドリング。

 最近ヤマハから「トリシティ」と呼ばれるコミューターが発表され、生産国のタイを皮切りにグローバルモデルとして欧州と日本市場にも導入されることになった。

 注目すべきは前輪がふたつ、駆動輪となる後輪がひとつの3輪車であるのに、曲がるとき2輪のモーターサイクルと同じように、3輪とも車体と一緒に傾いて旋回するということ。しかも走らせないと倒れてしまう、停車時は自立しない構造なのだ。そう言われると、なぜ3輪車にする必要性があったのか、疑問に思う方が多いと思う。

 実はこの「トリシティ」、従来のコミューターという概念では語れない、人が操る乗り物として新たな次元に取り組む、かなり高度なチャレンジ・プロジェクトだったのだ。かくいうボク自身、乗ってみるまではその斬新さに気づかなかった。

 というワケで、先ずは論より証拠、その衝撃的ともいうべき試乗からお伝えしよう。

 実車を前にすると、フツーと違って前輪がふたつ並ぶルックスは、さすがに見慣れない異様な感じがする。だからなおのこと、走るとどんな感じなのか想像もつかない。

 ところが、発進から最初の曲がり角で、あまりの違和感のなさに拍子抜けしてしまった。さらに右へ左へとターンをしたり、ブレーキングもかなり強めにかけたりと、あれこれ試してみたものの、従来のモーターサイクルとまるで変わらない感覚ではないか。なぜ前2輪なのか……。

 しかし、そこから乗る時間が長引くほど、様々なシチュエーションで走らせるほどに、前輪がふたつあるその効果が徐々に顔を出しはじめたのだ。

 先ず前輪の接地感。街中を走らせるコミューターに何を言ってるのだという声が聞こえてきそうだが、一般のライダーにそれを感じる能力があろうがなかろうが、とにかく前輪の接地感を常に大きく感じて、曲がりはじめからのステア・レスポンスに遅れが全くない。前2輪本領発揮の片鱗がみえはじめてきた。

驚きすら感じた スポーツバイクなみのハンドリング。

テストライドに臨む根本健氏。「とにかく乗って見てください」と高野和久開発プロジェクトリーダー。ヤマハ菊川テストコースにて。

 いきなりスーパーバイクを操るような専門的な表現になってしまい戸惑われたかも知れないが、ここは欠かせない部分なのでちょっとお付き合い頂きたい。モーターサイクルは、カーブを曲がる際、車体を傾けて前後輪で旋回する。このとき舵角がつく動きのできる前輪と、車体の進行方向で固定されている後輪との関係がどうなっているかといえば、後輪が傾いて弧を描くように旋回していくその軌跡に沿って、前輪はこれに従うカタチで同心円の少し外側で弧を描いていく。この関係が従順でスムーズなほど、ライダーは安心と乗りやすさを感じる。

 なので、前輪は後輪の傾きなどに対しての追従性が最優先課題。だから強烈なブレーキングに耐えるよう前輪タイヤを思いきり太くしたくても、カーブで素早い車体の傾きにレスポンスできなくなるためそれが不可能なのだ。近年MotoGPやスーパーバイクなど、後輪タイヤがとてつもなくワイドになっているのに、前輪タイヤは30年以上もサイズやプロファイル(断面)に大きな変化がないのはそのため。たとえトップエンドのMotoGPでも、ライダーの扱いやすさは犠牲にできないのである。

 だったら、その前輪プロファイルのまま、もうひとつ前輪があったら、扱いやすさを犠牲にせずブレーキングから旋回への曲がりはじめ、さらにはラフな路面を通過するときなど、グリップ力も安定性も更に向上するに違いない……わかりやすくいえば「トリシティ」の乗って感じられるフツーのコミューターと違うスポーツ性能は、まさにココに集約されているのだ。

 試乗するほどに、コミューターなのにムキになって攻めているのだから、その姿はさぞや滑稽だったろうと容易に想像がつく。

 しかし、そんな他人の目を意識している場合ではない。旋回中のハードブレーキングも、スポーツバイク用ハイグリップ・タイヤではないにもかかわらず、許容するレベルがスポーツバイク並みかそれ以上。そしてリーンしたときの前輪がみせるクイック・レスポンス。とにかくタイトな回り込んだヘアピンが面白い。スクーターならオーバースピードでイン側から離れてしまう速度でも、クルリと前後輪で曲がってくれるではないか。興奮の「前2輪」初体験にボクは夢中だった。

 それと進行方向に沿って舗装に継ぎ目があったりすると、スクーターのような小径タイヤだとハンドルが取られる場合があるので身構えないといけないが、それがふたつ前輪があることで、こんなにも思った方向へスムーズに進路をとれるのかと唯々唖然とするばかり。要するに、そんな走りにくいと感じるシーンも、「トリシティ」は面白く乗れてしまうのだ。

 この軽快でスポーティ、そして乗りやすさを両立させているのが「パラレログラムリンク」と左右で独立した「片持ちテレスコピックサスペンション」のコンビネーション。旋回時に前2輪が車体と同調して傾く独自のLMW機構は、ヤマハ初の試みというのに見事なまでに完成度の高さをみせている。

 125ccでCVT(無段変速)の走りは意外なほど快活、全長1905mm×全幅735mmは同じ排気量のスクーターよりちょっと大柄だが、車両重量はフロント部分に複雑な機構を持つのに146kgと150ccクラス同等に収めている。これで大きく重たかったら、たとえ画期的な乗り味を具現化できても、一般に受け容れられるコミューターには成り得ない。初の試みに選んだサイズはまさに大正解だと思う。(後編へ続く

驚きすら感じたスポーツバイクなみのハンドリング。