NHK総合テレビ「魔改造の夜」バックストーリーズ
NHK総合テレビ「魔改造の夜」に挑戦したYマハ発動機2チームのバックストーリーを紹介します。
企業や大学・研究機関で活躍する第一線のエンジニアたちが、
極限の発想と技術を駆使して「生贄(いけにえ)」となる家電やおもちゃのチューンナップを行う
技術開発エンタメ番組「魔改造の夜」――。
ヤマハ発動機(番組内では「Yマハ発動機」として登場)の技術者有志たちが
モノ創りへの情熱を注ぎこんだ、濃密な6週間の開発バックストーリーズ。
注意! 記事には番組のネタバレが含まれています。
挑戦したお題
トラちゃんウサちゃん50mリレー
老舗おもちゃメーカー、イワヤ株式会社製「わんぱく全開ガオガオタイガー」と「おみみパタパタこうさぎユッキー」を魔改造し、全長50mのコースを激走するリレー競技。コースの中央にテイクオーバーゾーンが設けられ、この区間で第1走者のトラから第2走者のウサギにバトンを渡す。ヤマハ発動機からは「干支GP RACING TEAM(以下・干支RT)」がエントリー。
干支GP RACING TEAM
鳩時計ハト入れ
リズム株式会社製の鳩時計「ふいごカッコー」を魔改造。時計の小さな窓からハトを次々に発射させ、頭上8mの高さに設置された直径45cmのゴール(網)に入れたハトの数を競う玉入れ競技。ハトを3回鳴かせた後に射出を開始し、持ち時間の90秒間に100羽のハトを連射する。ヤマハ発動機からは「鳩RIDERS」がエントリー。
鳩RIDERS
ヤマハ発動機のエンジニアたちが挑んだ「魔改造の夜」(NHK総合テレビ 2023年4月27日/5月25日放送)。その放送をご覧になりましたか?
このプロジェクトにチャレンジしたヤマハ発動機のエンジニア有志は、2チーム合計41名。日々の業務と並行して、本社社屋の一角に設けられた開発部屋で42日間にわたる「極限のモノ創り」に取り組みました。
この指とまれ――。
社内で秘密裏に行われたメンバー募集。これに呼応したのは、実にさまざまな背景を持つ多彩な人材たちでした。メカ・制御系のエンジニアはもちろん、研究部門や実験部門、さらにはデザイン・クリエイティブ部門などからも次々に手が挙がり、年齢や性別、また専門性の領域やその有無に関わらず、ユニークで豊富な人材が顔を揃えました。普段はバイクや産業用ロボット、自動車用エンジンなどそれぞれ異なる事業領域の職場で活躍しているだけに、ほとんどのメンバーが初対面のフレッシュな顔触れです。
集まったメンバーの一人ひとりに、もし何らかの共通点があったとすれば、それは「モノ創りに没入する喜びを知る者同士」ということ。そしてそのどこかに、「ヤマハらしさ」をたたえた「モノ創りびと」たちであったことかもしれません。


「モビリティの会社として、負けるわけにはいかない。文句なしの勝利のみを求めたい」
「いやいや、勝てばいいってもんじゃない。美しく、技術的にも優れていてこそ“さすがヤマハ”と評価されるんじゃないか」
「これは競争でしょ? 勝利がすべて。こねくりまわして勝利の可能性を下げるような選択なんか、レースの世界にはない!」
「トラちゃんウサちゃん50mリレー」に取り組んだ干支RTでは、コンセプトを検討する段階からかなり熱い議論が展開されました。その議論に費やした時間を「振り返れば、あの時間が惜しかった」と話すメンバーもいれば、「あの腹を割った議論があったからこそ、方向性が決まってからはチームが一丸になれた」と振り返るメンバーもいます。
とはいえ、競技の内容が発表された数日後には、早くも本番コースを模したテストコースが開発部屋に施設されるなど、各種モビリティの開発やレース運営で培った豊富な知見が活かされたシーンが多々見られました。さらに試作部門をはじめ社内各機能からの心強い後押しも得て、これらがプロジェクトの大きな推進力となっていきました。

一方、「鳩時計ハト入れ」に挑んだ鳩RIDERSは、開発リードタイムをできる限り捻出しようと、チーム内に小チームを作ってアイデアの絞り込みを効率的に進める手法を選択。各小チームから提案された5つの射出方法(ハトの発射機構)のアイデアを、チーム全員の投票によって「モーターを使ったローラー射出」と「電磁石によるコイルガン射出」の2つに絞り込みました。これら両アイデアについてはそれぞれプロト機を作り、実射を行った上でその可能性や課題を改めて検討することになりました。
ここまでは、計画通り。しかし両アイデアにはそれぞれ明確な長所と懸念事項が存在し、プロト機によるテストを終えた後の会議では、意見が真っ二つに分かれます。課題のあぶり出しでは、主に制御によって高い射出精度が期待できるコイルガンの課題(=熱対策やハトの供給方式の検討)に時間が割かれ、さまざまな角度から議論が尽くされました。しかし長い時間をかけた話し合いでも意見の一本化には至らず、結論は多数決に委ねられることに。
「その結果も、実に10対9という僅差。ここで決めてしまって本当にいいのか、決めた後にチームを一つにまとめることができるのか、みんなが真剣に取り組んでいるだけに会議の中で本当に苦しんだ」と鳩RIDERSのリーダー。しかし、多数決の結果を尊重するとともに、課題とされた射出精度を「残り2週間で上げてみせる!」という強い決意のもと、ローラー射出方式にすべてのリソースを注ぐこととなりました。

「ヤマハらしく美しく走り、そしてもちろん勝つ。目標タイムは8秒」――。
議論の結果を集約した干支RTはさっそく設計作業を開始し、トラとウサギで共用できる動力機構を考案。このアイデアは開発や加工組み立ての短縮だけでなく、5万円という厳しいコスト制限のクリアにも大いに貢献しました。
さらに「トラは四足歩行でわんぱく全開」「ウサギはウサギらしく走ること」と定められたレギュレーションに合わせ、トラには前後左右の対角線上の脚が連動する位相を、ウサギには左右の後脚を同時に蹴り出す位相を与えて「らしい」走りを表現。それぞれのマシンの最適出力や、蹴り出しの力を路面に伝えるグリップの仕様のトライ・アンド・エラーが続きました。
もう一つの大きな課題は、バトンの受け渡し機構の開発です。確実なバトンパスが求められる一方で、コストのウエートを動力機構重視で配分したいという狙いをもって検討が重ねられました。その結果が、尻尾でバトンを持ったトラを後ろ向きに走らせ、ウサギの両耳でキャッチするというユニークなアイデアでした。キャッチ側の機構は、クリアファイルをメガホン状に丸めただけのシンプルな構造を採用。圧倒的なコストパフォーマンスを誇るこの機構は、試走積み上げの段階においても、まったくミスを起こさない確実なバトンリレーを実現しました。


一方、射出方法を決定した鳩RIDERSも開発を加速。まずは左右のローラーの回転を正確に制御するために、電動アシスト自転車「PAS」のモーターを採用。また、同じ姿勢のハトを同じ位置で正確にグリップするようローラーの前後5カ所にガイドを設けるなど、試作・実験の過程で浮かび上がった課題を一つずつ確実につぶしていきます。この結果、本番前最後のテストでは90秒間で40羽以上のゴールインを成功させるまでに精度を高めることができました。
ハトをローラーに送り込むマガジン式のフィーダーには、磁石がセットされたベルトコンベア機構を採用。100羽すべてのハトに手作業で鉄を仕込み、磁力によって安定的な供給を実現するという狙いで作り込みが進められていきました。
しかし、ここに想定以上の苦労がありました。ハト同士の玉突きや、フィーダー内でたびたび起こる原因不明の詰まり。その都度、改良を加えて対策しても、また新たなトラブルが発生するという試行錯誤の連続。「射出の機構に少し時間をかけ過ぎたかもしれない。もっと供給にフォーカスした検討が必要だった」。結果、多少の不安をぬぐい切れないまま、マシンは夜会が行われる倉庫に向かうクルマに積み込まれました。


迎えた夜会。各社のマシンが会場となる倉庫に続々と運び込まれました。
まずは「トラちゃんウサちゃん50mリレー」。薄暗い倉庫に伸びる50mのコースで始まった1回目の試技では、先に走らせたライバルチームが立て続けにトラブルに見舞われ、会場の緊張感は一気に高まりました。「路面の剛性や摩擦力がテストを重ねたコースとずいぶん違うようだ。これは苦労をするかもしれない」。メンバーの多くがそう直感しました。
「TR22(トラ)」「US23(ウサギ)」と名付けられたマシンは、メンバーに加わった社員デザイナーの手によって、試作機では見られなかったスタイリッシュな装いでスタート位置に登場。「TR22」はテスト時よりさらに大きな挙動でわんぱく全開に25mを走り切り、テイクオーバーゾーンの手前でやや減速すると、やさしく確実にバトンをパス。「おおお!」と会場を沸かせたものの、バトンを受けた「US23」はわずかに進んではその場で足踏みを繰り返す明らかなグリップ不足。それでもなんとか3チーム唯一の完走を果たし、1位で1試技目を通過しました。
しかし、バトンミスでリタイアとなったライバルチームのスピードは、明らかに「TR22」を上回るものだったことも事実。その走りを目の当たりにして出力値を変更し、トラは約2%のアップ、ウサギは約5%ダウンして2回目の試技に備えました。さらに、より確実なバトンリレーを実現するためにプログラムしていた「TR22」の減速制御も解除して、「US23」に激突させるという作戦変更も行われました。


続いて行われた「鳩時計ハト入れ」競技も波乱の幕開けとなりました。先に試技を行ったライバルの2チームがハトの供給で立て続けにトラブルを起こし、一方のチームがわずかに1羽を入れたのみ。チーム全体に「同じ問題はウチにも起こり得る」と嫌な予感が広がりました。
しかし、実際に起こったトラブルは、その予感をさらに上回る深刻なものでした。レギュレーションでは、射出前にハトを3回鳴かせることがルールとして定められていましたが、一度鳴いたハトがそのまま原因不明のフリーズ状態となってしまったのです。「あれほどの焦りは、これまでの人生で感じたことがなかった」とリーダーが言えば、設計担当者は「あの不安そうな顔を見て、本当に申し訳ないことをしてしまったと、苦しくなった」と、すべてが凍り付いてしまった重苦しい時間を振り返りました。

そして迎えた両チームの最後の試技。1回目の試技で唯一完走を果たしたものの、ライバルチームのスピードを目の当たりにした干支RT。そして、想定していなかったトラブルに見舞われて、まともな射出さえできなかった鳩RIDERS。果たして両チームが見せた最後のチャレンジの結果は?――それぞれドラマがありました。放送をご覧になっていない方は現在、NHKオンデマンド(有料/購入期限あり)で見ることができます。
仕事の領域や経験、年齢、性別などに関係なく、会社の一角に集まり、議論を重ね、われを忘れてモノ創りに没入した日々。
「これほど濃密な時間が過ごせたことは、技術者として本当に幸せなことだと思う」
「失敗を重ねて、失敗してはみんなで笑った。失敗こそモノ創りの原点だということを思い出すことができた」
「経験・実績豊富なベテランに対して、自分のアイデアをどんどんぶつけていく若手技術者の姿。きっと彼らはぐんぐん成長する。いつか一緒に仕事をしたいと思う若手にたくさん出会えたことが収穫」
6週間を過ごした開発部屋の片付けを終えて、大きな達成感と、一抹の寂しさを感じながらそれぞれの職場に戻っていくメンバーたち。
モノ創りびとたちの、かけがえのない42日間が終わりました。

