Vol.11 MotoGPマシンM1を知りたい。YZR-M1 2015年モデル試乗インプレッション。

2015年1月。マレーシアセパンサーキットで、YZR-M1 2015年モデルに試乗する根本氏

Vol. 11 MotoGPマシンM1を知りたい。YZR-M1 2015年モデル試乗インプレッション。

 MotoGPマシン、YZR-M1に乗れる……我が耳を疑う衝撃的な知らせに、飛び上がらんばかりの喜びが舞い降りたのは一瞬だけ。次の瞬間から不安と緊張に全身が包まれた。感動のYZF-R1M試乗で、電子デバイスがいまやサポート的な意味ではなく、完全にパッケージ化された次世代ステージにあるのを知り、その先行開発を担ったMotoGPマシンM1を知りたい願望が猛烈に湧いてきたのは事実。しかし300psともいわれる地上最速マシンが、これをコントロールできる選び抜かれたMotoGPライダー以外を容易に受け容れるとは誰だって思わないだろう。ニューYZF-R1の試乗時でさえ、聞かされていたハイパワーの存在に怖れをなしていたのだ。結果は思ってもみなかったライダーを受け容れる乗りやすさと楽しさだったが、まさかMotoGPマシンM1ではあり得ないに決まっている。しかも試乗するのはマレーシアGPが開催されるセパン・サーキット。シーズン開幕前の合同テスト1週間前に、各メーカーが集まって事前テストをしている合間に走るのだという。それも今シーズンを闘う2015年用Newモデルで。確かに闘い終わった2014年モデルをこのためだけに走らせる準備など簡単にはできないのは理解できるものの、聞けば聞くほどその特別な状況であることに正直萎縮する。そんな葛藤の日々が瞬く間に過ぎ、遂にM1に乗る日がやってきてしまった。

寄稿者プロフィール


根本健

1948年、東京生まれ。慶應義塾大学文学部中退。
16歳でバイクに乗り始め、’73年750cc全日本チャンピオン、’75年から’78年まで世界グランプリに挑戦。帰国後、ライダースクラブ誌の編集長を17年にわたり務め、多岐にわたる趣味誌をプロデュースする。
現在もライフワークとしてAHRMAデイトナレースに参戦を続けている。

Lap#1 緊張感とともにサイティングラップへ

 1月末でもマレーシア・クアラルンプールは32~34℃と日本の真夏。到着したセパン・サーキットでは、各メーカーのMotoGPマシンが様々な設定を試すため数ラップ走ってはピットインを忙しく繰り返していた。そしてやや遅めのランチタイムにピットが静まりかえったそのとき、用意されたYZR-M1の2015モデルに試乗できると告げられる。
 まだスポンサー・カラーもペイントされていない、カーボン外装のままのマシンを前に簡単なコクピット説明をうけ、始動されたYZR-M1に跨がる。一般のバイクと大きく違うのが、発進のときニュートラルからローギヤにシフトし、クラッチミートするときだけしかクラッチレバーを使わないこと。しかもニュートラル・ポジションは一旦走り出してしまえば存在しない。停車するときだけ、ハンドル基部のスイッチを操作すればニュートラルが出るのだ。そしてシフトアップはもちろんシフトダウンでもクラッチレバーには触れなくて良い。それだけなら市販車にもシフトダウンでクラッチを使わないバイクも登場しているが、M1は噂に聞いたシームレス・ミッションのはず……いったいどんなことになるのか想像すらできない。

セパン・インターナショナル・サーキット マレーシアのクアラルンプール郊外にある国際レーシングコース。MotoGPの開催サーキットであり、シーズンイン直前には各チームのテスト走行が実施される。セパン・インターナショナル・サーキット マレーシアのクアラルンプール郊外にある国際レーシングコース。MotoGPの開催サーキットであり、シーズンイン直前には各チームのテスト走行が実施される。

セパン・インターナショナル・サーキット
マレーシアのクアラルンプール郊外にある国際レーシングコース。MotoGPの開催サーキットであり、シーズンイン直前には各チームのテスト走行が実施される。

 ただでさえ極度の緊張を強いられているのに、説明を聞くほどに未知な領域が出てくるではないか。こんな心臓が破裂しそうな状態のまま、GPマシン特有のバババーッと高目のアイドルのエンジンをローギヤへシフト、慎重にクラッチミートしてピットロードへ出る。
 ヴァ~ッという周波数帯がミックスされたクロスプレーン・サウンドを耳にしながら、先ずは10,000rpm以下で早めのシフトアップ。
 高速域の空力対応で大きめにみえるカウルとは裏腹に、動き出したYZR-M1のコンパクトで軽やかなことといったらない。とにかくお腹の下にすべてが集まっている感じで、1,000ccであるのを忘れさせる。YZF-R1Mも600cc並みに小さく感じたが、M1は小さいというより質量の無さが異様だ。それでいて前の方の前輪とお尻の後ろにある後輪の動きが、極端なショートホイールベースのマシンとは違ってゆったりと落ち着いた感触で伝わってくる。まだピットロードを出て第1コーナーへ直進しているだけなのだが、意外とシックリくる体感に思わずスロットルを大きめに開けたりしながら、やんわりと減衰されながら後輪が路面を蹴る反力がジワッと前に押し出す感触を確かめた……何を寝ぼけたコトいってるんだ、突き飛ばされるような加速のはずなのに、遂に過度の緊張で平衡感覚を失っちゃってるのでは? 自分でも何かの錯覚に陥ってるのではないかと我が身を疑いたくなるが、これは紛れもない事実。
 慎重に第1コーナーをゆっくりと曲がり、左への切り返し後に先の見通せる緩やかな右カーブへ出たところでガバッと開けてみた。猛烈なという言葉ではまるで足らないダッシュが始まる。きっと加速Gがこれまで経験したことのない域なのだろうが、瞬く間に景色のスピードが一変していくものの、依然として突き飛ばされる感触はない。

 何というジェントルさ、呆気にとられながらも先ずはピークの半分あたりの回転域に抑えながらシフトアップしていく。そうそう、ピットロードからキツネにつままれたままなのが、このシフトアップ……もちろんクラッチレバーに触れないまま操作できるパワーシフトには慣れているが、いわゆる点火がカットされ一瞬駆動が途切れるその隙にギヤが変わるのとはまるで違う。排気音は回転差が生じたことを伝えてくるものの、駆動力が完璧に段差のないまま駆動トルクがよどみなく一直線に増えていく。敢えていえば、まるでVベルトの無段変速のような感じ。俄に信じてもらえないのは重々承知でも、そう表現するしかないのだ。
 そして、そして、驚くなかれ、さらに衝撃的なのがそのシフトダウン。クラッチレバーに触れずシフトペダルを掻き上げると、瞬間ブリッピングしたかのような排気音が聞こえるものの、エンジンブレーキによるマイナス駆動力に何の段差も生じず一定のグリップを後輪に与え続ける。一部の市販車で実現している、ツインクラッチを含む既存の機構とはかけ離れたスムーズさだ。こうなるとハーフスロットルで操作するとどうなるのかなど、興味津々で試してみるが、知らん顔でスムーズさがキープされていた。まさに魔法にかけられた気分というしかない。

 おっと、許されたのは5ラップのみ。大事なシーズン開幕直前のテストを、各チームがストップして待ってくれているのだ。あらためて「ココは鈴鹿のデグナーカーブと似ていて……」のアドバイスを思い出しながら、ちょっとはラインに乗った走りに近づけようと、感心ばかりしているココロに喝を入れる。
 ヘアピン、S字、そして回り込んだ複合コーナーなどを抜けると裏ストレートへ出た。覚悟を決めてカウルに潜り込み、スロットルを全開にしてシフトアップを促すランプが点灯するまで引っ張ってみる。立ち上がりでまだバンク角が若干残っていたこともあって、前輪の接地点から荷重が抜けた反力でハンドルがやや逆に舵角をつけ、再び接地する瞬間の衝撃が両手にくる。

YZR-M1 2015年モデルエンジン:1000cc水冷・並列4気筒・クロスプレーンクランクシャフト、フレーム:アルミデルタボックスフレーム、タイヤ:前後16.5インチ、重量:158kg 、最高出力:240ps以上

YZR-M1 2015年モデル
エンジン:1000cc水冷・並列4気筒・クロスプレーンクランクシャフト、フレーム:アルミデルタボックスフレーム、
タイヤ:前後16.5インチ、重量:158kg 、最高出力:240ps以上

 2速だったはず……からまるで1秒毎にシフトアップしないと間に合わないロケット・ダッシュ。しかも瞬く間にシフトアップしているのに、上のギヤだろうが経験したことのない加速Gがそのまま続く。YZF-R1Mでも増速しようが同じ加速感の繰り返しという、未経験の途方もないパワーの証しを伝えてきたが、それを遥かに上回るとてつもないパワーだ。いったいどれだけの出力なのか……MotoGPマシンはどのメーカーも240psあたりを公式に発表しているが、YZF-R1Mとはギヤ比が違うとはいえプラス40~50psでは絶対にない。巷では300psに近いとまでいわれたりしているが、どうやら既に大袈裟ではなくなっている気がする。それほど長くないストレートでも350km/hレベルが可能なのは既にご存じかも知れないが、それも加速中の一瞬のスピードに過ぎないと思わせる超凄まじい連続猛ダッシュに見舞われた。
 みるみる近づく最終コーナーに、慌てて身体を起こしブレーキング。途端に猛烈な風圧で、ヘルメットが左右上下に揺すられた。極度の緊張にどこまで引いてよいかわからないままブレーキレバーへ思わず強めの入力。ワオッ、思わず声の出てしまう猛烈なストッピング・パワーだが、初期にガツンといった衝撃がなく、ノーズダイブもエッこれだけという姿勢変化に抑えられ、唯々両肩に上半身から前転してしまいそうな減速Gがのしかかってきた。ABSは装着禁止なはずなどと思う余裕もなく、本能的にブレーキレバーを緩めるが、最終コーナー入り口で一時停止しそうなまで速度が落ちてしまった。

 あらためて再加速しながら左へバンク。コーナリングというより、曲率トレースとでも表現したい急激な旋回でイン側へ早く近づく。後輪を軸に前輪が外側をなぞっていく……そんな前後輪差を感じさせない曲がり方だ。ちょっと慣れてきた、イヤイヤそれは勘違いに過ぎないはず、などと葛藤しながらも長いホームストレートに向かって、バンク角をやや立てながらスロットルをさっきより手前で大きく開けてみる。
 またもや超凄まじい連続猛ダッシュが再開された。YZF-R1Mと同じデジタル表示のレブカウンターを確認する余裕がない。最高回転数あたり……右へ伸びていく液晶表示の移動が速すぎて結局ランプに促されシフトアップ。ストレート真ん中でもう1回シフトしたら、既に6速だったのに気づかされるワープぶりだ。ヘルメット後部から背中まで、強烈な負圧で上半身が後ろへ引っ張られるため、両腕でタンクを必死にホールドして顔を前に突き出さんばかりに耐える。ストレートが一番体力を消耗する……少なくとも慣れないボクはそうだったが、ヤマハテストコースで試乗したYZF-R1Mのあのスピード感を数段上回っているのは間違いない。(後編へ続く