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桐島ローランド&WR450F Challenge to Dakar Rally

パリダカールが私に教えてくれたこと。そして伝えたいこと。 2007年2月8日
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PROFILE:桐島ローランド1968年横浜生まれ。NY大学写真科卒業後、1991年よりNYでフォトグラファー・デビュー。日本ではフォトグラファーとしてだけでなく、雑誌、広告、TV-CM、PVなど幅広く活躍中。バイクの免許は16歳で取得、最初のバイクはFZ400。一時バイクから離れるも、30歳になりバイクライフを再スタートし、サーキット走行やレース参戦(もて耐2年連続完走)を行っている。パリダカ参戦を決意したのは2年前。モンゴルラリー、ファラオラリーに出場(完走)するなど準備を整え、今年念願のパリダカに出場し初完走という快挙を成し遂げた。


バイクに乗るのはごく自然な事だった


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 子どもの頃から僕はBMXのレースに出るなど自転車が好きでした。自らバランスをとりながら操る二輪の「不思議さ」に魅了されていたんですね。その流れから16歳になってすぐにバイクの免許を取ったんですが、当時はまさにバイクブーム。僕だけでなく、まわりの友達もみんな免許をとって乗っていました。大好きな二輪、そこにブームという環境があったので、バイクに乗るのは僕にとってごく自然な事だったというわけです。
 バイクは生身の身体と五感をフルに使いながら乗るもの。クルマでは決して味わえない難しさがあります。そしてバイクは常に操り、常にバランスを取り、そしていつしかマシンと身体がひとつになっていくその感覚が本当に素晴らしい。だから今もこうしてバイクに関わっているんだと思います。


レースは感動と達成感を得るため


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 免許を取ってからすぐにレースに興味を持つようになりましたが、サーキットを走るお金があるわけでもなく、当時は興味を持つだけに終わってしまったんです。その後、バイクから降りていた時期もありましたが、30歳になった頃からまたバイクに乗りたくなったんです。「気持良く、楽しく乗りたい」それがモチベーションでした。しかしハイスペックなバイクを購入してしまって自分が乗れていないのが露骨に分かる(笑)。そこで上手くなるためにサーキット走行をはじめました。少しずつタイムが縮まって上達を実感できるようになってくると今度はレースに出ようと思い、もて耐(もてぎオープン7時間耐久レース)に参加するようになりました。
 ただ、この頃からサーキットを走る、レースに参戦することの意味に変化が現れてきました。タイムを縮めるという技術的な向上ではなく、目標(困難)を設定して、それを成し遂げることで得られる達成感や感動のためにレースに出場するようになったんです。だからレースもスプリントではなく、耐久に興味を持つようになりました。もちろん、もて耐を完走することで満足できたかというとそうではありませんでした。そしてこの頃から「パリダカ」に興味を持ちはじめるようになったんです。

パリダカってオレでも出れるんだ!


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 「パリダカ」は世界的にメジャーなラリーですが、パリダカに興味を持ち調べるうちに、自分にも出場のチャンスがあることを知ったんです。それが2年前のこと。しかしこのラリーの過酷さはご存知の通りで、準備と努力が必要です。
 参戦を考えはじめた当時、オフロードに関してはド素人でした。初トライではすぐに腕が上がってヘロヘロになり30分でギブアップ(笑)。ロードバイクは何年か経験があり、それなりに走ることができるのでオフも自信があったのですが、ロードよりはるかに難しく、ハード。それでもパリダカ挑戦の気持は揺らぐことはありませんでした。
 パリダカ挑戦の気持を強くしたのは、単調で刺激の少ない生活に不安を覚えたことからです。僕は以前ニューヨークにいましたが、そこでは常に葛藤、緊張、戦いがあり、生活がレースみたいに刺激的でした。日本に帰って仕事は軌道に乗ったものの、何年もこの仕事を続けてきたことで刺激は減り、緊張もなくなっていました。まるで温室みたいな環境のなかでぬくぬくと生活しているようで、人間が持っている逞しさを失っているように感じたんです。人間は本来、危機回避能力を潜在的に持っています。しかしこのままの生活ではその能力を失い、バランスが損なわれた人間になってしまうと思ったんです。しかし仕事でそのバランスを回復するのは難しく、オフ(プライベート)でそれを取り戻すしかないと…


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 そこで、自分にとって身近でありながら、刺激や緊張感を与えてくれるバイクで、しかも極限まで自分を追い込めるパリダカという選択肢に辿り着きました。まさに自分の人間力を見極め、また人間力を取り戻す冒険の舞台です。 しかし、パリダカは簡単に完走できるものではありません。自分でも今回は完走できると思っていたわけではなく、パリダカという冒険の中で困難を乗り越え多くのものを得て次に生かしていこうという気持で臨みました。そして今回の16日間で、自分の人間力がまだまだ衰えていないことを確認できました。

困難を克服した瞬間動物になった!


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 今回のラリーの中で自分が極限まで追い込まれた体験が何度かありましたが、その中で印象に残っているのが7日目のズエラット~アタールでの出来事です。ここの砂丘は悪名高く、走っていると突然落とし穴に落ちるようにフロントが砂に刺さって、ライダーが投げ出されてしまうようなことが起こるほど、柔らかいことが特徴です。
 この日のある砂丘にさしかかったときのこと、これを渡るのではなく迂回していくのが正規のルートになっていました。しかしその迂回するルートでは多くのマシンがスタックしていたため、砂丘を直進することに決めたんです。ところが一度はまるとぬけだすことが非常に難しいすり鉢状の砂丘に埋まってしまったんです。でもそこで諦めることはしませんでした。まずマシンから降りて、砂丘の頂上まで歩き、走行しても大丈夫な硬い路面を探してそこに足跡をつけてルートを確保。その後立ち押しでその場をクルクルまわり遠心力を使うことで脱出できたんです。
 一度失敗すると二度と抜けだせないと分かっていたので、抜け出した時は本当に嬉しくて、今まで出したことのないような声で「グアー」って叫んで泣きました。まさに生を実感した瞬間でした。
 この経験以外にも「もうだめだ…」と諦める寸前の状況が幾度となくありましたが、その度に知恵と忍耐と根性で切り抜けて来ました。そんなときは決まって、洗練された走りではなく気持の強さが求められるんです。人間が昔から紡いできたDNAを自分の中に感じる瞬間です。こういった局面で知恵を絞って、自然との、自分との戦いに勝ったことの方がゴールしたときよりも断然嬉しかったですね。

しばらく命懸けのレースからは離れるよ(笑)


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 今回パリダカ参戦にあたり、感情の中で最も多くの割合を占めていたのが「死」を意識させる恐怖でした。その恐怖に立ち向かい、乗り越えることができたのは、今後の人生において自分がステップアップしていくための大きな自信になりました。
 ただ、身体を張って、命懸けで走ったので、しばらくは大きなチャレンジではなく、楽しくできることをしたいなと思っています。敷居が低く、週末に楽しめることなんかがいいですね。毎年パリダカに出ると仕事になってしまうから(笑)。今気になっているのが、参戦前の練習に取り入れた「トライアル」。「イーハトーブ」とか出場したいですね。
 今回パリダカの主催者が、もっと「狭き門」にしたいと言っていたんです。今後出場するための条件が厳しくなる可能性もあり、自分のようなプライベーターが参加できない状況が来るかもしれない。そう考えると、今回僕が出場できたのはとてもラッキーでしたね。



フォトコレクション:桐島ローランドさんにパリダカ参戦中で印象に残ったシーンを選んでいただきました。本人のコメントもあわせてご覧下さい。


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最初の方のスタートとなり、暗闇からのスタートとなった。何万人もいたので、ガチガチに緊張していた

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初日のステージ。想像以上に過酷なステージだった。初日から必死

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モロッコ4日目。石が多く固い路面が続く。振動がすごく体力も神経も使う。さすが、パリダカ、楽はさせてくれないとあらためて、実感

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セネガル。フレンドリーでアフリカっぽい風景が続いていた。その風景を見て、アフリカに着いた事を、実感。のんびりと生活しているような感じが印象的だった

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ラクローズにて。ゴール手前で、バイクに感謝の気持ちで美しい水辺を見つめていた

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表彰台。日本に帰ったら、スーパースターですねとインタビューされた。まさか! と答えつつも、早くホテルに帰ってゆっくりできると思った


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